上 下
42 / 61
死人と死人、その養子

俺は死んだ人間なんだよ

しおりを挟む


【俺は死んだ人間なんだよ】


「じゃあおやすみ、シドニー」
「おやすみとーちゃん」
 そろそろシドニーが中学生になる。成長は喜ばしい事だ。しかし俺は頭を悩ませていた。
 シドニーはスラム生まれ、法外地区育ち。このまま突き進めばストリートキッズまっしぐらなのでは……と。
「……」
 それは避けたい。大事な息子に平和な人生を歩んでほしいと思うのは親として当然のことだろう。でも同時に大事なパートナーはこの街でしか生きていけないってのがこの問題の難しいところだ。

 リビングに戻って、ペンを握りしめて"茶太郎"の練習をしているショットに話しかけた。
「……なあ、ショット」
「んー」
「もうすぐシドが中学1年Grade6になるだろ」
「んー」
「で、14になったら高校生だ。3年なんかきっとあっという間だぞ、まじで」
「んー」
「中学はいいよ、でも高校は良いトコに行かせたいんだよな……」
「んー」
 手元を覗き込んで間違ってる部分を赤ペンで修正してやりながら話しかけ続ける。話しかけてるというより、相槌を打ってくれるインコに独り言を聞かせてるような気持ちだ。
「その時は寮にでも入らせてさ……ほら、ゲートの外こんなとこにずっと居させられねぇだろ」
「んー」
「でもさ、保護者として俺たちは不適すぎんだよ」
「んー」
 なにしろ、俺は戸籍上は死んだ事になってる人間だ。今更生きてましたなんて出て行く気も無い。この街で暮らしてくにあたっては、戸籍なんか無い方が気が楽な気さえしてくる。
 それに、俺の母親は俺の死に掛けられた巨額の保険金を受け取っちまってんだよ。


 ***


カディレ死体と戸籍上の死人に育てられてるだなんて、シドニーはゾンビの子だな」
 シドニーを送って行きながらそんな事を言って揶揄からかうとイジワルな顔で見つめ返された。
「ゾンビっぽさならとーちゃんこそ。たまに顔も体も青あざだらけでさ!」
「ははは……」
 ごもっとも。


 アパートに戻ると床が下手な"茶太郎"でいっぱいになってた。
「上達しねえなぁ、ペンの持ち方から直すか」
「ちゃた手ださないで!」
「イヤイヤ期かよ」
 いくつか良い感じの出来栄えの"茶太郎"だけ残して残りはゴミ箱に捨てる。もう少し紙を節約して使うように教えねえとな。
「一生懸命なのは可愛いけどさ、そろそろ縄張りのパトロールに行かなくていいのか?ボスネコちゃん」
「うるさいちゃたあっちいって」
「反抗期かよ」


「保護者……住所も含めて俺の母親に頼むか……」
「?」
 戸籍は多分、蒸発した母親のとこにあんだろうから、シドニー自身の身分証明はなんとかなるはずだ。
 それも、高校進学の話が始まるまでにはちゃんとクリアにしとかねーとな。
「それか……いや、うーん……リドルに頼むか」
「なんでアイツ」
 なんの話かあんま分かってないだろうけど、リドルって名前には鋭く反応する。
「ねぇとは思うけどさぁ、ここに暮らしててまともな戸籍持ってる奴なんて」
「ダメ」
「分かってるよ……」
 何にせよ、俺たち家族の問題にリドルを関わらせたくないらしい。そりゃその通りなんだけどな。


 ***


 そんな、まだ考えも纏ってない段階で「高校生になったら寮に入らないか?」と本人にポロッと漏らしたのがマズかった。
「なんで?」
「なんでって……ここにいるより良いだろ、色々と」
「とーちゃんは俺に出て行ってほしいの?」
「違う!そういう話をしてんじゃ……」
「俺がいなかったら、ととと二人きりで楽しいもんね!」
「違うって!!」
 シドニーが修学旅行から帰ってきた日、ショットと二人きりで過ごせる時間に夢中になって迎えに行くのを忘れて、危険な目に遭わせてしまった事……激しく自己嫌悪したけど、紛れもない事実だ。
 あんな事があってまだ日も浅いのに、いきなり家から出て行く提案から切り出した俺の考えが浅かった。いつも聡明で聞き分けの良いシドニーが、まだ11歳なんだって事を俺はつい忘れてしまう。
「高校なんか行かない、ずっとここで生きていくから!」
「それは絶対にダメだ!!」
 落ち着いて話すべきなのに、気持ちが焦ってまた頭ごなしに否定してしまった。寝室に篭ってしまったシドニーに扉越しに「気持ちが落ち着いたら改めてちゃんと話そう」と声をかけたが返事は無かった。


 ***


「そろそろ中学だろ、あの子供は」
「はあ」
 ちょうどそんな事があった2日後、突然首領ドンに呼び出されて俺とショットはまた仰々しい部屋の応接用ソファに腰掛けていた。
「とりあえずこれは入学祝いだ」
「……」
「遠慮すんな。新しい靴でも買ってやれ」
 シュートの子供ガキなら俺の孫みたいなモンだ、と笑う首領にどこまで本気なんだか……と思いつつも金は受け取る。確かに、新しいカバンを買ってやりたいと思ってたし、他にも教科書の購入なんかで金が入用いりようだった。
「先の進学については何か考えてんのか?」
「あー……」
 適当に誤魔化せばいいのに、まさに今一番の悩みの種を突かれて思わず言葉に詰まってしまう。
「必要なモンがあったら言え。綺麗な戸籍も用意してやるぞ」
「いえ、結構です……」
 用意できる"綺麗な戸籍"ってなんだよ。絶対にシドニーをマフィアと関わらせてたまるか。


 マウロアに挨拶してから帰るというショットと別れて先に帰ると、部屋の中が妙に静かで嫌な予感がした。
「……シド?」


 ***


 朝からととととーちゃんをスーツの人が迎えに来てアパートにひとりになったから、俺は"家出"を決行する事にした。
 いつか捨てられるなら、その前に出て行ってやる。もう捨てられる側なんてこりごりなんだ。
「オーサー!」
「なんだ、よくここが分かったな」
 大声で呼ぶと廃ビルの屋上から顔を出したのは前に俺を助けてくれたオーサー。オーサーは俺より2歳年上で、窓枠や雨樋あまどいを使いながら降りて来て、俺を背中に捕まらせて屋上まで連れ上がってくれたお姉ちゃんはリディアって名前らしい。
 ふたりは大体どこかの屋上にいるってとーちゃんに聞いてたから、声をかけて探し回った。
「頑張って探したよ」
「無闇に騒ぐとまた危ない目に遭うぞ」
 リディア姉ちゃんが連れ上がってくれた屋上から法外地区を見下ろすと、今にも崩れそうな家って呼べるのかも分からないボロの小屋が、幼い子の下手な積み木遊びみたいに積み重ねられてるのがよくわかる。
 とーちゃんはこのぐちゃぐちゃな景色を「バラック群ってやつだ」って説明してくれた。こんなになってて、もし火事にでもなったらどうするんだろう?
「シド?」
「……っいいんだ、俺の事なんか誰も心配しないよ」
「茶太郎と何かあったか」
 聞いてほしい……ってあからさまに態度に出しちゃったな。でもオーサーは優しくて、ただただ聞き手に回ってくれる。
「うん……高校生になったら、ここから出て寮に入れって」
「お前はそれが嫌なのか?」
「ウチから出ていけって言われたみたいに聞こえちゃってさ……」
「そんなつもりじゃないのは分かってると言いたげだな」
 図星すぎて素直に認めるしかない。
「……うん、分かってるよ」
 そう、分かってる。とーちゃんが俺の将来の事とかを考えて言ってくれてる事も。でも本当に何が正解かなんて、その時が来てみないとわからないじゃないか。
 俺はととととーちゃんと離れて暮らす事を今は考えたくない。出て行く事なんて、考えるだけでも辛い。

「そもそも、学校ってそんな行かなきゃいけない?オーサーは学校行ってないけどすっごく賢いし、ちゃんと生活もできてるじゃん」
 オーサーはなんでこんなに色んなこと知ってるんだろう?どこかで勉強してるのかな?
「学校は行っとけよ。行かせてくれる親がいるなら」
 思ったより"一般的"な意見が返ってきてガッカリしかけたけど、「こいつリディアみたいになるぞ」と付け加えられて俺は思わず少しだけ笑った。
あの怖い人シュートよりはお勉強できるもん」
「……ととを悪く言わないでよ」
 家出してきたつもりだけど、やっぱりととを悪く言われるのは嫌だと思う。

 それから俺は二人といろんな事を話した。
「買い物?」
「ああ、少しデカい買い物をしたんだ」
「デカいって……家とか?」
「まあそれに近いな」
 俺と2つしか違わないのに、家が買えるってどういうことなんだろう?オーサーは普段どこで何をしてるのかな?話せば話すほど謎は深まるばっかりだった。
「備えあれば憂いなしってやつだ」
「?」
「兄さんの言ってることはいつもよく分かんない!」
 リディア姉ちゃんと話すとちょっとだけホッとする。
「二人は日給でその日暮らしだってとーちゃんが言ってたけど」
「それも間違いじゃない。日々の生活費だけはコイツに自分で考えさせて自力で稼がせてるんだ」
「しゃかいべんきょーさせられてるの!」
 つまり、日々の生活費以外のお金はしっかりあるって事に聞こえる。やっぱり話すほど謎が深まっちゃった。
「ほら、夜になると危険だからそろそろ帰れ」


 ***


みんなの身長

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

風紀委員長様は今日もお仕事

白光猫(しろみつにゃん)
BL
無自覚で男前受け気質な風紀委員長が、俺様生徒会長や先生などに度々ちょっかいをかけられる話。 ※「ムーンライトノベルズ」サイトにも転載。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

処理中です...