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15話 取引
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わたしとシエルがライディンを客間へと案内する。
そこではわたしの忌避する両親を待たせていて、彼についての話をする前に、その見るのもためらう顔を拝見することになる。
「これはこれは、大公様。よくぞここまで御足労いただきました」
「こちらへおかけになってください」
格下の相手には息巻くくせに、いざ格上となると頭をへこへこさせながら媚びる。
わたしは自分の両親が、頭から爪先まで嫌いだと改めて認識させられる。
「リエナと婚約したい? ですが彼女にはすでにローウェンが相手におります」
エントランスでは鬼気迫る表情のローウェンがいて、わたしの意思を伝えるとなおさらに怒っていた。
『お前は誰だ!』
『これは失礼しました。私はライディン、ライディン・レスティアスと申します』
『レスティアス大公……なんでそんな人間が……』
案の定、壮絶な争いが勃発するかと思いきや、そこにとてつもない爆弾が炸裂する。
突如現れた妹のレイナが睨みを効かせ、一歩、二歩とわたしを退がらせたのだ。
『お義兄様? そんな女と話していては脳が腐ってしまわれます』
『彼女がレイナ嬢……なるほど』
レイナとライディンはここで会うまでは面識が無かった。
しかし、彼はレイナを一目見ただけで彼女の中に燻る何かを察したようだ。
レイナの目は濁っていて、頰はローウェンを視界に映すと熟した果実のように明確な赤に染まる。
『行きましょうお義兄様……なに、あの女がいなくても私がいます』
『あ、ああ。だが、私の嫁は必ず取り戻してやる。たとえ大公だろうが、リエナをくれてやるつもりは毛頭無いのでな!』
レイナがそれを聞いて無の表情に還っているのを、鈍感なローウェンはまったく気に留めていなかった。
じわりじわりと、彼女から染み出す毒に囲われていると知らずに、哀れなものである。
『あの子はかなり危なそうだ。幼い歳だけでは語り尽くせない凄みがある』
レイナはその小さな体で数多の男に甘えては、その可憐な姿を武器に手込めにしていく。
これまでに壊した男の数は知れず。両親もまんまと表側のかわいらしい外面だけを信じて黙認している始末だ。
『美形の男を食い漁っては飽きたら捨てる。彼女曰く、最高の男を見つける旅と言っています』
わたしはそんな妹が大嫌いだが、彼女の横暴を止める手立てはまるで無かった。
わがままなレイナはわたしのプライベートにまで侵犯し、好き勝手にできるだけの権力を振りかざしている。
そんな彼女に逆らおうものなら、両親を介して家から追放されても不思議なことではない。
『とにかく、あの子は敵に回してはいけなかったのです』
わたしは妹が思い通りにならなくなったことで、決まってするあの顔を思い出していた。
レイナはわたしの苦しみもがく姿を高みから眺めてそれを愉悦とする。
予定調和がライディンの登場によって乱れた際、醜悪な本性が垣間見られた。
飽きるまでは異様にも思えるくらいに執念深い恋をし、飽きたら一気に冷めて相手の顔すら忘れる。
レイナの恋は一言で言えば、刹那主義である。
「リエナ嬢は婚約破棄を彼に宣言しているとうかがいました。だとするなら、形骸化した婚約をいつまでも維持する理由もありません」
「だが、ローウェン君はリエナを諦めておりませんぞ」
「そのローウェン殿はレイナ嬢と相思相愛ではありませんか。一転してリエナ嬢とは現状、彼からの一方的な片想いだ。どちらを優先するかは誰の目から見ても明白だと思われます」
「そこを突かれると痛いですね」
ついで彼は過剰に持て余していた、誰も使わずに荒れ果てている一部の領地と継続的な資金の援助を取引材料として切り出していく。
「大公様からそこまでのお恵みを……」
「代わりに金輪際、そちらからリエナとメイドのシエルに関与しないことを約束してください」
自分の財産を切り崩してまで、わたしを嫁にしようとする彼の意思の強さは本物であり、両親はただ面を喰らうばかりである。
入口の扉の奥からは指を噛む仕草をしているレイナがおり、濁った目でわたしを睨んでいるのが見えた。
「レイナ様もさすがに大公様には手を出せないようですね」
「……でも油断は禁物よ」
わたしはレイナの恐ろしさを十分に承知していて、警戒を怠らないようにシエルと意識を共有する。
「ずいぶんと荒れている子ですね。あの歳であそこまで拗れている人間は、貧民街でも見たことが無い」
ライディンもまた彼女の気配に気付いていて、それを快くは思っていなかった。
「分かりました……その取引、受けさせてもらいます」
普通の親なら手塩にかけた我が子を引き止めようとするだろうが、この親たちはあっさりとわたしたちを手放した。
おかげでわたしもすんなりと彼らに見切りをつけることができた。
そこではわたしの忌避する両親を待たせていて、彼についての話をする前に、その見るのもためらう顔を拝見することになる。
「これはこれは、大公様。よくぞここまで御足労いただきました」
「こちらへおかけになってください」
格下の相手には息巻くくせに、いざ格上となると頭をへこへこさせながら媚びる。
わたしは自分の両親が、頭から爪先まで嫌いだと改めて認識させられる。
「リエナと婚約したい? ですが彼女にはすでにローウェンが相手におります」
エントランスでは鬼気迫る表情のローウェンがいて、わたしの意思を伝えるとなおさらに怒っていた。
『お前は誰だ!』
『これは失礼しました。私はライディン、ライディン・レスティアスと申します』
『レスティアス大公……なんでそんな人間が……』
案の定、壮絶な争いが勃発するかと思いきや、そこにとてつもない爆弾が炸裂する。
突如現れた妹のレイナが睨みを効かせ、一歩、二歩とわたしを退がらせたのだ。
『お義兄様? そんな女と話していては脳が腐ってしまわれます』
『彼女がレイナ嬢……なるほど』
レイナとライディンはここで会うまでは面識が無かった。
しかし、彼はレイナを一目見ただけで彼女の中に燻る何かを察したようだ。
レイナの目は濁っていて、頰はローウェンを視界に映すと熟した果実のように明確な赤に染まる。
『行きましょうお義兄様……なに、あの女がいなくても私がいます』
『あ、ああ。だが、私の嫁は必ず取り戻してやる。たとえ大公だろうが、リエナをくれてやるつもりは毛頭無いのでな!』
レイナがそれを聞いて無の表情に還っているのを、鈍感なローウェンはまったく気に留めていなかった。
じわりじわりと、彼女から染み出す毒に囲われていると知らずに、哀れなものである。
『あの子はかなり危なそうだ。幼い歳だけでは語り尽くせない凄みがある』
レイナはその小さな体で数多の男に甘えては、その可憐な姿を武器に手込めにしていく。
これまでに壊した男の数は知れず。両親もまんまと表側のかわいらしい外面だけを信じて黙認している始末だ。
『美形の男を食い漁っては飽きたら捨てる。彼女曰く、最高の男を見つける旅と言っています』
わたしはそんな妹が大嫌いだが、彼女の横暴を止める手立てはまるで無かった。
わがままなレイナはわたしのプライベートにまで侵犯し、好き勝手にできるだけの権力を振りかざしている。
そんな彼女に逆らおうものなら、両親を介して家から追放されても不思議なことではない。
『とにかく、あの子は敵に回してはいけなかったのです』
わたしは妹が思い通りにならなくなったことで、決まってするあの顔を思い出していた。
レイナはわたしの苦しみもがく姿を高みから眺めてそれを愉悦とする。
予定調和がライディンの登場によって乱れた際、醜悪な本性が垣間見られた。
飽きるまでは異様にも思えるくらいに執念深い恋をし、飽きたら一気に冷めて相手の顔すら忘れる。
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「リエナ嬢は婚約破棄を彼に宣言しているとうかがいました。だとするなら、形骸化した婚約をいつまでも維持する理由もありません」
「だが、ローウェン君はリエナを諦めておりませんぞ」
「そのローウェン殿はレイナ嬢と相思相愛ではありませんか。一転してリエナ嬢とは現状、彼からの一方的な片想いだ。どちらを優先するかは誰の目から見ても明白だと思われます」
「そこを突かれると痛いですね」
ついで彼は過剰に持て余していた、誰も使わずに荒れ果てている一部の領地と継続的な資金の援助を取引材料として切り出していく。
「大公様からそこまでのお恵みを……」
「代わりに金輪際、そちらからリエナとメイドのシエルに関与しないことを約束してください」
自分の財産を切り崩してまで、わたしを嫁にしようとする彼の意思の強さは本物であり、両親はただ面を喰らうばかりである。
入口の扉の奥からは指を噛む仕草をしているレイナがおり、濁った目でわたしを睨んでいるのが見えた。
「レイナ様もさすがに大公様には手を出せないようですね」
「……でも油断は禁物よ」
わたしはレイナの恐ろしさを十分に承知していて、警戒を怠らないようにシエルと意識を共有する。
「ずいぶんと荒れている子ですね。あの歳であそこまで拗れている人間は、貧民街でも見たことが無い」
ライディンもまた彼女の気配に気付いていて、それを快くは思っていなかった。
「分かりました……その取引、受けさせてもらいます」
普通の親なら手塩にかけた我が子を引き止めようとするだろうが、この親たちはあっさりとわたしたちを手放した。
おかげでわたしもすんなりと彼らに見切りをつけることができた。
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