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第四章 永久機関・オートマタ
第四十八話 アルファセウス Ⅱ
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大気が震えているのが分かった。
空気中に含まれる水素原子が二人のエーテル出力に反応して震えだしているのが分かる。地面に転がる砂塵も同様に震えだし、小さな塵は転がり集まって粒へと変わっていく。
長らく観測されることのなかった極大なエーテル反応は、大気中に含まれる全ての元素に語り掛ける。
ソイツを止めろ。
アイツを薙ぎ払え。
ソイツから四肢をもぎ取れ。
アイツの体内から全ての血液をぶちまけろ。
「一体何が貴女をそうさせてしまったのか、今となっては分りません」
頬を朱に染めたフレデリカ・バーグの瞳に映る世界最強の生物兵器。近年稀に見る最強に相応しい壮年。右腕を失って尚、全盛期を過ぎ去って尚最強と謳われた生きる伝説を前に彼女は笑っていた。
「アルファセウス――私はもう最強と呼ばれるには相応しくない体になってしまった。それでも尚、貴女は私の事をその名で呼ぶのですね」
「何も変わりはしないわ、三十年前のあの日からずっと貴方の背中だけを追ってきたのだから。あの日からずっと、エレヴァファル・アグレメントと三人で歩んできた私達の生き様は何一つ変わっていないのよカルナック。所詮この世は弱肉強食、御師様が教えてくれた様に私は生きると決めたの。だから私は貴方の前に立つ事が出来た。そう、あの日から何一つ変わってはいないわ」
フレデリカは左手で自身の顔を覆うとゆっくりと空を見上げる。
「例え最狂が消えたとしても、例え最強の名を失っても私の知る所ではないのよ。アルファセウスは私達の絆であり私達を繫ぎ留めるもの! 彼が居なくなっても関係ない! 残る最は二つ! そしてその二つが今この場所にっ!」
笑い声があふれ出ていた。
常人であればその姿に畏怖し、その姿を凝視することはおろか視野に入れるだけで腰を抜かすであろうその変貌。あふれ出るエーテルは次第に負の感情によって汚染されていく。
「お主――」
「邪魔は許さない」
シュガーが二人の間に割って入ろうとした瞬間、その一言で大気が一気に重くなった。まるで重力によって地面に引きずり込まれるのではないかと錯覚するほどの重圧が二人を中心に拡大していく。
「あぁ御師様、麗しい御師様。今日この日迄貴女に感謝しなかった日は無かったです、泣く事しかできなかった私に生きる術を教えてくれたあの日の事を。子守歌代わりに聞いた英雄譚は私の中で今も色濃く残っております。魔術が使えぬ私達の為に作り上げた法術理論を手取り足取り教えてくれたあの日を夢見なかった夜はありません」
「泣き虫だったあの頃が懐かしいわい、故に納得が行かぬ」
押しつぶされる様な重圧の中シュガーは一歩前に出る。既にフレデリカの間合い、氷雪剣聖結界を発動させているフレデリカの絶対的な間合いに一歩進めた。
「何故お主から彼の古龍と同じ匂いがするのか、何故お主は人の道を逸れてしまったのか儂には如何せん納得ができん」
「簡単な話ですよ御師様、私は知ってしまった。この世の理を、この世の仕組みを、そして何より人が人として生きていくには厳しすぎるこの惑星の環境と、今私達人類が置かれているこの状況を深く知ってしまった。それだけの事です」
「――この世の理じゃと?」
シュガーの額に一滴の汗がにじみ出ていた。
フレデリカの言うこの世の理とは一体何か、現在生物が置かれている現状とは何を指しているのか、シュガーは過去の出来事を踏まえて頭をフル回転させていた。
「昔から時々意味の分からない事を言う方だと思っていました、が、今回に限って言えば随分と哲学的めいた事を言うじゃないですかフレデリカ。何が貴女をそうさせてしまったのですか?」
「――これから殺し合いをするっていうのに随分と悠長な事を聞くのね、良いわカルナック。一つだけ教えてあげるわ」
フレデリカは構えていた槍をゆっくりと下ろしてカルナックを見た。だが警戒だけは怠っていない。いつでも臨戦態勢へと移れる姿勢は残したままだ。
「御師様、先程私に仰いましたよね。古龍と同じ匂いがすると。間違いではありませんよ」
「なんじゃと」
「そもそも御師様もカルナックも、あの古龍が一体なんであるかは考えたことはありますか? 私は討伐時に何故あのような存在が居るのか不思議で溜まりませんでした。だってそうでしょう? アレだけの体躯をどの様に維持していたのか、それもそれなりの数が居たのです。食糧問題もそうですが活動圏内で人が襲われた形跡何てほぼありませんでした。生体環境も実はほぼ変わっていないのが現状でした。では何がアレを動かす原動力としてしていたのか」
二人は困惑した。
まさか、あの死骸を引き上げて調査したのだろうか。いや、確かにそれ相応に得られるものもあったかもしれない、しかし調べるだけの価値は当時見いだせなかった。それがアルファセウス三人の同意見だったからだ。
当時の技術ではあのエーテル反応を分析する事が不可能に近かった。仮に分析できたとして照合するデータが無ければサンプルもない。強いて言えばあの古龍本体だけがただの標本サンプルとなるだけ。それ以上はどの様にもならないと分かっていたからだ。
「まさか……引き上げたのですかアレを」
「そうよ、だって不思議だったの。生命活動にしては不思議な構造をしているアレを引き上げ解剖し、詳しく調査したわ。そして一つだけ分かったことがあったの」
下ろした槍を再びカルナックへと向ける。一瞬空気が張り付き、咄嗟にカルナックがシュガーを庇う。
「アレは食料を必要とはしていなかった、必要としていたのは生物の負の感情そのもの。不思議だったわ、負の感情がエーテルに共鳴して莫大なエネルギーを生み出すと知った時は歓喜したのを思い出すわ。だってそうでしょう、人の負の感情で無限のエネルギーを得られるなんて分かったら――」
そこまで話すとフレデリカは首元のボタンを外して胸元を露わにした。同時にシュガーとカルナックの両名は彼女の胸元のソレに驚愕する。
「馬鹿な――貴様、人の道を外れおったかっ!」
「ふふふ……あははははははははっ! その顔! その表情が見たかったわ御師様! えぇそうよ、私は古龍の心臓を体に移植した、お陰で負の感情から無限のエーテルを受けられる体になった! 故に私は最恐、私を怖がれば怖がるほど私の力は増していくっ!」
「貴女と言う人はっ!」
カルナックが唇を嚙み締めた。
元仲間で、共に旅をし、共に同じ師を仰ぎ、共に切磋琢磨した日々が脳裏に蘇る。が、全ては虚栄へと変わっていく感覚がカルナックの中にはあった。
「そして私は一つの仮説を思い立った。御師様ならお分かりだと思います、二千年前の大戦で起こった出来事、そして生命が一体何と闘っていたのか。それらが一体何だったのか、今となっては分からない事ばかりです。だからこそ私はこの仮説に辿り着いたっ! そして私はソレを理解し受け入れたっ! 従って、あまり時間が無いのよカルナック」
フレデリカの周辺から感じた事のない、黒いエーテルが辺りを侵食し始めた、いや、正確には一度だけ観測したと言ってもいいだろう。あの古龍との戦いの間際、最後の一撃を入れたカルナックは微弱ながら感じ取っていたほんの僅かなエーテル反応。そして自らの片腕を失った後に僅かに感じ取った異質なエーテル反応。
同時にシュガーは古い記憶の中から、同じエーテル反応を観測したことを思い出す。そして知らず知らずのうちに一歩後ろに引いていた。
「まだ私が私で居られる内に、この手で貴方を殺すわ」
見る見るうちに異形の姿へと変貌していくフレデリカ・バーグのソレは、レイ達が死闘の末倒したはずだった未知の存在。
おとぎ話の中で語られた大戦で、生命を脅かした天から舞い降りし異形なる者。絶望をもたらす者、滲みよる混沌、原初の厄災。
幻魔一族。
空気中に含まれる水素原子が二人のエーテル出力に反応して震えだしているのが分かる。地面に転がる砂塵も同様に震えだし、小さな塵は転がり集まって粒へと変わっていく。
長らく観測されることのなかった極大なエーテル反応は、大気中に含まれる全ての元素に語り掛ける。
ソイツを止めろ。
アイツを薙ぎ払え。
ソイツから四肢をもぎ取れ。
アイツの体内から全ての血液をぶちまけろ。
「一体何が貴女をそうさせてしまったのか、今となっては分りません」
頬を朱に染めたフレデリカ・バーグの瞳に映る世界最強の生物兵器。近年稀に見る最強に相応しい壮年。右腕を失って尚、全盛期を過ぎ去って尚最強と謳われた生きる伝説を前に彼女は笑っていた。
「アルファセウス――私はもう最強と呼ばれるには相応しくない体になってしまった。それでも尚、貴女は私の事をその名で呼ぶのですね」
「何も変わりはしないわ、三十年前のあの日からずっと貴方の背中だけを追ってきたのだから。あの日からずっと、エレヴァファル・アグレメントと三人で歩んできた私達の生き様は何一つ変わっていないのよカルナック。所詮この世は弱肉強食、御師様が教えてくれた様に私は生きると決めたの。だから私は貴方の前に立つ事が出来た。そう、あの日から何一つ変わってはいないわ」
フレデリカは左手で自身の顔を覆うとゆっくりと空を見上げる。
「例え最狂が消えたとしても、例え最強の名を失っても私の知る所ではないのよ。アルファセウスは私達の絆であり私達を繫ぎ留めるもの! 彼が居なくなっても関係ない! 残る最は二つ! そしてその二つが今この場所にっ!」
笑い声があふれ出ていた。
常人であればその姿に畏怖し、その姿を凝視することはおろか視野に入れるだけで腰を抜かすであろうその変貌。あふれ出るエーテルは次第に負の感情によって汚染されていく。
「お主――」
「邪魔は許さない」
シュガーが二人の間に割って入ろうとした瞬間、その一言で大気が一気に重くなった。まるで重力によって地面に引きずり込まれるのではないかと錯覚するほどの重圧が二人を中心に拡大していく。
「あぁ御師様、麗しい御師様。今日この日迄貴女に感謝しなかった日は無かったです、泣く事しかできなかった私に生きる術を教えてくれたあの日の事を。子守歌代わりに聞いた英雄譚は私の中で今も色濃く残っております。魔術が使えぬ私達の為に作り上げた法術理論を手取り足取り教えてくれたあの日を夢見なかった夜はありません」
「泣き虫だったあの頃が懐かしいわい、故に納得が行かぬ」
押しつぶされる様な重圧の中シュガーは一歩前に出る。既にフレデリカの間合い、氷雪剣聖結界を発動させているフレデリカの絶対的な間合いに一歩進めた。
「何故お主から彼の古龍と同じ匂いがするのか、何故お主は人の道を逸れてしまったのか儂には如何せん納得ができん」
「簡単な話ですよ御師様、私は知ってしまった。この世の理を、この世の仕組みを、そして何より人が人として生きていくには厳しすぎるこの惑星の環境と、今私達人類が置かれているこの状況を深く知ってしまった。それだけの事です」
「――この世の理じゃと?」
シュガーの額に一滴の汗がにじみ出ていた。
フレデリカの言うこの世の理とは一体何か、現在生物が置かれている現状とは何を指しているのか、シュガーは過去の出来事を踏まえて頭をフル回転させていた。
「昔から時々意味の分からない事を言う方だと思っていました、が、今回に限って言えば随分と哲学的めいた事を言うじゃないですかフレデリカ。何が貴女をそうさせてしまったのですか?」
「――これから殺し合いをするっていうのに随分と悠長な事を聞くのね、良いわカルナック。一つだけ教えてあげるわ」
フレデリカは構えていた槍をゆっくりと下ろしてカルナックを見た。だが警戒だけは怠っていない。いつでも臨戦態勢へと移れる姿勢は残したままだ。
「御師様、先程私に仰いましたよね。古龍と同じ匂いがすると。間違いではありませんよ」
「なんじゃと」
「そもそも御師様もカルナックも、あの古龍が一体なんであるかは考えたことはありますか? 私は討伐時に何故あのような存在が居るのか不思議で溜まりませんでした。だってそうでしょう? アレだけの体躯をどの様に維持していたのか、それもそれなりの数が居たのです。食糧問題もそうですが活動圏内で人が襲われた形跡何てほぼありませんでした。生体環境も実はほぼ変わっていないのが現状でした。では何がアレを動かす原動力としてしていたのか」
二人は困惑した。
まさか、あの死骸を引き上げて調査したのだろうか。いや、確かにそれ相応に得られるものもあったかもしれない、しかし調べるだけの価値は当時見いだせなかった。それがアルファセウス三人の同意見だったからだ。
当時の技術ではあのエーテル反応を分析する事が不可能に近かった。仮に分析できたとして照合するデータが無ければサンプルもない。強いて言えばあの古龍本体だけがただの標本サンプルとなるだけ。それ以上はどの様にもならないと分かっていたからだ。
「まさか……引き上げたのですかアレを」
「そうよ、だって不思議だったの。生命活動にしては不思議な構造をしているアレを引き上げ解剖し、詳しく調査したわ。そして一つだけ分かったことがあったの」
下ろした槍を再びカルナックへと向ける。一瞬空気が張り付き、咄嗟にカルナックがシュガーを庇う。
「アレは食料を必要とはしていなかった、必要としていたのは生物の負の感情そのもの。不思議だったわ、負の感情がエーテルに共鳴して莫大なエネルギーを生み出すと知った時は歓喜したのを思い出すわ。だってそうでしょう、人の負の感情で無限のエネルギーを得られるなんて分かったら――」
そこまで話すとフレデリカは首元のボタンを外して胸元を露わにした。同時にシュガーとカルナックの両名は彼女の胸元のソレに驚愕する。
「馬鹿な――貴様、人の道を外れおったかっ!」
「ふふふ……あははははははははっ! その顔! その表情が見たかったわ御師様! えぇそうよ、私は古龍の心臓を体に移植した、お陰で負の感情から無限のエーテルを受けられる体になった! 故に私は最恐、私を怖がれば怖がるほど私の力は増していくっ!」
「貴女と言う人はっ!」
カルナックが唇を嚙み締めた。
元仲間で、共に旅をし、共に同じ師を仰ぎ、共に切磋琢磨した日々が脳裏に蘇る。が、全ては虚栄へと変わっていく感覚がカルナックの中にはあった。
「そして私は一つの仮説を思い立った。御師様ならお分かりだと思います、二千年前の大戦で起こった出来事、そして生命が一体何と闘っていたのか。それらが一体何だったのか、今となっては分からない事ばかりです。だからこそ私はこの仮説に辿り着いたっ! そして私はソレを理解し受け入れたっ! 従って、あまり時間が無いのよカルナック」
フレデリカの周辺から感じた事のない、黒いエーテルが辺りを侵食し始めた、いや、正確には一度だけ観測したと言ってもいいだろう。あの古龍との戦いの間際、最後の一撃を入れたカルナックは微弱ながら感じ取っていたほんの僅かなエーテル反応。そして自らの片腕を失った後に僅かに感じ取った異質なエーテル反応。
同時にシュガーは古い記憶の中から、同じエーテル反応を観測したことを思い出す。そして知らず知らずのうちに一歩後ろに引いていた。
「まだ私が私で居られる内に、この手で貴方を殺すわ」
見る見るうちに異形の姿へと変貌していくフレデリカ・バーグのソレは、レイ達が死闘の末倒したはずだった未知の存在。
おとぎ話の中で語られた大戦で、生命を脅かした天から舞い降りし異形なる者。絶望をもたらす者、滲みよる混沌、原初の厄災。
幻魔一族。
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