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第四章 永久機関・オートマタ

第四十二話 カルバリアントの戦い Ⅲ

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 一方その頃、司令塔コマンドポストを探して街中を走り続けるアデルとミラは後方から聞こえてくる発砲音を背にひたすら突き進んでいた。時々狙撃される事もあり中々思う様に進めないタイミングがありアデルは苛立ちを覚えていた。

「向こうは派手にやってるなぁ、俺も向こうの方が性に合ってたんじゃないか?」
「アデルに防衛線は無理だと思うよ、だからアンちゃんはこっちを任せて来たんじゃないの?」
「やっぱりそう思うか、それにしても――」

 進行方向を東以外に取ろうとした直後急な狙撃に合う、いくら馬鹿なアデルでも何かあるのではないかと疑いを持ち始めていた。

「ずっと行き先をコントロールされてる気がするが気のせいじゃねぇよな」
「思いっきり東部に向かわされてるね、確実に罠だと思うけど」
「罠だってのは薄々感じてはいるが、折角パーティー会場へと案内してくれてるんだ。断ったら失礼だろ」
「そんな言葉がアデルの口から出てくるなんて思いもよらなかった。でもそろそろ招待状を持ってる人に挨拶したい所じゃない?」
「それもそうだな、挨拶ぐらいは――」

 走っていた体にブレーキを掛けると即座にしゃがんだ、そして足を思いっきり延ばた反動でアデルが飛び上がると周囲を見渡す。最後の射撃位置からある程度の推測をした場所へと目線を動かすと一人の帝国兵がショットパーソルでアデルを狙っていた。

「しておかないとなっ!」

 狙撃手を見つけたアデルは即座にミラへと居場所を叫んだ、下で待機していたミラはその場所目がけて走りながら溜めていたエーテルを瞬間的放出した。雷で作られた槍はミラの手から離れ狙撃手目がけて壁を貫いて飛んでいく。止まる事の無い雷槍は最後に狙撃手が立っている屋上の壁をぶち抜いて標的を貫いた。

「――馬鹿……なっ!」

 スコープで狙いを定めていた帝国兵はアデルの不敵な笑顔を最後に意識を失い、そして同時に絶命した。

「確かに受け取ったぜ招待状!」

 ゆっくりと落ちていくアデルはその帝国兵が死にゆく姿をはっきりと目撃した、途中空中でバランスを崩し頭から石畳の道へと落下していった。頭部を強打したアデルは即座に起き上がり両手で頭を抱えて苦悶の表情を浮かべる。

「あのねアデル、ボク思うんだけど死神がダース単位で付いてるのってアンちゃんじゃ無くてアデルなんじゃない?」
「時々俺もそう思う……」

 ミラはこの一カ月半の間に何かと格好をつけては同じように頭を強打するアデルの姿を幾度となく目撃している、その姿を見てため息を付く事もあれば笑う事もある。が、今この瞬間にあっては前者である。
 ため息交じりな表情とは裏腹に少しホッとする自分が居るのをミラは理解していた、それは今彼の目の前で悶絶しているアデルを見てだった。司令塔コマンドポストと言うぐらいだ、この部隊を率いる頭目の存在に多少なり怯えていたのは事実。彼等と出会ってから暫く経つが幾度となく帝国兵との衝突はこれまでにもあった。だが今までとは多少なり勝手が違う事もそうだ。
 普段であればミラの役割と言えば後方で遠距離の特大法術を使う事、今回の様に近接戦闘となる場面はこれまでの帝国兵との戦いでは無かったのだ。目の前で、自分の手で人を殺す事への恐怖、死に顔をその目で見る事への恐怖。それらが今回ミラには圧し掛かっていた。

「でも、アデルがさっき言ってくれなかったらボクはまだ怯えていたかもしれない」
「……あ?」
「対人戦は覚えが無いって話、だからアデルの提案はとても嬉しかった。だからありがとう」
「――最年少が何気を使ってんだ、酷な場面は俺達年上が見るだけで十分だ。」

 地面に落ちた帽子を拾い上げて被り直してミラの頭を数回撫でた、アデルからすれば「殺人慣れ」しているのは自分達だけで十分と言う考えだった。それもそうだ、自分より年下――ましてやレイよりも年下の子供にそんな残酷な場面を見せるわけには行かない。今後慣れていくだろうその光景だがまだミラには早い。と、そう考えていた。

「それでさっきの話通り、周囲の目はある程度潰したんだ。お前は俺の言ったとおりに動いてくれればいい」
「でも、それだとアデルが大変になるんじゃ――」
「気にするな、元より周囲に見方が居ない方が俺としてはやりやすい。遠慮なく暴れる事が出来ればそっちの方が楽な時もある。だからその時・・・は頼んだぜ相棒バディ

 そうアデルが笑顔でミラに言うともう一度帽子の位置を直して走り出した。その後ろ姿を見ながらミラは自分もこう言えるようになりたい。そう小さな体に言い聞かせるように呟いた。




「――大体、強い人が出てくる」

 レイの予感は的中していた、周囲に散らばっていた狙撃手の気配が消えた途端に現れた男。一度見たら忘れないその特徴的な色。灰色のエルメアを見に纏った細長い直剣を右手に持つ男。グラブだった。

「ミト、少しだけ後ろに下がって」
「――えぇ、無茶はしないでね」

 言われてミトは少しだけ距離を取る。歩数にして五歩程後ろに下がるとレイが前へと足を運んだ。
 グラブとレイはゆっくりとお互いの距離を縮め歩み寄っていく。グラブの右手に握られた直剣、同じくレイの右手に握られる霊剣。両者は腕をまっすぐ横に伸ばして剣を水平に構えた。

「おはよう剣聖、良い朝だとは思わないか?」
「僕はもっと静かで朝焼けを楽しむ派なんです」

 二人は一瞬立ち止まり互いの呼吸を見た。そして次の瞬間二人は勢いよく互いに走り出して剣を交える。
 レイはそのたった一太刀でグラブの実力を感じていた、同時に全身から汗がブワっと噴き出るような感覚迄覚える。それはグラブもまた同じだった。二人からしてみれば軽い挨拶程度の攻撃、早朝に出会った時の会釈程度のつもりだった。

「流石に剣聖の名は伊達じゃねぇな」
「アンタも、帝国兵で居るのが勿体ないですよ、ちゃんとした師の元修行を積めばもっと高みへと向かっていただろうと直感します」
「テメェにそう言われるのは悪くねぇな」

 互いに剣を握る力を強くしていくと金属音を鳴り響かせて剣から火花が飛び散りる。互いの圧力で周囲の大気が震えているのがミトには感じ取れた。そして同時に知る事になる。

 この男は、レイよりも強い。と。
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