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大学生編
2014.04.21(Mon) ついてくるもの
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【大学生編 01 ついてくるもの】
[2014年4月21日(月)]
「なんでそんな怖いって思うわけ?見えてんのに」
「見えてるから怖いんだろ」
「俺は……」
――見えないモンの方が、よっぽど怖いよ。
しまった。こんな所で。
この春から大学生活が3年目に突入した俺は通い慣れた薄暗い住宅街の一角で立ち尽くしていた。
気付かなければ良かったのに、気付いてしまったものはもう遅い。電球が切れているのか、灯りの点いてない街灯の下、その暗がりに不自然な人型の影。
――ああ……見てしまった。
素知らぬフリで通り過ぎるか諦めて一旦引き返すか、かれこれ数分間は熟考してしまっていた。駅へ行くにはこの道を通る他ないが、素知らぬフリが出来るか?こんな狭い道で、ほとんど真横を通るのに。
しかし変に引き返す事で目をつけられるのも怖い。いや、ここでこうして悩んでいる時点でもう目をつけられているかも……。
「なあ、アンタ何してんのこんな所で」
極度の緊張の中、後ろから急に呼びかけられて心臓が飛び出すかと思った。しかし、人だ。これは有り難い。
流れで一緒に通り過ぎさせてもらおう。そう考えて振り返ると、声の主は良い体格をした青年だった。これは更に頼り甲斐がある、と内心ホッとした。
「信号も何も無いってのに。なんか待ってんの?こんな暗闇でさ、変質者かと思われるよ」
しかしその不躾な発言に思わずムッとして返す。
「いや、何も待ってないです。なんでそんな変質者に声かけるんですか?」
「や、俺はアンタがそこの大学の人だってわかってっから」
どうして。と顔に書いてあった事だろう。
「大学の前のカフェで友達待ってたんだよ、アンテノール。その時に大学から出て行くアンタをたまたま見かけて。んじゃ俺、約束すっぽかされて。帰ろうと思って今ここ」
俺より10分くらい前に歩いてったと思ったけど、なんでこんな何も無い所で立ってんだと思って…だと言う。
気になったからって、話しかけるか?普通。と思いつつもおかげで助かったからツッコまないでおこう。俺は自然な流れを装って歩き出した。
「いや、えっと、忘れ物して。取りに帰るか悩んでただけで……10分も経ってたとは」
「ふーん?」
これは信じていないな。
「……それに、見たく無いものを見てしまう気がして」
「ゴキブリの話か?踏み潰せよそんなもん」
半信半疑な顔でその男もつられて歩き出す。
「そんな話誰もしてないですけど」
「んじゃなんだよ、ボヤかした言い方しやがって」
人と話していれば気がまぎれる。俺は"ソレ"の横を無事に通り過ぎた。
「良かった……」そう心中で胸をなでおろした瞬間だった。
「うお!なんだビックリした。あ?あれ人か?なんだ、暗いから気付かなかった」
おい、バカ。何を。
背筋が凍った。もしかしなくても、その男は今、必死で俺が目を逸らしていた"ソレ"に反応したのだ。
「な?あんな暗がりによお、ビックリすんじゃんね」
なるべく平常心を装い、今すぐ走り出したい気持ちを抑えて、とにかく前を見て歩き続けた。
刺激してしまうことが一番恐ろしいのだ。
「なあ、なんでアンタついてくんの?」
「駅がこっち…というか、ついてきてんのはお前だろ」
「あっ、急に口わりーの。なんだよ。なあ、あれビックリすんだろ?ほら……あれ?」
そう言って振り返った男はまた何事でも無いかのようにサラリと言った。
「さっきの暗がりにいた変なやつ、ついてきてんだけど」
なあなあ。と呑気に振り返らせようとしてくる手を振り払って小声で早口に怒鳴る。
「それ以上アレについて話すな。見えてないフリをして、気付いてないフリをして、記憶からも消せ」
この男は話を聞いているのかいないのか、俺が怒ってるというのに、急に肩を引き寄せてきた。
「いや何してんだ!」
「いやなんか、震えてるから」
アンタこえーの?あれ。と聞かれて、怖いに決まってんだろうがと大声で怒鳴りそうになった。
駅に着くと丁度自分の向かう方向のホームに来ていた電車に俺は一も二もなく飛び乗った。どうやらあの男は反対方向らしく、特に挨拶もなく反対のホームに立った。
その背後には影。しかしどういう事か、やつには見えていないらしい。
「……よかった」
あの様子なら、あいつは大丈夫だろう。ああいう手合いの者は反応しないに限る。
目が合ってしまわないように、体ごと振り返って車内に向き直ってから、大きく安堵のため息を吐いた。
【ついてくるもの 完】
[2014年4月21日(月)]
「なんでそんな怖いって思うわけ?見えてんのに」
「見えてるから怖いんだろ」
「俺は……」
――見えないモンの方が、よっぽど怖いよ。
しまった。こんな所で。
この春から大学生活が3年目に突入した俺は通い慣れた薄暗い住宅街の一角で立ち尽くしていた。
気付かなければ良かったのに、気付いてしまったものはもう遅い。電球が切れているのか、灯りの点いてない街灯の下、その暗がりに不自然な人型の影。
――ああ……見てしまった。
素知らぬフリで通り過ぎるか諦めて一旦引き返すか、かれこれ数分間は熟考してしまっていた。駅へ行くにはこの道を通る他ないが、素知らぬフリが出来るか?こんな狭い道で、ほとんど真横を通るのに。
しかし変に引き返す事で目をつけられるのも怖い。いや、ここでこうして悩んでいる時点でもう目をつけられているかも……。
「なあ、アンタ何してんのこんな所で」
極度の緊張の中、後ろから急に呼びかけられて心臓が飛び出すかと思った。しかし、人だ。これは有り難い。
流れで一緒に通り過ぎさせてもらおう。そう考えて振り返ると、声の主は良い体格をした青年だった。これは更に頼り甲斐がある、と内心ホッとした。
「信号も何も無いってのに。なんか待ってんの?こんな暗闇でさ、変質者かと思われるよ」
しかしその不躾な発言に思わずムッとして返す。
「いや、何も待ってないです。なんでそんな変質者に声かけるんですか?」
「や、俺はアンタがそこの大学の人だってわかってっから」
どうして。と顔に書いてあった事だろう。
「大学の前のカフェで友達待ってたんだよ、アンテノール。その時に大学から出て行くアンタをたまたま見かけて。んじゃ俺、約束すっぽかされて。帰ろうと思って今ここ」
俺より10分くらい前に歩いてったと思ったけど、なんでこんな何も無い所で立ってんだと思って…だと言う。
気になったからって、話しかけるか?普通。と思いつつもおかげで助かったからツッコまないでおこう。俺は自然な流れを装って歩き出した。
「いや、えっと、忘れ物して。取りに帰るか悩んでただけで……10分も経ってたとは」
「ふーん?」
これは信じていないな。
「……それに、見たく無いものを見てしまう気がして」
「ゴキブリの話か?踏み潰せよそんなもん」
半信半疑な顔でその男もつられて歩き出す。
「そんな話誰もしてないですけど」
「んじゃなんだよ、ボヤかした言い方しやがって」
人と話していれば気がまぎれる。俺は"ソレ"の横を無事に通り過ぎた。
「良かった……」そう心中で胸をなでおろした瞬間だった。
「うお!なんだビックリした。あ?あれ人か?なんだ、暗いから気付かなかった」
おい、バカ。何を。
背筋が凍った。もしかしなくても、その男は今、必死で俺が目を逸らしていた"ソレ"に反応したのだ。
「な?あんな暗がりによお、ビックリすんじゃんね」
なるべく平常心を装い、今すぐ走り出したい気持ちを抑えて、とにかく前を見て歩き続けた。
刺激してしまうことが一番恐ろしいのだ。
「なあ、なんでアンタついてくんの?」
「駅がこっち…というか、ついてきてんのはお前だろ」
「あっ、急に口わりーの。なんだよ。なあ、あれビックリすんだろ?ほら……あれ?」
そう言って振り返った男はまた何事でも無いかのようにサラリと言った。
「さっきの暗がりにいた変なやつ、ついてきてんだけど」
なあなあ。と呑気に振り返らせようとしてくる手を振り払って小声で早口に怒鳴る。
「それ以上アレについて話すな。見えてないフリをして、気付いてないフリをして、記憶からも消せ」
この男は話を聞いているのかいないのか、俺が怒ってるというのに、急に肩を引き寄せてきた。
「いや何してんだ!」
「いやなんか、震えてるから」
アンタこえーの?あれ。と聞かれて、怖いに決まってんだろうがと大声で怒鳴りそうになった。
駅に着くと丁度自分の向かう方向のホームに来ていた電車に俺は一も二もなく飛び乗った。どうやらあの男は反対方向らしく、特に挨拶もなく反対のホームに立った。
その背後には影。しかしどういう事か、やつには見えていないらしい。
「……よかった」
あの様子なら、あいつは大丈夫だろう。ああいう手合いの者は反応しないに限る。
目が合ってしまわないように、体ごと振り返って車内に向き直ってから、大きく安堵のため息を吐いた。
【ついてくるもの 完】
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