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第82話 限界に挑む者
しおりを挟む第4ラウンドまでのインターバル、タケミは椅子に座って身体を休ませていた。
「ほら水だ、ようやく一発かましてやったな」
タケミに水を飲ませるネラ。
「ありがと、そういえばプロエの身体みたか?脂肪が殆どない」
「かなり絞っているよな」
タケミはネラと話しつつもプロエに目を向けていた。
「あの状態ってすげぇ集中力出るんだよ。山にいた時に飯が手に入らなくて、そんな時段階的に何かが変わっていくんだ。最初は飯の事、次に空腹感も麻痺して来て、最後は水のことを考えるようになる。でもそれと同時に研ぎ澄まされるんだ。全身の感覚が剥き出しになったような」
「刃物を研いでいくような感じか」
「だな」
タケミは当時の事を思い出していた。
空腹を超えて水分の事しか考えられなくなったとき。全身の細胞が生存の為に全エネルギーを外に向ける感覚。生命として最も危険な状況から脱する為の最後の手段。
「それだけカウンターには集中とスピードが必要ってことだ。無駄なものを削ぎ落とし、相手の攻撃を見切って攻撃を合わせる。半端じゃないはずだ、それにあの冷静さ……」
そう話すタケミは笑う。
「同じ状況になった時は、全然冷静になんていられなかった。刃物みたい研ぎ澄まされてもそれをやたらに振り回してたら意味がねぇ。すげぇよ、あの状態であそこまで冷静さを保てるなんて」
「だな」
ネラがタケミの発言に同意する。
「おれの脂肪もこの闘いの中で大分へった、もう腹回りの血管まで浮き出て来てる。プロエは一瞬しか使わないとはいえ、最大出力だ、長時間は体力がもたない」
自分の身体を見てタケミはそう話す。
「体力がヤツの弱点か」
「まあ、そう言ってもプロエが体力切れ起こすまで殴り合い出来ればの話だしな……おれの身体ももう成長はしない。今あるものを全てぶつけねぇと」
「私が言うのもなんだが、そんだけ見えてれば問題ないさ」
ネラの発言に反応し、彼女をみるタケミ。
「見えてる?」
「ん?お前の強み、闘いの中でしっかりと相手を観ることが出来る。それが出来てるなら勝ち目はあるって話じゃないのか」
「そうか……そうだな!」
タケミはそういって笑う。
「気付かれてるな、活動限界が近い事」
プロエがダマトに話す。
「それがどうした、それまでに奴を倒せば良い」
「勿論そのつもりだ。でも凄くないか?この拳をあれだけ受けてそこまで考えが回るんだ」
ダマトはタケミに対する称賛に同意した。
「確かにあのままいけば良い戦士になりそうだ」
「彼はまだまだ成長するな」
プロエはタケミに目を向ける。
(そうだ、そこが君の秀でている所だ。もうその目は次に向けられている)
『さあ!第4ラウンドです!開始ッ!』
試合開始のゴングと同時にタケミが攻撃を仕掛ける。
『やはり挑戦者タケミ、ここでも攻めの姿勢を崩さない!』
しかし、カウンターを貰うことには変わりない。ダメージを受けながらも。次の一撃を当てるために前に出続けるタケミ。
「あー!また殴られっぱなし!どうするの!?」
ユイが頭を抱えると、マートル姫が彼女の肩に手を置いた
「大丈夫です、例えタケミ様の肉体が成長の限界を迎えていようとも。まだタケミ様は強くなられる御方です」
マートル姫がユイにそう伝えた。
「え?」
「強さは肉体だけではありませんもの」
そういって微笑むマートル姫。
(遅い、タイミングが合わねぇ)
カウンターを貰いながら攻撃を続けるタケミは何かを狙っていた。
(もっと早めに、今だ!)
カウンターがヒットした瞬間、タケミは首を捻った。
「それはッ!」
回転したタケミは拳を突き出し、プロエのボディに一撃を加える。
「……やはり、やってくるよな。それに今の一撃」
横に大きく飛ばされ、プロエがダウンする。
『王者プロエここに来てダウーンッ!』
会場が湧き上がる。
(そうだ!おれの基本!あの山で学んだこと!)
タケミは拳を構える。
「相手をよく見る!」
「あんたの言う通り焦ってたよ。特に最近は戦っても身体が成長してる感じがしねぇって。それと調子にのってた、おれの力さえ出せれば倒せるって。だから相手を観るのを軽視し始めてた」
「しっかりと相手の動きを観察する。この世界に来て魔獣達から生き延びる為にし続けた事だ」
「先程までの一撃と打ち方が違う!よりコンパクトに、鋭い!気をつけろプロエ!」
ダマトはタケミの変化に気づく。
「何をいまさら、分かっていた話じゃないかダマトさん」
プロエの目から闘争心が溢れだす。
「流石タケミ様ですわ!」
マートル姫がユイに抱きついてそういった。
「あの構えはプロエ殿同じ」
フォルサイトはタケミの構えをみて関心した。
今までは両手の間隔を広く開けた構え。踏み出して強力な一撃を振り下ろすのに適したものだった。しかし今のタケミは脇を締め、拳を身体の前に構えている。プロエのように細かく鋭いパンチを放つための構えだ。
「鍛錬の基本は模倣から、良いぞ、もっと私から盗んでみろッ!」
「そうさせてもらうぜ!」
タケミが拳を出す、それにカウンターを合わせるプロエ。
(これはどうだ!)
拳をすぐに引くタケミ、彼はカウンターを誘い出したのだ。プロエのカウンターに更にカウンターを合わせようとするタケミ。
「遅い!」
しかしプロエの拳の方が早かった。再度彼が繰り出した拳を受けるタケミ。
「流石にカウンターは調子乗り過ぎたな……」
「真似をするにも得手不得手はある。試す度胸は大事だ、さあ次はどうする」
「こうする!」
タケミが構えたまま止まった。
『おーっと!ここでタケミ選手が立ち止まった!』
「私まちか、乗ってやろう」
プロエの肉体から蒸気が上がり、構えを変えた。先程よりも重心を前に移した攻撃的なスタイルだ。
「一瞬しか使わないんじゃないのかよ!」
ネラが頭を抱えて叫ぶ。
「同じ戦闘方法を使うんだ、その影響もよく理解しているだろうからな!出し惜しみはなしだ!このラウンドで決めてやるぞ!」
「やっべ!」
タケミはガードをする。
これしかできなかった。受け流すことは出来ず当然カウンターを狙うことなど出来なかった。なぜなら、単純だ、全くと言っていいほど見えなかった。先程よりもスピードが上がっている。
『み、見えません!チャンピオンのラッシュが見えない!まるで両腕がゴーストにでもなったのでしょうか!?』
「うっそ!まだ上に行かれるの!?でも!」
ユイが自分の服を強くつかんだ。
「ガァッ……!」
タケミは大きく殴り飛ばされ、壁に激突する。
「そう来たか、こっちももっと引き上げねぇと!」
赤鬼の出力を引き上げるタケミ。
「来い!タケミ!」
「行ってやらァッ!」
両者が闘技場中央で衝突、お互いに拳を突き出す。
「もう温存はなしだ!」
プロエは最速のカウンターを連続で放って来た。
「ここまで見つけた弱点の殆どが、なくなっちまったなッ!」
カウンターを喰らいながらもタケミは負けじと殴り返す。
『両者激しい殴り合いだァァァァッ!』
会場が沸き上がる。二人の拳がお互いの肉を叩く衝撃、そして会場の者達の興奮がベスガを揺らした。
「すげぇ……」
「なんて戦いだ」
口を閉めるのを忘れてしまう程に見入るクレイピオスとアスタム。
「あのプロエ殿と正面から殴り合うとは。流石ですねタケミ殿は」
「イカれてんな」
「正気ではないのは確かだな」
フォルサイト、マリス、バアルもこれには驚いているようだ。
「なんと美しい……」
「ええ……」
マートル姫とベロニカは見惚れていた。
「タケミィィ!行けぇぇ!」
ユイは精一杯の声援を送っている。
「はぁ……はぁ……!ちくしょう、ここで終わりか」
「参ったな……宣言が覆された」
二人が話すとゴングがなる。
『ここでラウンド4が終了です!ここに来て流れを自分に引き寄せる挑戦者タケミ!まだ勝敗がどうなるのか分からなくなりました!』
「タケミいいぞ!良くやった!アイツ、このラウンドでお前を倒すとか言ってたが外してやったぞ!」
戻ってきたタケミを笑って迎えるネラ。
「はぁ……はぁ……」
「おいタケミ?おいって!」
ネラの呼びかけにようやく反応するタケミ。
「え?ああ水くれ」
(マズイ相当ダメージが蓄積してる)
ネラはすぐに水を渡す。
「ほら、水だ、ほら早く座るんだ!1秒でも早く身体を休ませるんだ!」
ネラがタケミの肩をつかんで座らせようとする。しかしタケミがその手をゆっくりと押しのけた。
「座ったら二度と立てなくなっちまう」
「……!」
タケミは立ちながら水を飲む。
「あれを使うぞ、ネラ」
「この前スライムに使ったやつか!?」
タケミが頷く。
「もうあれしかねぇ。多分相手も次の試合は最初から飛ばしてくる。それに立ち向かえるのはあれしかねぇんだ」
「どうせ止めてもやるんだろ。もうここまで来たんだやりたいだけやって来い」
深いため息をするネラ。
「サンキューな、本当に」
「え?なんだよ急に」
タケミの視線はネラに向いていた。
「だってよおれチャンピオンって呼ばれてる奴と戦ってるんだぜ?何十年も最強だった人と闘えている。前の人生じゃ思ったこともない話だ」
そういって彼は笑う。
「全部お前のおかげだ」
「プロエ……おまえ!」
汗をふくダマト、そこで彼の肉体に起きている事に気づく。汗を拭いた後の肌から汗が出てこない。
「言っただろ、前のラウンドで決着つけるって。身体はもう空か汗すら出ないな」
プロエも当然この事に気づいている。彼も戻ってきてから座ろうとしなかった。
「あれを使うよ。次の試合で身体を動かすにはそれしかない」
「おまえそんな事をしたら……」
そう言うダマトに笑ってみせるプロエ。
「死ぬって?そうかもな。でもなダマトさん、おれはいま最高に楽しいんだ。この瞬間を最後まで楽しみたい」
彼はタケミに視線を向ける。
「分かったよ、骨は拾ってやる」
「あんたには恩しかないな」
(プロエの目、どっしりと構える王者の目じゃない。ギラギラと燃える挑戦者の目だ)
インターバル終了の合図がなる。
「行って来いタケミ!」
「行って来い、プロエ」
2人のセコンドは闘いの場へと戻る戦士たちを送り出した。
『さぁ、第5試合開始!』
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