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一緒に帰ろう

見たくない、聞きたくない

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【見たくない、聞きたくない】


 会うなりリドルは俺を見て「うげっ」と言った。
「なんだよ」
「野生動物に襲われたって訳じゃないんだろうな」
「残念ながら人間だよ」
 うわーっと叫んでしゃがみ込んだバカを相手してる余裕はない。身体中が筋肉痛やら謎の痛みやらで酷い状態だ。シドニーを送って行った帰り道、リドルに会っちまったのだった。

 "あれ"から丸一日経ってようやく立ち上がれるようにはなったものの、首は鬱血だらけだし噛み跡だらけだし、手首も痛いというか、麻痺してるみたいにうまく動かないし声はカスカスだ。
 ちなみに、昨日はシドニーを送ってもいけなくて一日中看病してもらってた。喧嘩したって言っといたけど、「そっかそっか!」と笑われて保護者失格だ。
「……もしかして、俺が教えたからか!?」
「今更かよ」
 あー痛ぇと言いつつも別に怒ってはいない。むしろ感謝してる。想像の20倍は怪我したけど、正直俺は痛いし苦しいし、ちっとも気持ちよくは無かったけど、そういうんじゃなくて、そりゃ……望んでた事だし。
「あっ」
 つい気を抜いたらカクンと足の力が抜けちまって、地面に膝をつくとリドルが駆け寄ってきた。
「おい!茶太郎、お前まじで大丈夫かよ!?」
「いっ……!!」
 立ち上がらせようと握られた手首が痛すぎて振りほどくことさえできずに唸って耐えるとすぐに離される。
「わっ悪い、ここもやられたのか」
 許可もなくサッと袖を捲られて、変色して腫れてる手首が晒された。
「おいこれ、折れて……」
「いいから放っとけって」
「……!!そっちも見せてみろ!ああ、てかもう来い!」
 突然乱暴に肩に担がれてさすがに焦る。
「あっ、うわ、おい!てめ……こら、リドル!!」
 全く力の篭っていない抵抗をしてもさすが元警察官の体はビクともしなかった。


 ***


「ほら全部見せろ、ちゃんと手当するから」
「わかったよ、逃げねぇからそんな威圧すんな」
 それから俺はリドルの部屋に連れて来られてイスに座らされた。逃げねぇからと繰り返すとムスッとした顔で救急箱を持って来る。
「とりあえず手首にはこれ」
 氷嚢ひょうのうを渡されて、両手首に当てると首にも冷たいモノが当てられた。
「わっ」
「悪い、沁みたか」
「いやビックリしただけ」
 もう表の傷自体は塞がり始めて血がパリパリになってる状態だし。内出血や鬱血痕が痛々しいけど。
「……本当に酷いな」
 痛ましいモノでも見るかのように苦々しく呟かれて思わずため息が出る。
「手首は?」
「折れてはいねぇよ、多分……ヒビかな」
 とはいえ安静にできる環境でも無いし、なかなか治らないだろうな。
「……なんで、こんな事するんだよ」
「別にあいつも俺の事を殺すつもりで怪我させたんじゃねえし。ただ……バカだから。加減を知らなくて」
「それでもさ」
 優しく腕を撫でられて、痛くない人肌との接触に不本意ながらホッと息を吐いた。
「……俺があいつの立場だったら……絶対に優しくしたいよ」
 いや、無理やり襲おうとした俺が言えることじゃねぇよな、と肩を落としてリドルは立ち上がった。
「送ってく」


 ***


 アパートに着くとまだ午前中なのに珍しくショットが起きてて、リドルと一緒にいる俺を見るなり乱暴に服を掴んで引き寄せられた。反応も間に合わずにドタッと床に転がる。
「うわっ、あ!」
 咄嗟に手をついてしまって、一瞬だけ左手首に全体重がのしかかった。明らかに今までと違う痛みにうずくまる。ああ、マジで折れたかも。
「っぐ、ぅ……!!」
「おい!!」
 ショットは駆け寄って来ようとしたリドルの前に立ち塞がって威嚇するように睨みつける。
「ちゃたに触るな」
「テメーは何を考えてんだ、怪我人だぞ!!」
 揉めそうになるといつもはすぐに引き下がるリドルが珍しくショットを押し退けて駆け寄って来た。
「茶太郎っ!大丈夫か、どこが痛い?」
「はっ、はぁっ……ひだ、り……クソ、はぁ……あー、折れた、かも……」
 痛みのショックで動悸がして、冷や汗が出て、息が苦しくなる。勝手に涙も出てきたけど、なんとか耐えた。リドルの手が落ち着かせるように俺の背中に触れた瞬間、俺はショットに首根っこを掴まれてリドルは反対側に蹴り倒される。
「ちゃたに触るな!」
「お前……っいい加減にしろ!!痛がってんだろ!!」
 自分の威嚇を上回る剣幕でブチ切れたリドルにショットは勢いを削がれて少し冷静になったみたいだ。こいつに雑に扱われ慣れ過ぎていた俺も「そんな怒ることか?」とビックリしてしまう。
「茶太郎はモノじゃねぇんだよ!生きてて、お前みたいな馬鹿力が適当に触れたら簡単に傷がつく!お前に乱暴に扱われて、ちゃんと見ろよ、あちこちボロボロだろ!そんなに好きなんだったら……何よりも大切にしろよ!!」
 パッと振り返ったショットと目が合って、その目が心配してるみたいに見えて、気が緩んじまったのか俺は思わずポロポロと泣いてしまった。
「あ……っ?や、こ、これは別に」
「ちゃた、泣いてる」
 サッとしゃがんだショットが慌てたようにグイッと俺の手首を掴んだ。
「う、い……っ!」
 耐えたつもりだったけどビクッと体が反応してしまって、驚いたようにすぐ離される。
「ご、ごめん、ちゃた、いたい?」
「ショット」
「どこいたい?ちゃた、泣いたらいやだ」
「だ、大丈夫だから……ちょっと待て」
 一度流れ出したら止まらなくなっちまって、泣いてる顔を見られんのが恥ずかしくて顔を伏せた。
「茶太郎、ちゃんと病院に行こう」
 気遣うように肩に触れられて、そっと引き寄せられた。リドルの肩に頭を預けるような体制になって、今だけは安心する。
「連れてくぞ、いいな。このまま放っておくと変に治って、手が元通りに動かなくなるかもしれない」
「ちゃた……」
 聞いたことのない、ショットの不安で堪らないって声。
「よく見ろ、ブラッドレイ、お前がやったんだぞ!この腕も、首も!全部痛がってる!お前が茶太郎を泣かせてるんだぞ!!」
「……」
「リドル、いいから」
 正直、痛いし恥ずかしいし、今は早く病院に連れて行って欲しかった。
「ちゃたぁ」
「ごめんなショット、すぐ帰るからな」
 待ってろよと言い聞かせて、リドルに支えられながら部屋を後にした。


 ***


 法外地区ゲートの外には無いが、荒れたスラムでも病院ってのはちゃんとある。しかしこんな世の果てみたいな場所の歓楽街なわけだから医者にかかる人間のパターンも知れているんだろう。
「よほど熱烈なお相手なんですな」
 呆れたように傷の手当てをしながら「ま、ほどほどに楽しみなさいよ」と言われて何も言い返せず羞恥に頷く。見せられたレントゲンでは手首の骨を横断するヒビが入ってた。
「少しだけズレてるね。折れた後に手を付いたりした?」
「……あー、はい」
「あなたね。DVはしてる側もされてる側も依存になるんですから、ま、早めに別れなさいね」
 ズバズバ言う人だな!と思いながらも全く反論できないから黙っておいた。

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