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20 神様のお守り

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 その日の夜、狭間の宅配便屋で荷物の受付に精を出していると、クロから呼ばれた。

「おい瑞穂、お前目当ての客が来てるぞ」
「え?」

 豆太くんか河太郎さんが来たのだろうかと、ガラス扉の向こうへ視線を向けてみたが、彼らの姿はない。
 建物内にもそれらしき者はいない。

 いったいどこにとクロに目で訴えると、奥で荷物を積み変えているクロのすぐ横に、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした背の高い男性が立っていた。

(誰……?)

 私がふり返ると、礼儀正しくお辞儀をしてくれたが、まったく見覚えがない。

「少し窓口を変わるから、とりあえず話を聞いてやれ。しつこくてかなわん」
「……うん」

 クロがイライラしながら歩み寄ってきたので、私は彼に場所を譲って男性のところへ向かいかけた。
 だけど隣のシロが吹き出していることが気になる。

「ぷぷっ……やっぱりこうなると思った」
「だから関わるなと言ったのに……」

 クロの忌々しげな声も引っかかりながら、男性の前に立った。

「あのう……」

 私が前に立つと男性はさっと床にひざまずき、手にしていた小箱を恭しくさし出す。

「瑞穂殿! どうか私と結婚してください!」
「け、結婚!?」

 思わず叫んでしまって、シロが遠くで大きな声を上げて笑った。

「うっわ、いきなり。その前の段階全部すっ飛ばし! はははっ」
「馬鹿か」

 クロとの会話を聞いている限り、とても助けてくれそうにはないのだが、大柄な男性にじりじりとにじり寄られて、私は若干恐怖を覚えている。

「いえ、あの……どちら様でしょうか?」

 後退りしながら問いかけると、男性ががばっと顔を上げた。

「僕です! 河太郎です!」
「河太郎さん!?」

 私の驚きの声に、またシロの笑い声が重なる。

「ははは、彼はねー、その時の精神状態が見た目にも性格にも反映されるから……失恋でしょんぼりしてた時は、痩せっぽちで木の陰から出て来れないくらい内気だったのに、今はすっかり体も大きくなって、俺たちのことも気にせず建物の中まで入って来れるみたいだねー……いやぁ、恋ってすごい」

 感心しつつ笑っているが、熱烈な求愛を受けている私はたまったものではない。

「いや、ほら、河太郎さん、里穂さんのことは……?」

 あれほど想いを寄せていた元カノのことを持ち出して、なんとか逃げようとする私を逃すまいと、河太郎さんも真剣だ。

「過去の恋は美しい思い出に昇華しました。里穂も前を向いて生きているので、僕も前向きに生きることにします!」
「だからって、こんな手近なところで済ませなくてもいいじゃないですか! もっと広い目を持ちましょうよ!」

 困りながら目を向けた彼のてのひらに乗っている箱は、里穂さんに届けるように私が依頼されたあの小箱だった。
 もう渡す機会はなくなったので、そのまま流用されたというわけだ。

「いいえ! 僕は瑞穂殿に惚れたのです!」

 必死に訴えられても、どうしても信憑性に欠ける。

「僕のためにあれほどがんばってくださったのだから、瑞穂殿だって……!」
「――――!」

 河太郎さんに突然間合いを詰められた瞬間、私の隣に誰かが立った気配があった。
 クロだった。

「そろそろやめておけ、陰気河童。瑞穂が怯えているのがわからないのか」

 私を背に庇いながら言ったクロに、河太郎さんがキッと厳しい目を向ける。

「いかに黒羽殿といえども、人の恋路を邪魔するのはやめていただきたい! 僕は瑞穂殿と幸せに……」
「だから、一刻の自分の感情の盛り上がりを、その時一番近くにいた女に押しつけるなと言ってるんだ。まったくお前はいつも……」

 多少言葉を選んでないふうはあるが、河太郎さんを説得しようとしてくれている様子に安堵して、私はクロの背中に隠れた。
 しかし――。

「わかりましたぞ! やはりそうだったのですね……黒羽様! あなたも瑞穂殿に懸想を……!」

 河太郎さんの妄言が自分にも及ぶや否や、クロは私たちにくるりと背を向けてどこかへ行ってしまう。

「そんなわけあるか! 誰がこんな……!」

 途中で言葉を濁したのは、せめてもの気遣いだったのか、よほどひどい表現しか思いつかなかったのか。
 とにかくきっぱりと否定して、私たちの傍からいなくなってしまった。
 このまま河太郎さんを退けてもらえるとばかり思っていた私は、焦ってクロのあとを追う。

「ちょっと! 逃げないで、クロ」
「誰が逃げた! 人聞きの悪いこと言うな!」
「黒羽殿が引くのなら僕は諦めない! 瑞穂殿! どうか僕と結婚を!」
「だから、それは無理!」

 混沌と化したカウンターの中で、若干笑いながらではあるが仕事をしているのはシロだけだ。

「はーい、どっちでもいいんで、早く二人とも仕事に戻ってくださーい」

 カウンターの向こうの狭間の宅配便屋には、今日もたくさんの利用客が列を作っている。
 これからますます忙しくなることはまちがいない。

 さっさと自分だけ仕事を再開したクロを横目に見ながら、私は河太郎さんに頭を下げた。

「とにかく、私にその気はありませんので、結婚はお断りします。ごめんなさい」
「ううう……瑞穂殿ぉ……」

 低く唸った河太郎さんが、取り乱して暴れるのではないかという心配もあったが、そういうことはなかった。
 下げていた頭を上げてみると、河太郎さんはあの痩せた姿に戻っており、机の陰に必死に身を隠そうとしている。

「え……?」

 眩しそうに目を細めて私を見ているので気がついたが、私の胸もとが金色に光っていた。
 そこには内ポケットに、みやちゃんから貰ったあのお守りが入れてある。
 ひっぱり出してみるとやはり、発光していたのはお守りだった。

「ひぇええええ」

 河太郎さんは叫びながら外へ逃げていき、クロには憮然とした顔を向けられる。

「なんだ、宮様の加護をいただいていたのなら先にそう言え」
「だって……!」

 これが心理的な拠り所ではなく、実際に私を守ってくれる物なのだとは、思ってもいなかったのだ。

「よかったじゃない。これから肌身離さず持ってたらいいよ。あやかしに限らず、人間にも効力があると思うし」

 シロに言われて「うん」と頷いてから、私は改めてクロにも頭を下げた。

「助けてくれてありがとう、クロ」
「お前のためじゃない、仕事の支障になるからだ」

 間髪入れずにそっぽを向かれても、彼が隣に立ってくれた瞬間、私がとても心強く思ったことは確かだ。

「でも、ありがとう」

 しつこくくり返すと、顔を完全に背けながらではあるが、頷いてくれた。

「ああ」

 長めの黒髪にほぼ隠れてしまっているクロの耳の先が、ほんのりと赤いことに気がつくと、私の胸はどきりと跳ねる。
 それがどういう心理からなのか、考えようとする前に、シロの声が飛ぶ。

「はい、二人とも働いて! 働いてー! 残業になりたくないでしょ? クロ。そのせいで夕飯が遅くなるのは嫌でしょ? 瑞穂ちゃん」

 その言葉にぱっとお互いに背を向け、それぞれの仕事に向かうことになり、私はほっとしたような惜しかったような、自分でもよくわからない不思議な気持ちだった。
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