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プロローグ
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「風が吹けば町が栄える」という古い言い伝えの残る、辺境の町――カルン。
風に揺らめく黄金の小麦畑の中を、幼い少年が父親と共に歩いていた。
でこぼこの砂利道の向こうに、人の腕のようなものがチラリと見える。
(んっ……?)
小麦の出来具合を確認している父親の手をふり解いて、少年は好奇心のままにその場所へと駆け出した。
「うわあ……」
小麦畑の中に下半身が隠れた状態で、砂利道に横臥していたのは、目を瞠るような美少女だった。
月光を溶かしこんだかのように、銀色に煌めく長い髪。ぴったりと閉じられたアーモンド形の瞳をびっしりと覆う、髪と同色の睫毛。陶器を思わせる透き通った肌。ほっそりとした白い手足。
少年がこれまで見たこともないような、ふわふわとした薄い布のドレスに身を包んだ娘は、人間離れした美しさをしている。
「とうちゃーん、ここに妖精がいるよー」
少年が感じたままに、父親へ向かってそう叫んだのも無理はない。
「妖精??? なーに言ってんだダノン、そんなものいるわけ……」
豪快に笑いながら、少年が指さすほうへと視線を向けた父親は、手にしていた鋤をゴトンと地面に落とした。
「うわあああああ、ほんとうだああああ」
急いで娘へと駆け寄り、少し距離を取りながら、必死に呼びかける。
「おい、あんた! 大丈夫か? どうしたんだい? 生きてるのか!?」
娘は微動だにせず横たわっていたが、傍にしゃがみこんだ少年が小さな手でぺちぺちと頬を叩くと、ふるふると睫毛を震わせて目を開いた。
その紫水晶のような瞳に、少年はまた感嘆の息を吐く。
「うわあ……綺麗ー……」
宝石のように輝く瞳を何度か瞬かせて、娘は薄桃色に色づいた可憐な唇を動かした。
「あの……」
それは鈴を転がすかのように澄んだ美しい声だったが、出てきたのがちゃんと人間の言葉だったことで、父親のほうもようやく警戒を解く。
「大丈夫かい、あんた……」
娘はゆっくりと体を起こし、麦畑の中から出て、砂利道の上に座り直した。
身長ほども長さのある銀色の髪が、彼女が動くたびにさらさらと揺れて、華奢な体を包みこみ、地面に大きな円を描く。
実に長い。
現状を確認するかのようにきょろきょろと辺りを見回しているので、少年は少し胸を張って、小さな手を娘へ差し伸べた。
「ここはカルンの町だよ。ようこそ、妖精さん」
娘はためらうことなくその手を取ったが、長い髪をサラリと揺らして首を傾げる。
「カルンの町……」
「そう。グランディス王国の西の果て」
「西の果て……」
少年の言葉をそのまま反芻して、娘は少年の顔を見上げた。
その表情には、感情が乏しい。
なんの感慨もなく、まるで事務事項のように、娘は少年に尋ねた。
「そうですか。それで……いったい、私は誰でしょう……?」
「え……?」
思いがけない問いかけに驚いて、少年が助けを求めるように視線を向けた先――父親へと、娘も真っ直ぐな眼差しを注ぐ。
「何もわからないんです……私はここで何をしてるんでしょう……?」
「「えええええええっ」」
少年と父親の叫びに驚いて、小麦畑から小鳥が一斉に飛び立っていく。
バサバサバサという羽ばたきの音が響く空は、晴天に恵まれ、高く青く澄んでいた。
風に揺らめく黄金の小麦畑の中を、幼い少年が父親と共に歩いていた。
でこぼこの砂利道の向こうに、人の腕のようなものがチラリと見える。
(んっ……?)
小麦の出来具合を確認している父親の手をふり解いて、少年は好奇心のままにその場所へと駆け出した。
「うわあ……」
小麦畑の中に下半身が隠れた状態で、砂利道に横臥していたのは、目を瞠るような美少女だった。
月光を溶かしこんだかのように、銀色に煌めく長い髪。ぴったりと閉じられたアーモンド形の瞳をびっしりと覆う、髪と同色の睫毛。陶器を思わせる透き通った肌。ほっそりとした白い手足。
少年がこれまで見たこともないような、ふわふわとした薄い布のドレスに身を包んだ娘は、人間離れした美しさをしている。
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少年が感じたままに、父親へ向かってそう叫んだのも無理はない。
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豪快に笑いながら、少年が指さすほうへと視線を向けた父親は、手にしていた鋤をゴトンと地面に落とした。
「うわあああああ、ほんとうだああああ」
急いで娘へと駆け寄り、少し距離を取りながら、必死に呼びかける。
「おい、あんた! 大丈夫か? どうしたんだい? 生きてるのか!?」
娘は微動だにせず横たわっていたが、傍にしゃがみこんだ少年が小さな手でぺちぺちと頬を叩くと、ふるふると睫毛を震わせて目を開いた。
その紫水晶のような瞳に、少年はまた感嘆の息を吐く。
「うわあ……綺麗ー……」
宝石のように輝く瞳を何度か瞬かせて、娘は薄桃色に色づいた可憐な唇を動かした。
「あの……」
それは鈴を転がすかのように澄んだ美しい声だったが、出てきたのがちゃんと人間の言葉だったことで、父親のほうもようやく警戒を解く。
「大丈夫かい、あんた……」
娘はゆっくりと体を起こし、麦畑の中から出て、砂利道の上に座り直した。
身長ほども長さのある銀色の髪が、彼女が動くたびにさらさらと揺れて、華奢な体を包みこみ、地面に大きな円を描く。
実に長い。
現状を確認するかのようにきょろきょろと辺りを見回しているので、少年は少し胸を張って、小さな手を娘へ差し伸べた。
「ここはカルンの町だよ。ようこそ、妖精さん」
娘はためらうことなくその手を取ったが、長い髪をサラリと揺らして首を傾げる。
「カルンの町……」
「そう。グランディス王国の西の果て」
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その表情には、感情が乏しい。
なんの感慨もなく、まるで事務事項のように、娘は少年に尋ねた。
「そうですか。それで……いったい、私は誰でしょう……?」
「え……?」
思いがけない問いかけに驚いて、少年が助けを求めるように視線を向けた先――父親へと、娘も真っ直ぐな眼差しを注ぐ。
「何もわからないんです……私はここで何をしてるんでしょう……?」
「「えええええええっ」」
少年と父親の叫びに驚いて、小麦畑から小鳥が一斉に飛び立っていく。
バサバサバサという羽ばたきの音が響く空は、晴天に恵まれ、高く青く澄んでいた。
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