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20 神様のお守り

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 その日は珍しく多香子さん以外にも来店があったので、荷物を預かるたびに、私は疑い深く何度も相手を観察した。

(この人は人間? それともあやかし?)

 見た目では判別できないので、本人に確かめるしかないのだが、面と向かって訊けるものではない。
 すっかり疑心暗鬼になり、くたびれ果てていたので、昼過ぎになってガラス扉の端にぴょこんとみやちゃんが顔を出した時には、思わず駆け寄ってしまった。

「みやちゃーん!」

 みやちゃんは私の膝の上に座って、訴えに真剣に耳を傾けてくれた。

「私もう、誰が人間で誰があやかしなのか、とっても不安で……」
「わからないと不安なの?」

 聞き返すみやちゃんは、シロやクロが言っていたように人間の心情には疎いようで、大きな瞳をきょとんと瞬かせている。
 彼女は本当に人間ではないのだと、再認識させられた。

「……そうだね。ほら、もし何かあっても、私には対抗する力がないから……」
「…………」

 私の話を聞きながら、脚をぶらぶらさせていたみやちゃんが、ふと顔を上げた。
 私をふり返り、まっすぐに顔を見上げてくる。

「あやかしだと不安なの? 人間だったら不安じゃないの?」
「それは……」

 吸いこまれそうなほど黒い瞳に心を射抜かれてしまったかのように、私はそれ以上言葉を続けることができなかった。

(確かにあやかしは怖い。人間にはない力を持っているから……それを使われたら、私にはどうすることもできないから……)

 現に河太郎さんに川の中へひきずりこまれた時、私はいったん死を覚悟した。
 自分にできる精一杯の力で抵抗し、里穂さんの旦那さんを助けることにも成功したけれど、最後にクロが来てくれなかったらおそらく死んでいたのだろう。

(だけどあれは、河太郎さんが取り乱してしまったからで、その前もその後も、河太郎さんと一緒にいて、ただそれだけで不安ということはなかった……)

 自分の気持ちを確かめ、答えに行き着いた私は、みやちゃんに頭を下げた。

「ごめん……そうだね。あやかしだから不安、人間だから安心なんてことではなかった……」

(ただ自分の無力さが不安なだけだ)

 心の中でだけ続けて、私はみやちゃんに笑いかける。

「ごめん、ごめん、今のは忘れて」

 私につられたように笑顔になったみやちゃんは、着物の袂から何か小さなものを取り出す。
 あの車に貼っているお札をとり出した時のように――。

「瑞穂に、これを」

 小さな布製のお守りのようなものを私が受け取った時、ちょうどガラス扉を押し開けて、千代さんが店内へ入ってきた。

「あれまあ、宮様……今度は瑞穂ちゃんに加護のお守りを下賜されますの? 本当にお気に入りなんですねぇ」
「しーっ」

 みやちゃんはお札の時のように唇に人差し指を当てて、千代さんもそれを真似る。

「はいはい、しーっですね」

 みやちゃんの事情に詳しいふうの千代さんに、私は恐る恐る問いかけてみた。

「ひょっとして千代さんも……神様か、あやかしだったりします……?」

 千代さんは皺の奥にひっこんだ目を大きく見開いて、ふぁふぁふぁと大きな声で笑った。

「いえいえ、私はそんなたいそうなものじゃなくて、瑞穂ちゃんと同じ人間よ」
「ですよね……」

 ほっとすると同時に、おかしなことを尋ねてしまったと恥ずかしくなる私に、千代さんはにこにこ笑う。

「ただ、若い頃、宮様にお仕えしちょったけえ、すこーしこの辺りの事情もわかってるってだけ」
「え?」

 驚く私に、千代さんはにっこりと笑ってみせる。

「若い頃は『御橋神社』で巫女を務めちょりました。それから定年まで『梅の屋』で働いて、その後はこの営業所で庄吉さんの茶飲み友だち……」
「へええ……」

 それはまた、どこまであちらの世界のことを知っているのか、判断に困る経歴だと思いながら、みやちゃんから貰ったお守りを握りしめる私の肩を、千代さんはぽんと叩く。

「瑞穂ちゃんもこれからがんばって、私よりもっともっと大変そう……」
「…………はい」

 何故か嬉しそうに笑う千代さんにつられ、私も苦笑いしたが、こちらを見つめてくるみやちゃんの真っ直ぐな視線に気が付くと、背筋が伸びる思いだった。
 千代さんの言うように、これからもっと大変になるのなら、これは絶対に肌身離さずに持っておかなければと、みやちゃんから貰ったお守りをまた握り直した。
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