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第三章 記憶の彼方

第二十七話 招かれざる客 Ⅱ

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 一時間かけて山を下り、メリアタウンの拠点へ到着したのと同時に外の天気は雷雨へと姿を変えた。真っ黒な雲が空全体を覆い激しい稲光を伴って大粒の雨が降る。うだる様な暑さだった外は雨によって幾分か気温が下がり少しだけ快適になる。だが湿度がグンと跳ね上がり今度は蒸し暑さが町全体を包み込んでいた。
 アジトに到着した彼らを出迎えたプリムラがお客さんを連れて帰ってきた彼らにため息をついている、事情を聴き奥の応急処置用の部屋をあてがい彼等を休ませることにした。

「記憶喪失ってやつか?」

 落下の衝撃で顔面を強打していたアデルがプリムラから氷を受け取り患部を冷やしながら言う、今彼らが居るのはアジトのロビー、それぞれが椅子に座ったり壁に寄りかかったりして休憩をしていた。

「名前だけ憶えていてそれ以外忘れてるって都合がよすぎると思わねぇか? 俺は断固反対だ、即刻追い返した方が良い」

 腕を組みながら壁に寄りかかっているギズーが言う、確かにこの内戦の最中見知らぬ人間をアジトに引き入れる事自体が愚策ともいえるのは分かっている。だがレイは首を横に振った。

「危険なのは分かってるけど、多分、帝国の差し金じゃないと思う」
「その証拠は?」

 椅子の背もたれに両腕を乗せ、さらにそこへ顎を乗せてくつろぐガズルが問う、そこにプリムラが四人にコーヒーを入れて持ってきた。彼らはそれぞれ受け取ると一口飲み一息つく。

「俺も帝国のモンじゃねぇと思う、多分レイはこう言いたいんだ。空に突如現れたアレがまず理解不能で、俺とレイは法術剣士だから分かるがあんなの見た事も聞いたことも無い、おやっさんからあんな法術があるなんて教わってねぇしそもそもあんなエレメント感じた事もねぇよ。仮に帝国が新しく開発した術だっていうなら俺達が感じ取ったあのエレメントの正体が分からない」

 淡々と説明を続けるアデルにレイが賛同する。そう、この二人がこう断言するのはそのエレメントにある。世界に存在するフィフスエレメント、それはこの世の全てでありそれ以上の存在は確認されていない。かのカルナックでさえ感じることも対話することも出来ない新たなエレメントなど現在においては全くの未知であった。

「でもよ、仮に帝国がその……未知のエレメントだっけ? それを発見したっていうならどうだ?」

 コーヒーカップをアデルに向けて突き出しながら首を傾げるガズル、それに対してレイが首を横に振って答える。

「エレメントってのは発見したり出来るもんじゃないんだ、術の開発ならともかくエレメントを発見もしくは開発するなんて聞いたことも無い、あるとすればそれは――」

 近くの椅子に腰かけてて一口コーヒーをすすってガズルを見る、アデルも同様に顔を冷やしている氷を退かしてガズルを見た。

「ガズル、君のその重力を操る力。それだけが現代において未知のエレメントって言っても過言じゃない、最初アデルが君に何をしたって言ったの覚えてるだろ? あれ、正直僕もそう思った。得体の知れないエレメントだったけどどことなく似ているんだ、でもあの膨大なエーテル量をガズルが持ち合わせていないのは知って――」
「レイ、遠回しに言わなくていい。結論だけ教えろ、結局何だ?」

 煙草に火をつけて煙を吐き出しながらレイを睨むのはギズーだ、回りくどい説明をクドクドと続けていたレイにさらにイライラを露にしていた。それを横目で見たレイ本人は苦笑いしながら。

「わからない」

 そう、たった一言だけ答えた。同時に外の雨脚が一層強まり屋根に当たる雨の音が増した。所々雷もなっていてる、昼間なのに薄暗くなった外を一瞬だけ光らせる様に雷はなり続ける。

「で、どうすんだ?」

 あてがっていた氷を下して帽子を被りなおし椅子に寄りかかるアデル、横目で彼等三人が休んでいる応急処置室を見ながら言った。確かにそうだ、何がどうなって彼らが現れたのかは今問題ではない、彼等をこれからどうするべきかである。

「戻ったぞ、とりあえず心配はいらない。軽い打撲程度だろう」

 その扉が開いて中から一人の男が出てきた、FOS軍の全般を管理しているあの医者だった。念のため彼等の容態を見てほしいとレイが頼んでいたのだ、何も心配いらないとホッとした表情で彼は出てきた。

「有難うゼットさん、記憶の方はどう見ますか?」
「そっちはわからんね、私は外科であって心療内科とはまた別なんだよ」

 ゼット、彼の名前だ。東大陸ではギズーを抜かせばその腕は大陸一、しかしそれは外部の損傷や体内構造を専門分野とする。そんな彼が首を振って否定していた。

「とりあえずあの女の子の目は覚めたぞ、行ってやんなレイ君」
「わかりました、ちょっと様子見てきます」

 最後の一人がやっと目を覚ましたらしい、その報告を受けてレイは立ち上がってテーブルにコーヒーを置いた。ジャンパーを羽織ってその場を後にしようとしたその時アデルが唐突に口を開く。

「早く戻って来いよ、お前がいねぇと暑くてしかたねぇ」

 ギズーとガズルもそれに賛同して頷いた、困った顔をしてレイは苦笑いを一つして足を動かした。部屋の前にくると一つノックをしてドアを開ける。中には気を失っていた女の子がベッドの上で状態だけを起こして座っているのが目に映る。その周りにミラと名乗った少年と、ツンツン頭のファリックが椅子に座ってこちらを見た。

「目が覚めたって聞いて様子を見に来ました、大丈夫ですか?」

 窓の外で雷が光、薄暗い部屋の中を一瞬だけ照らす。彼女の表情はどこか暗くうつろな瞳をしているのが分かる。どこか悲しそうで寂しそうな、そんな表情にレイは見えた。

「ほら姉さん、この人がボク達を助けてくれたお兄さんだよ」
「……」

 ミラが少女の体を揺すってレイが入ってきたことを告げるが反応がまるでない、一点だけを見つめてボーっとしている様子だった。レイはそれに違和感を覚える。ミラとファリックは互いに名前とお互いの認識、そしてミトの事だけは覚えているようだったがこの少女、まるで生気が無い。

「ミトさんでしたね? はじめまして、僕はレイ・フォワードと言います。……あの、大丈夫ですか?」

 レイの問いかけにも全く反応が無かった、同じようにずっと一点だけを見つめているように視線も動かずただただボーっとしてるだけだった。

「ごめんなさい……まだ状況がよく理解できていなくて、貴方が私達を助けてくれたんですね?」
「えぇ、居合わせたというかキャッチしたというかなんというか。目立った外傷は然程無いと伺ってます、痛い所とかありますか?」
「いえ、大丈夫です。でもその……私記憶が――」

 この少女もまた記憶が欠落していた、それを聞いたレイはため息を一つついてミトの顔を見つめる。改めてみると幼い顔立ちをしている、どことなく死んだメルと重ねてしまう自分が居る。年齢は多分同じぐらいだろう、桃色ですらりと長い髪の毛、大きな瞳で整った顔立ち。美少女と世間一般では言われるだろうそんな少女だった。

「ミトさん、僕達は今帝国と戦争してる最中です、何か身分の証明になるような物はお持ちじゃありませんか? あなた達がどこから来たのかが分かりませんと庇うに庇えないのです」

 近くにあった椅子を手に取ってそこに腰を掛けた、ミトの横で心配そうにレイを見つめるミラに優しい笑顔で返す。彼もまた鬼ではない、きっと帝国の差し金ではないと心のどこかで信じているからこその笑顔だと思う。何か身分が確認できるものを提示するように言われたミトは自分のバックパックを探している。

「記憶が無いので何の証拠になるのか分かりませんが、もしそれらしいものが在りましたら探してください」

 ベッドの脇に置かれているバックパックを手に取るとそれをレイに手渡した、本人の了解を得てレイはその中を探り始める。見慣れない機器や携帯食料らしき物、見た事の無い様々なアイテムがそのバックパックの中には入れられている。

「どれもこれも見た事の無い物ばかりだ……ちょっと待っててください」

 そういうとバックパックを手に部屋を後にする、ドアを開けた瞬間そこにはアデル達三人が聞き耳を立ててドアに寄りかかっていた彼らが一斉に部屋の中へとなだれ込んでくる。それを見たミトはビクっと肩を震わせた。

「君達――」
「いや、だってよ。気になるじゃんやっぱり」

 ギズー、ガズル、アデルの順に床に倒れた、一番上のアデルは急いで立ち上がると気まずそうにそう告げる。レイもため息を一つ、そそくさと立ち上がるガズル達にもう一度目をやりバックパックを見せる。

「ガズル、博識の君なら見た事ある物があるんじゃないか?」
「ててて……ちょっと貸してみ」

 差し出されたバックパックの中身を一つ一つ床に出していく、だが彼もまたどれもこれも見た事の無いアイテムがずらりと並ぶ、同じくギズーも並べられたアイテムを覗き込むが同様に首を傾げてしまった。アデルは――言うまでもない。
 その中で一つガズルの目に留まるアイテムがあった、それも他の物と同様で見た事の無いアイテムではあったが他の物とは多少異なるものであった。

「この小さな本みたいなの何だ? あんたの顔が写ってるけど……見た事の無い文字だな、全く読めねぇ」
「俺に貸してみろ……何だこの文字、デタラメに書いてあるのか?」
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