21 / 77
8 烏天狗の諫め
①
しおりを挟む
背に乗った私がそれきり黙りこんだことをシロがどう思っているのかはわからないが、「これで今夜の配達は終わりー」と連れて行かれた先は、街の中心からはかなり離れた場所にある、小さな神社近くのお屋敷だった。
古い立派な日本建築の邸宅で、周囲を白塀に囲まれており、手入れの行き届いた庭を進んだ先のとある建物の前で、シロは小さな荷物をどこからかとり出す。
彼が胸の前でてのひらを上向けると、何もなかった空間に、自然と小箱の輪郭が浮かび上がったようにも見えた。
(あれも、いったいどうなってるんだろう……?)
目を擦る私の前には、見上げるほど高い白壁の建物がある。
(蔵……?)
窓はかなり高い位置に小さなものしかなく、木製の扉には大きな錠前がかけられていた。
瓦葺の立派な屋根まで見上げてから、ゆっくりと視線を下ろすと、誰もいなかったはずの扉の前に若い女性が佇んでおり、私は上げそうになった悲鳴を必死に呑みこむ。
(さすがに慣れた……! もう慣れたわ……!)
なんとか自分に言い聞かせる私になど目もくれず、シロをじっと見つめる黒髪の女性は、日本人形のように綺麗だった。
見た目はシロや私と同じくらいの年齢で、色鮮やかな振り袖を着ている。
腰まである長い黒髪も艶やかで、抜けるように色が白く、切れ長の大きな目を覆う睫毛はびっしりと濃い。
(すっごい美人!)
思わずまじまじと見てしまう私など完全に眼中になく、静かにシロに歩み寄る彼女に、シロは心持ち距離を取りながら小箱を手渡す。
「はい、綾音ちゃん。今週もやっぱり三回きっかりと、宅配便が営業している日には必ず、通販を頼むの? もう、髪飾りも化粧品も着物も、この蔵に入りきらないほどあるでしょ? そろそろいらないんじゃないかなー……」
(通販……!)
あちらの世界からこちらの世界のあやかしのもとへ届けられる宅配便にも、そういうものがあるのかと、もの珍しさに目を瞬かせながら、私はシロと美女を見る。
これまでどんな相手に対しても、常に余裕のある態度で接していたシロとしては、かなり焦っているようにも見えた。
それもそのはず、彼に『綾音ちゃん』と呼ばれた美女は、シロの言葉が耳に入っているのかいないのか、とろんと蕩けそうな目をして、二人の間の距離をじりじりと詰める。
それからさりげなく逃げているシロは、蔵の前からもうかなり後退してしまっている。
しかし美女は、そんなことは気にしない。
真っ直ぐに彼に歩み寄る。
「蔵はまだまだ大丈夫。百年買い続けたけれど余裕があります……シロさまと週に三回お会いするためなら、あと二百年でも、三百年でも……」
「そ、そうなんだ。見かけ以上にすごい蔵だね。ははは……」
困ったように笑うシロが、ちらりとこちらへ目を向けた時、私は嫌な予感がした。
彼の大学の友人だという男女と遭遇した際、都合よく女の子除けに使われた記憶が頭を過ぎる。
全力で脱兎のように逃げ出したつもりだったが、一歩遅かった。
シロに腕を掴まれ、彼の傍にひき寄せられる。
「ちょ、シロ……」
抗議の声を上げる途中で、私の口はまた動かなくなった。
(ちょっとーーーー!)
心の中で文句を言っても、誰の耳にも届かない。
古い立派な日本建築の邸宅で、周囲を白塀に囲まれており、手入れの行き届いた庭を進んだ先のとある建物の前で、シロは小さな荷物をどこからかとり出す。
彼が胸の前でてのひらを上向けると、何もなかった空間に、自然と小箱の輪郭が浮かび上がったようにも見えた。
(あれも、いったいどうなってるんだろう……?)
目を擦る私の前には、見上げるほど高い白壁の建物がある。
(蔵……?)
窓はかなり高い位置に小さなものしかなく、木製の扉には大きな錠前がかけられていた。
瓦葺の立派な屋根まで見上げてから、ゆっくりと視線を下ろすと、誰もいなかったはずの扉の前に若い女性が佇んでおり、私は上げそうになった悲鳴を必死に呑みこむ。
(さすがに慣れた……! もう慣れたわ……!)
なんとか自分に言い聞かせる私になど目もくれず、シロをじっと見つめる黒髪の女性は、日本人形のように綺麗だった。
見た目はシロや私と同じくらいの年齢で、色鮮やかな振り袖を着ている。
腰まである長い黒髪も艶やかで、抜けるように色が白く、切れ長の大きな目を覆う睫毛はびっしりと濃い。
(すっごい美人!)
思わずまじまじと見てしまう私など完全に眼中になく、静かにシロに歩み寄る彼女に、シロは心持ち距離を取りながら小箱を手渡す。
「はい、綾音ちゃん。今週もやっぱり三回きっかりと、宅配便が営業している日には必ず、通販を頼むの? もう、髪飾りも化粧品も着物も、この蔵に入りきらないほどあるでしょ? そろそろいらないんじゃないかなー……」
(通販……!)
あちらの世界からこちらの世界のあやかしのもとへ届けられる宅配便にも、そういうものがあるのかと、もの珍しさに目を瞬かせながら、私はシロと美女を見る。
これまでどんな相手に対しても、常に余裕のある態度で接していたシロとしては、かなり焦っているようにも見えた。
それもそのはず、彼に『綾音ちゃん』と呼ばれた美女は、シロの言葉が耳に入っているのかいないのか、とろんと蕩けそうな目をして、二人の間の距離をじりじりと詰める。
それからさりげなく逃げているシロは、蔵の前からもうかなり後退してしまっている。
しかし美女は、そんなことは気にしない。
真っ直ぐに彼に歩み寄る。
「蔵はまだまだ大丈夫。百年買い続けたけれど余裕があります……シロさまと週に三回お会いするためなら、あと二百年でも、三百年でも……」
「そ、そうなんだ。見かけ以上にすごい蔵だね。ははは……」
困ったように笑うシロが、ちらりとこちらへ目を向けた時、私は嫌な予感がした。
彼の大学の友人だという男女と遭遇した際、都合よく女の子除けに使われた記憶が頭を過ぎる。
全力で脱兎のように逃げ出したつもりだったが、一歩遅かった。
シロに腕を掴まれ、彼の傍にひき寄せられる。
「ちょ、シロ……」
抗議の声を上げる途中で、私の口はまた動かなくなった。
(ちょっとーーーー!)
心の中で文句を言っても、誰の耳にも届かない。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
これは、私の描くフィクションです!
三谷朱花
キャラ文芸
私、葉山鳴海は、根っからの腐女子だ。現実に出会った人間をBLキャラ化するぐらいには。
そんな私は、職場のエレベーターに乗っている時に出会った。職場の同僚子犬と掛け合わせるのにぴったりな長身の美形に!
その長身の美形、なんと放射線技師である私の科である放射線科のドクターだった。
目の前で交わされる子犬と美形のやり取りに、私は当然興奮した!
え? 私のリアルはどうなのさ、って?
とりあえず、恋はしないから。だから、2次元……いや、これからは2.5次元で楽しませてもらいます!
※毎日11時40分に更新します。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
死神に寵愛される余命90日の花嫁
響ぴあの
キャラ文芸
「俺は、歌恋のためにならどんな犠牲もいとわない。全力で君を守ってみせるから」
この世界には人間の世界にごくわずかに生存している死神族という種族がいる。
その見た目はとても美しく、巨額の富を持ち、花嫁となる女性には永遠なる命を授けることができる。
死神は残りわずかな寿命を持つ人々に未練をなるべく残さないよう手伝うための存在だ。
死神の愛は深く重く一途だ。
家族とうまくいっていなかった17歳の女子高校生の光野歌恋(ひかりのかれん)の前に死神が現れた。
余命九十日だという宣告だった。
同時に運命の赤い糸で結ばれた死神の花嫁だと言われる。
特例で死神である四神至(しがいいたる)の花嫁になるならば、永遠に近い命がもらえる。
歌恋は死神の花嫁になることを決意して同居することを承諾する。
死にゆく人と向き合う死神の仕事を手伝うことになり、歌恋の母が助けた少年に会いに行くことになる。
少年を助けたせいで歌恋の実の母が死に、父が再婚して連れ子である妹にいじめられるようになった。
再会した少年は高校生になっており、家出した母が残した手紙の謎を解いてほしいと言われる。
『名前を似せても好きな人を諦めることはできませんでした。ごめんなさい、幸せになってください』という内容の手紙だ。
少年の名前は金子漣(かねこれん)。彼の余命はあと90日で至が担当することとなる対象者だった。
歌恋の幼なじみである青龍葵は四神家の分家である青龍家の長男だ。
歌恋は葵が初恋の人だった。
その葵も余命が90日となり、至と歌恋が担当することとなるが。
「どんな過去も受け入れる。どんな傷もあざも気にしないから」
虐げられて死んでもいいと思っていた歌恋が一緒に生きていきたいと変わっていく。
美しい死神に溺愛される歌恋が死と向き合いながら、成長していくシンデレラストーリー。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる