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大学生編
2015.06.03(Wed) 視えないもの 2/2
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【大学生編 16 視えないもの 2】
[2015年6月3日(水)]
――付き合うってなんだ。好きってなんだ。
その先には何がある?2人でいてどうなる?
辰真は答えのない自問自答を繰り返しては、あれから一体何日が経ってしまっただろうか…とカレンダーを確認して頭を抱える日々を送っていた。
――これじゃいけない。就活に響いたら事だ。
就活が落ち着くまでは考えられない。意を決してそうメッセージを送れば、素直に「分かった頑張って」と返事が来た。
央弥としても、辰真の人生の邪魔をするのは非常に不本意な事であった。別に返事を急きたいわけでは無い。
しかし忘れようとして忘れられるほど辰真は器用な人間でもなく、愚痴を溢してスッキリできるような友人もいない非社交的な人間だったので、モヤモヤとしたまま就活は少し難航した。
「…ダメだ。本当に」
「あんたまた珍しく帰って来たと思ったらうじうじしてばっかで。怪我はもういいの?」
「リハビリ通ってる」
家事をする元気すらなく、しばらく休学を決め込む事にして辰真は実家に戻っていた。平日の夕方、ただただ街を散策するだけのテレビ番組を見るともなく見る。
「まだ焦らなくていいんでしょ?」
「まあそうなんだけどさ」
「大体、何がしたいの?やりたい仕事決まってるの?」
「なんとなく…広告系で探してる…少数規模の会社で」
「アンタ人付き合い下手なんだから、あんまり人が少ないと逆に人間関係が蜜で難しいかもよ」
「うるさいなぁ…」
悩んでる時に更に悩むような事を言わないでほしい。でもそうか、そう考えると中規模の会社の方が良い事もあるんだろうな…。そんな時、スマホが震えた。
「…もしもし」
『もしもし!元気?どう、就活』
「あんまうまくいってない」
『んー、そっか…、あのさ』
少し悩むように唸ったあと、ドライブに行かないかと言われて思わず聞き返す。
『元々この電話もさ、免許取れたって報告しようと思って!もし煮詰まってんなら、気分転換しに行かない?』
実家にいると伝えれば、結構な距離だというのに央弥は当然のように地元の駅まで1時間ほどかけて辰真を迎えに来た。日は傾き始めているが、まだ辺りは明るい。
「急だったけど、大丈夫だった?」
「大丈夫」
「この辺り初めて来たけど、駅前とか結構きれいだね」
「ああ、最近開発されて」
親の物だというミニワゴンの助手席に乗り込むと他人の車の匂いがした。
「車酔いする人?」
「いや、しない」
「んじゃどこ行こっか」
「…そうだな…」
「適当に決めていい?」
「ああ」
何か考えがあるのだろうか。辰真は当然ながら友人とドライブを楽しむようなタイプでも無く、こんな時にパッと車で行きたい場所などひとつも思いつかない。
央弥は淡々とスマホの地図アプリでナビモードを設定すると、人工音声のガイドに合わせて車を発進させた。
どれくらい経ったのか、眠るつもりは無かったがぼんやりと意識が遠くなっていた事に気付く。
「…あ、悪い寝てたな」
「寝てていいよ、就活で疲れてるっしょ」
「そんな事もないな。だらだらしてるだけだ」
「別に体は動いてなくてもさ、あれこれ考えたり悩んだりして、気疲れするのってしんどいよ」
優しくそう話しながら前を見つめて運転する央弥はどこか大人びて見える。本当はその内心は慣れない運転で緊張しているのだが、周りからはそうは見えないものだ。
「まあでも、もうすぐ着くから」
その言葉に窓の外を見るが、暗くてよくわからない。
「人が集まる場所より静かな方が落ち着くかと思って」
央弥のようなパリピが行くドライブといえば一晩中ずっと明るいような場所に連れて行かれるものだとばかり思っていた辰真は拍子抜けした。
着いたよ、と声をかけられてドアの外に出ると山の中腹の休憩所のような場所だった。
「前に友達が連れて来てくれたんだけどさ、結構景色は良いし、でもこんな微妙な場所だから誰もいないし」
いいなと思って覚えてた。と笑う央弥。
運転で緊張していた手足を伸ばして深呼吸をする。この道の先には墓地があるわけだが、もちろんそれは黙っておいた。
辰真が長く手入れもされていなさそうな木製の柵に近寄ると、山の麓に小さな村の光が見えた。
「へえ、少し走るだけでこんなに静かな場所に来れるんだな」
「意外だよね」
まるで、とんだ田舎に来たような錯覚を覚える。
「…ねぇ、葛西さん」
「うん」
「今、就活とか大変で気持ちが弱ってるの知ってて、つけ込むみたいで嫌なんだけどさ」
隣に並んで景色を見ながら央弥は自分の頭を軽くくしゃくしゃとかき混ぜる。
「その…好きって、ただ言いたくなっちゃうんだ」
何か返すよりも先に「言いたいだけ!ごめん!」と謝られて、どう反応すればいいのか分からなくなった。
「困らせてごめんね」
「…俺は」
辰真は無意識に避け続けてずっと向き合ってこなかった"恋愛"というものにようやく正面からぶち当たってしまって、もの凄く考えた結果ひとつの答えに行き着いていた。
「人を好きに、ならないのかも」
人は人を好きになる、男は女を好きになる、女は男を好きになる。辰真もなんとなく漠然とそう思っていて、だから自分もいつか自然と誰か、女の子を好きになるのだと思っていた。
しかし、考えれば考えるほど、今まで恋をした事が無かったのだ。
「男とか女とか、そういう問題より先に」
辰真は自分を恋愛が出来ない人間なのではないかと分析していた。それを伝えれば落ち込むだろうかと心配していた予想に反して、央弥は驚いたような反応で返した。
「それって……俺もかも」
「はあ?」
「俺もそう!そう、だった!」
央弥は辰真とは違ってそんな自分に早くから気がついていた。小中高とモテ続けてきて、彼女のような存在が途切れる事の無い人生を歩んで来たが、一度も夢中になれるような事はなかった。
一緒にいて大事だと思うし、楽しいけど、それだけだった。彼女たちの求めるような自分ではいられなかった。それどころか、それに連なって起こるイザコザが面倒で、大学では先に自分から非恋愛体質である事を公言して過ごして来た。
そのおかげでこの半年ほどは恋愛という面倒事からずっと逃げ続けられて来ていたのだ。それでも告白されるような事は度々あったが…相手もその噂は聞いていたので断る事は容易かった。
――なのに。
「…だからまだ、自分でもわかんないんだ、よく」
こんな事なんか初めてで、央弥自身も困惑し続けている。
「葛西さんにだけは……ムズムズして、ソワソワして、口が勝手に好きだって言いたくなるんだ」
柵から体を離し辰真に向き直って、真っ直ぐに見つめる。辰真も、今度はその視線から逃げる事はせずに向き合った。
「体が勝手に抱きしめたいって動いちゃうんだよ」
そう言いながら手を伸ばされても、辰真は逃げなかった。恐る恐るといった風に央弥はその体を抱き寄せる。
「……だから、ごめん。どうしようもなくて…好き、好きって、そればっかりが溢れちゃう」
これが人を好きになるって事なのかな。そう呟く央弥に「わからん」と返して、抵抗もせずに抱きしめられている辰真は、でもこの腕の中にいると妙に安心して悪い気分ではないな。と思った。
ーーー
「…ねえ、誰の事も好きになれそうになくて、でも俺と今こうして一緒にいるのが嫌でないなら、とりあえず付き合ってみない?」
そろそろ帰ろうかとまた車に乗り込んで、運転しながら央弥は恐る恐るそう提案した。
「好きか分からないのに付き合う意味ってなんだ」
もっともな質問に少し悩んで、心の内を素直にそのまま言葉にしてみる。
「俺もまだよく分かんないんだけど、仲の良い先輩後輩とか、友達じゃ…なんか嫌なんだもん」
「特別な関係でありたいって事か?」
その言葉にピンと来て央弥はすぐに肯定した。
「そう、俺を葛西さんの特別にしてほしい」
「今でも十分お前はイレギュラーだぞ」
そう言って辰真は笑う。
「わかった。別にお前に好きだって言われる事自体は不思議と嫌な気もしないし、俺がその言葉に何かで返さなきゃいけないわけじゃないなら気も楽だ」
「うん、ただ一緒に居させてくれて、好きって言うのを許可してくれたらそれだけで嬉しい」
「変なやつだな」
「お互い恋愛初心者だから、とりあえずやってみようよ。そのうち何か見えてくるかも」
よくわからない言い分だが、辰真はやっぱり意外と悪い気がしないなと笑いながら承諾した。
【視えないもの 完】
[2015年6月3日(水)]
――付き合うってなんだ。好きってなんだ。
その先には何がある?2人でいてどうなる?
辰真は答えのない自問自答を繰り返しては、あれから一体何日が経ってしまっただろうか…とカレンダーを確認して頭を抱える日々を送っていた。
――これじゃいけない。就活に響いたら事だ。
就活が落ち着くまでは考えられない。意を決してそうメッセージを送れば、素直に「分かった頑張って」と返事が来た。
央弥としても、辰真の人生の邪魔をするのは非常に不本意な事であった。別に返事を急きたいわけでは無い。
しかし忘れようとして忘れられるほど辰真は器用な人間でもなく、愚痴を溢してスッキリできるような友人もいない非社交的な人間だったので、モヤモヤとしたまま就活は少し難航した。
「…ダメだ。本当に」
「あんたまた珍しく帰って来たと思ったらうじうじしてばっかで。怪我はもういいの?」
「リハビリ通ってる」
家事をする元気すらなく、しばらく休学を決め込む事にして辰真は実家に戻っていた。平日の夕方、ただただ街を散策するだけのテレビ番組を見るともなく見る。
「まだ焦らなくていいんでしょ?」
「まあそうなんだけどさ」
「大体、何がしたいの?やりたい仕事決まってるの?」
「なんとなく…広告系で探してる…少数規模の会社で」
「アンタ人付き合い下手なんだから、あんまり人が少ないと逆に人間関係が蜜で難しいかもよ」
「うるさいなぁ…」
悩んでる時に更に悩むような事を言わないでほしい。でもそうか、そう考えると中規模の会社の方が良い事もあるんだろうな…。そんな時、スマホが震えた。
「…もしもし」
『もしもし!元気?どう、就活』
「あんまうまくいってない」
『んー、そっか…、あのさ』
少し悩むように唸ったあと、ドライブに行かないかと言われて思わず聞き返す。
『元々この電話もさ、免許取れたって報告しようと思って!もし煮詰まってんなら、気分転換しに行かない?』
実家にいると伝えれば、結構な距離だというのに央弥は当然のように地元の駅まで1時間ほどかけて辰真を迎えに来た。日は傾き始めているが、まだ辺りは明るい。
「急だったけど、大丈夫だった?」
「大丈夫」
「この辺り初めて来たけど、駅前とか結構きれいだね」
「ああ、最近開発されて」
親の物だというミニワゴンの助手席に乗り込むと他人の車の匂いがした。
「車酔いする人?」
「いや、しない」
「んじゃどこ行こっか」
「…そうだな…」
「適当に決めていい?」
「ああ」
何か考えがあるのだろうか。辰真は当然ながら友人とドライブを楽しむようなタイプでも無く、こんな時にパッと車で行きたい場所などひとつも思いつかない。
央弥は淡々とスマホの地図アプリでナビモードを設定すると、人工音声のガイドに合わせて車を発進させた。
どれくらい経ったのか、眠るつもりは無かったがぼんやりと意識が遠くなっていた事に気付く。
「…あ、悪い寝てたな」
「寝てていいよ、就活で疲れてるっしょ」
「そんな事もないな。だらだらしてるだけだ」
「別に体は動いてなくてもさ、あれこれ考えたり悩んだりして、気疲れするのってしんどいよ」
優しくそう話しながら前を見つめて運転する央弥はどこか大人びて見える。本当はその内心は慣れない運転で緊張しているのだが、周りからはそうは見えないものだ。
「まあでも、もうすぐ着くから」
その言葉に窓の外を見るが、暗くてよくわからない。
「人が集まる場所より静かな方が落ち着くかと思って」
央弥のようなパリピが行くドライブといえば一晩中ずっと明るいような場所に連れて行かれるものだとばかり思っていた辰真は拍子抜けした。
着いたよ、と声をかけられてドアの外に出ると山の中腹の休憩所のような場所だった。
「前に友達が連れて来てくれたんだけどさ、結構景色は良いし、でもこんな微妙な場所だから誰もいないし」
いいなと思って覚えてた。と笑う央弥。
運転で緊張していた手足を伸ばして深呼吸をする。この道の先には墓地があるわけだが、もちろんそれは黙っておいた。
辰真が長く手入れもされていなさそうな木製の柵に近寄ると、山の麓に小さな村の光が見えた。
「へえ、少し走るだけでこんなに静かな場所に来れるんだな」
「意外だよね」
まるで、とんだ田舎に来たような錯覚を覚える。
「…ねぇ、葛西さん」
「うん」
「今、就活とか大変で気持ちが弱ってるの知ってて、つけ込むみたいで嫌なんだけどさ」
隣に並んで景色を見ながら央弥は自分の頭を軽くくしゃくしゃとかき混ぜる。
「その…好きって、ただ言いたくなっちゃうんだ」
何か返すよりも先に「言いたいだけ!ごめん!」と謝られて、どう反応すればいいのか分からなくなった。
「困らせてごめんね」
「…俺は」
辰真は無意識に避け続けてずっと向き合ってこなかった"恋愛"というものにようやく正面からぶち当たってしまって、もの凄く考えた結果ひとつの答えに行き着いていた。
「人を好きに、ならないのかも」
人は人を好きになる、男は女を好きになる、女は男を好きになる。辰真もなんとなく漠然とそう思っていて、だから自分もいつか自然と誰か、女の子を好きになるのだと思っていた。
しかし、考えれば考えるほど、今まで恋をした事が無かったのだ。
「男とか女とか、そういう問題より先に」
辰真は自分を恋愛が出来ない人間なのではないかと分析していた。それを伝えれば落ち込むだろうかと心配していた予想に反して、央弥は驚いたような反応で返した。
「それって……俺もかも」
「はあ?」
「俺もそう!そう、だった!」
央弥は辰真とは違ってそんな自分に早くから気がついていた。小中高とモテ続けてきて、彼女のような存在が途切れる事の無い人生を歩んで来たが、一度も夢中になれるような事はなかった。
一緒にいて大事だと思うし、楽しいけど、それだけだった。彼女たちの求めるような自分ではいられなかった。それどころか、それに連なって起こるイザコザが面倒で、大学では先に自分から非恋愛体質である事を公言して過ごして来た。
そのおかげでこの半年ほどは恋愛という面倒事からずっと逃げ続けられて来ていたのだ。それでも告白されるような事は度々あったが…相手もその噂は聞いていたので断る事は容易かった。
――なのに。
「…だからまだ、自分でもわかんないんだ、よく」
こんな事なんか初めてで、央弥自身も困惑し続けている。
「葛西さんにだけは……ムズムズして、ソワソワして、口が勝手に好きだって言いたくなるんだ」
柵から体を離し辰真に向き直って、真っ直ぐに見つめる。辰真も、今度はその視線から逃げる事はせずに向き合った。
「体が勝手に抱きしめたいって動いちゃうんだよ」
そう言いながら手を伸ばされても、辰真は逃げなかった。恐る恐るといった風に央弥はその体を抱き寄せる。
「……だから、ごめん。どうしようもなくて…好き、好きって、そればっかりが溢れちゃう」
これが人を好きになるって事なのかな。そう呟く央弥に「わからん」と返して、抵抗もせずに抱きしめられている辰真は、でもこの腕の中にいると妙に安心して悪い気分ではないな。と思った。
ーーー
「…ねえ、誰の事も好きになれそうになくて、でも俺と今こうして一緒にいるのが嫌でないなら、とりあえず付き合ってみない?」
そろそろ帰ろうかとまた車に乗り込んで、運転しながら央弥は恐る恐るそう提案した。
「好きか分からないのに付き合う意味ってなんだ」
もっともな質問に少し悩んで、心の内を素直にそのまま言葉にしてみる。
「俺もまだよく分かんないんだけど、仲の良い先輩後輩とか、友達じゃ…なんか嫌なんだもん」
「特別な関係でありたいって事か?」
その言葉にピンと来て央弥はすぐに肯定した。
「そう、俺を葛西さんの特別にしてほしい」
「今でも十分お前はイレギュラーだぞ」
そう言って辰真は笑う。
「わかった。別にお前に好きだって言われる事自体は不思議と嫌な気もしないし、俺がその言葉に何かで返さなきゃいけないわけじゃないなら気も楽だ」
「うん、ただ一緒に居させてくれて、好きって言うのを許可してくれたらそれだけで嬉しい」
「変なやつだな」
「お互い恋愛初心者だから、とりあえずやってみようよ。そのうち何か見えてくるかも」
よくわからない言い分だが、辰真はやっぱり意外と悪い気がしないなと笑いながら承諾した。
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