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死んだ悪役令嬢は諦観を望む
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頭が痛い。身体がだるい。ゆらゆらと朧気な意識の中での違和感。体は無いのに。私という存在が解けていく。私という存在の証が、消えていく。わたしはだれだろう。酷く疲れている。ゆらゆらと思考の海を漂うわたしは、何者でもない。
何者であったかも思い出せないーー否、思い出したくないのだと。わたしは、わたしであることに疲れてしまった。もう眠ってしまおうーー。抗いがたい睡魔の声に従おうとするーーわたしを、何かが引き止める。
「あぁ……だめだよ、そんなところに行ってしまって」
あなたはだれ?
その問いに、それは答えなかった。
ソレはわたしをしっているのだろうか。わたしがだれなのか。
「君が最後に吐き出した呪詛は、最高にしびれるものだった」
じゅそ。じゅそって? のろいのことば? わたしが、はいた、ことば…?
その単語が不穏なものだと私は知っている。ねむりにつくまえの、わたしについて。思考の隅に、引っかかる。
「んん…? ああ、これはいけないなぁ。あまりにも魂が、磨り減ってしまっている」
「これは、随分と痛ましい」
ぽつりとそれが呟く。わたしのことだと、本能的に理解する。いたましい。痛みのこと。そうだ、痛かったんだ。わたしがねむるまえに、感じ痛み。ちがう、本当に痛かったんじゃない。いたかった、苦しかった、辛かった、ぁぁぁ、そうだ。
わたしは、
糸が解けて、また紡がれて。
濁った目。怒号と奇声。
たくさんの人の声。
なんておそろしくて、おぞましい。
死神の刃がわたしに触れた。
「……そろそろ、頃合かな。お目覚めの時間だ、ーーよ」
私は思い出した、その痛みを。苦しみを。眠る前の全てを。
悪女として死んだ私の事を。
目を開いた。
そこは、暗く冷たい土の中、棺の中ではなかった。知らない天井だ。簡素な内装……本能的に宿屋だと理解する。
ベットの傍に、男がたっていた。
黒フードで顔を隠した、奇妙な人物。
「あなたは……しにがみなの?」
それは答えた。
「まさか、違うよ。僕はただ、哀れな少女を、黄泉から引き上げた男だ」
それが微笑みながら言った。
「お帰り、エリザーー愛し薔薇の娘」
フードの影から覗くその瞳は、血のように紅く輝いていたーー。
「まぁ、まずは君自身が、君の姿を確かめてから話そうか」
目の前に置かれた鏡に映る姿は、とても1度死んだとは思えない程、艶やかだった。ただひとつ違うのはーー、
半ば無意識に、撥ねられたはずの首の部分に触れる。
「わたしは、死んだはずよ」
だからこれはきっと夢なのよ。全てを諦めた私に対してのーーという言葉を喉元で飲み込む。せっかく、安らかに眠れると思って。
感情が表に出てしまったとは思わないが、察したのだろう男の目が、愉快そうに細まる。
「あぁ、そうだね。確かに君は、冷たく暗い土の中で、永遠に眠るはずだった」
「消える筈だった、僅かな命の灯火を、僕がすくい上げた」
「どうやら君は、眠りを妨げられたことに不服なようだね」
男の言葉にぽつりと呟く。
「…わたしは、あそこでしんだわ。民が、あの人が……そう望んだから、わたしは、悪女として死んだ。それだけなの」
まるで後悔はないとでも言うような物言いに、男はまた目を細めた。
死の間際に、憎悪の籠った呪詛を吐いたと言うのに、矛盾しているんじゃないか? そう言いたげな男の目。
「本来、死者の眠りを妨げるのは大罪であり禁忌だ。…死者への冒涜だ、ってね」
「死者の眠りを妨げた。これは良くないけれど、無惨に殺された哀れな悪女を助けたのは、良い事だろう?」
それは子供の頃から誰もが知っている常識。禁忌とされる行為を、この男は大罪であるはずのそれを、いとも簡単に触れてしまったのだと。
「焦ったよ、何せ盛大な処刑が行われて、誰もが熱狂していたからーーあの場を抜けて、人気のない墓場に着くまで、時間がかかったからね」
「誰が腐敗の進んだ死人と居たいと思う? 特殊な人間を除けば、それはもう、新鮮なのに決まってるだろう?」
その男の言葉は、非現実だ、きっと夢に違いないと喚く私の心を黙らせた。
何者であったかも思い出せないーー否、思い出したくないのだと。わたしは、わたしであることに疲れてしまった。もう眠ってしまおうーー。抗いがたい睡魔の声に従おうとするーーわたしを、何かが引き止める。
「あぁ……だめだよ、そんなところに行ってしまって」
あなたはだれ?
その問いに、それは答えなかった。
ソレはわたしをしっているのだろうか。わたしがだれなのか。
「君が最後に吐き出した呪詛は、最高にしびれるものだった」
じゅそ。じゅそって? のろいのことば? わたしが、はいた、ことば…?
その単語が不穏なものだと私は知っている。ねむりにつくまえの、わたしについて。思考の隅に、引っかかる。
「んん…? ああ、これはいけないなぁ。あまりにも魂が、磨り減ってしまっている」
「これは、随分と痛ましい」
ぽつりとそれが呟く。わたしのことだと、本能的に理解する。いたましい。痛みのこと。そうだ、痛かったんだ。わたしがねむるまえに、感じ痛み。ちがう、本当に痛かったんじゃない。いたかった、苦しかった、辛かった、ぁぁぁ、そうだ。
わたしは、
糸が解けて、また紡がれて。
濁った目。怒号と奇声。
たくさんの人の声。
なんておそろしくて、おぞましい。
死神の刃がわたしに触れた。
「……そろそろ、頃合かな。お目覚めの時間だ、ーーよ」
私は思い出した、その痛みを。苦しみを。眠る前の全てを。
悪女として死んだ私の事を。
目を開いた。
そこは、暗く冷たい土の中、棺の中ではなかった。知らない天井だ。簡素な内装……本能的に宿屋だと理解する。
ベットの傍に、男がたっていた。
黒フードで顔を隠した、奇妙な人物。
「あなたは……しにがみなの?」
それは答えた。
「まさか、違うよ。僕はただ、哀れな少女を、黄泉から引き上げた男だ」
それが微笑みながら言った。
「お帰り、エリザーー愛し薔薇の娘」
フードの影から覗くその瞳は、血のように紅く輝いていたーー。
「まぁ、まずは君自身が、君の姿を確かめてから話そうか」
目の前に置かれた鏡に映る姿は、とても1度死んだとは思えない程、艶やかだった。ただひとつ違うのはーー、
半ば無意識に、撥ねられたはずの首の部分に触れる。
「わたしは、死んだはずよ」
だからこれはきっと夢なのよ。全てを諦めた私に対してのーーという言葉を喉元で飲み込む。せっかく、安らかに眠れると思って。
感情が表に出てしまったとは思わないが、察したのだろう男の目が、愉快そうに細まる。
「あぁ、そうだね。確かに君は、冷たく暗い土の中で、永遠に眠るはずだった」
「消える筈だった、僅かな命の灯火を、僕がすくい上げた」
「どうやら君は、眠りを妨げられたことに不服なようだね」
男の言葉にぽつりと呟く。
「…わたしは、あそこでしんだわ。民が、あの人が……そう望んだから、わたしは、悪女として死んだ。それだけなの」
まるで後悔はないとでも言うような物言いに、男はまた目を細めた。
死の間際に、憎悪の籠った呪詛を吐いたと言うのに、矛盾しているんじゃないか? そう言いたげな男の目。
「本来、死者の眠りを妨げるのは大罪であり禁忌だ。…死者への冒涜だ、ってね」
「死者の眠りを妨げた。これは良くないけれど、無惨に殺された哀れな悪女を助けたのは、良い事だろう?」
それは子供の頃から誰もが知っている常識。禁忌とされる行為を、この男は大罪であるはずのそれを、いとも簡単に触れてしまったのだと。
「焦ったよ、何せ盛大な処刑が行われて、誰もが熱狂していたからーーあの場を抜けて、人気のない墓場に着くまで、時間がかかったからね」
「誰が腐敗の進んだ死人と居たいと思う? 特殊な人間を除けば、それはもう、新鮮なのに決まってるだろう?」
その男の言葉は、非現実だ、きっと夢に違いないと喚く私の心を黙らせた。
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