上 下
81 / 141
第三章 記憶の彼方

第二十六話 あの山の頂きから Ⅱ

しおりを挟む
「あれからまだ半年だ、好きにさせてやろうぜ。どの道その時が来たらきっちり仕事してもらわなくちゃならねぇんだしさ」

 この山に監視の任務で登ってくるときは必ずと言っていいほどメルの墓に寄っている、一度戦闘が始まれば受け継いだ剣聖の称号通りの働きをするレイだが、今日みたいな任務の日はアデル達が気を利かせてくれている。普段はメリアタウンの幹部会に出席したり傭兵たちに剣術を施したりと様々な仕事をしている。こんな時ぐらいゆっくりとさせてやろうというアデルの提案だった。
 実質的なリーダーであるレイは最初こそこの案を拒んでいたが「やる時はやるんだからこういうのは俺達に任せておけ」とガズルにまで同じようなことを言われてしまい「それならば」と受け入れた。つい先日の衝突時にもレイの活躍は目を見張るものがある、たった一人で右翼側から攻めてくる大隊を壊滅に追い込んだのだ。正確に言えば先頭集団を突破し、中央から後方の人数に恐怖を植え付けたというのが正しい。そこから先は撤退していく兵士の後は追うことなくただ見つめていた。戦意喪失とみなした相手に対しては決して追うことは無かった。戦場においてこれは甘さなのか青さなのかと疑問視する声もあるが、現在最高火力を持つFOS軍に対してそのような意見を上げるものは案外少なかった。
 実質守られているのはメリアタウンに常駐してる傭兵や他国の軍隊なのだろう。最低限の戦闘だけで今のところ切り抜けられている、これがFOS軍無しで考えた場合どうだろうか? 均衡もしくはこちらの防壁突破も視野に入ってしまうだろう。それだけ彼等はずば抜けた力を保持していた。

「後二時間もしたら戻ろうか、東の空が何やら怪しい」

 木の上で監視を続けていたガズルが二人に聞こえる様に言った、下に居る二人はそれぞれ東の空を見上げてみる。すると発達した積乱雲がゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見える。雷雨になるかも知れないとガズルが言うと二人はすぐさま了解した。

「そしたらレイにも伝えてくるわ、何かあったらすぐに照明弾飛ばしてくれ」

 木にもたれ掛かっていたアデルがゆっくりと体を起こすと帽子を再び被りなおした、右手の飲料をグイッと飲み干すとそれを空に投げた。右手人差し指を鳴らし摩擦熱を利用して炎を作り出し、それを投げた飲料の容器に向けて放出する。紙でできたそれは勢いよく燃えると跡形もなくなってしまった。




 山頂付近、アデル達が居た場所と違って周囲は開けていて眼下にメリアタウンの綺麗な街並みが広がっている。周りに木々はなく少し歩けば崖になっていた。そこに一つの墓石が立っている、墓石の前には少し盛り上がった土があって今では草が少しだけ生えていた。
 その墓石の前に胡坐をかいて空を見上げている少年が居た、レイだ。さわさわと風が彼の体を撫でるように吹いていて髪の毛はそれに揺られている。どこか遠くを見ているように一点だけをぼうっと見つめていた。時折墓石に目線を落としてはまた空を見上げるを繰り返していた。
 墓の主はメルリス、神苑の瑠璃で繰り広げられた死闘で失った仲間の一人である。
 彼女はレイを庇って亡くなってしまった、もう半年も前の事だ。それ以降レイの心にぽっかりと穴が開いたような気分が続いている。一度帝国との戦闘になれば一騎当千の力を誇る彼だが中身はまだ子供なのである、時折涙を流して彼女の事を思う、そんなことをこの半年繰り返していた。

「いい天気だねメル」

 聞こえるはずのない人に向けてそっと呟いた、法術で温度調整をしているレイは一切の汗が見られない。涼しい顔で座っていた。容赦なく降り注ぐ直射日光も彼にとっては穏やかな春の日差し程度にしか感じられないだろう。四人の中で法術をここまで使いこなせるのは彼だけだ、これには師であるカルナックも驚きを見せた。若干十四歳の少年だがこれは同年時のカルナックをも凌駕していた。
 確かに当時のカルナックの法術も世界で五本の指に入る実力者ではあったが、レイはそのコントロールに関しては現状のカルナックにも匹敵する才能を見せていた。これにはメルのエーテルが関与していると思われる。あの時、レイの体内に吸収されたメルのエーテルがレイのと交わったことによりそれまで以上の適性を身に着けたのだろう。故にその剣聖結界時における戦闘能力の飛躍的な向上が見られた。

「アデル達には本当に感謝しないとね、僕だけゆっくりさせてもらってるんだからさ。こうしてメルのお墓参りが出来るのもあいつらのおかげだよ」

 頬を流れる涙を拭い、今度は笑顔でそう言った。だが返答はもちろん帰ってこない、広大に広がる青空の下レイは一人でずっと呟き続けた。
 しばらくの間そんな風に一人で呟いた後、急に周囲の温度が下がったことに気が付く。丁度良い位の温度を維持していたレイだったが、周囲の気温が下がった為予想だにしていなかった事態に気づく。一度周囲に展開している法術を解いて現在の温度を調べる、体感で四度ほど下がっただろうか? その異常事態に気づいたのはもう一人いる。

「何でこの付近だけ涼しいんだ?」

 アデルがこちらへと歩いて来ていた、その声にレイが振り向き左手を上げた。返す様にアデルも手を挙げる。

「どうしたんだアデル」
「ガズルがそろそろ引き返そうってさ。ほら、東の空見て見ろよ」

 体を捻ってレイは東の空を見上げた、遠くに巨大な積乱雲がゆっくりと形成されていくのが見えた。程なくして雨が降るだろうとレイも直感した。

「すごいなアレ」
「雷雨になるかもってさ。で、なんでここだけこんなに涼しいんだ?」
「いや、僕も今気づいたんだ。法術で周囲の温度調整してたのに急に寒くなったから何かとおもって」

 アデルがそれを聞いてため息をついた、彼の体は今は涼しそうにしているが先ほどまではうだるほどの暑さに晒されていた為にまだ汗が引ききっていない。レイも上半身裸なアデルの姿を見てよほど暑かったのだろうと察する。

「そんなに暑かったのか向こうって」
「向こうというかそこら中暑いよ、でも何でここだけこんなに涼しいんだろうな? 風が通るって言ってもやけに涼しいぞ」

 アデルが言うのも間違いじゃない、確かに開けた場所で風の流れは良いだろう。しかしそれは向こうで監視任務にあたっていた時もそうだったが、風は涼しくなく熱風に近い物があった。それでも体感温度だけは下げてくれるからまだマシなのだろうけどここは異常だった。
 ゆっくりとレイが立ち上がって周囲を見渡す、特に何も以上は見られない。アデルも同じように見渡したがこちらも何かを発見することは無かった。

「なんだか気味わりぃな、メルが化けて出てんじゃねぇか?」
「ハハハ、まさかそんな」

 二人がそんな冗談交じりな会話をしているその時、状況は目に見える様に姿を現した。突然強大なエーテル反応を感じ取った二人は瞬間的に戦闘態勢を取る、レイは幻聖石を握りしめていつでも霊剣を具現化できるようにし、アデルは腰にぶら下げている剣を鞘から引き抜いた。

「何だ、この感じ」
「分からねぇ、でも俺でも感じることが出来るぞ。今まで感じた事の無いエーテル量だ」

 レイはもう一つ幻聖石を取り出してそれを具現化させる、出てきたのは小型のシフトパーソルだった。それを空に向けてう引き金を引くと光り輝く球が発射された。信号弾である、何か異常を感じた時に他のメンバーに知らせる為に各自が常備している。打ち上げられた弾丸は空中で弾けると太陽より明るい光へと変わった。
しおりを挟む

処理中です...