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第二章 神苑の瑠璃 後編

第二十二話 最強と最狂 Ⅰ

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 それは今から二十年ほど前に遡る。
 当時天才と呼ばれる三人の少年がいた、一人は齢十歳で剣帝の称号を取得し天性の才能ですべてのエレメントを操る少年、一人は同じく十歳で身の丈以上の巨大な斧を操る少年、一人は銀髪で槍を使わせたら右に出るものは居ないとまで言われた魔槍兵の少年。彼らは共に親を亡くし孤児院で育ったいわば兄弟のような存在である。幼くして自身の才能に目覚めた彼らは孤児院の為に様々な仕事を請け負っていた。凶暴な動物の駆除や旅の警護等々危険な依頼を請け負う少年傭兵団だった。その傭兵団は「アルファセウス」と呼ばれていた。

 当時アルファセウスは帝国でも一目を置く存在であり、脅威としても見られていた。報酬次第では何でも請け負う事でその道では有名な集団だったからだ。
 そんな彼らの名前を世界的に広めた事件がある。四竜の討伐であった。中央大陸の北部に一匹、南部に一匹、東大陸と西大陸にもそれぞれ一匹ずつその土地を治める主がいた。
 彼らアルファセウスはその四竜討伐の依頼を高額で請け負い、見事三匹の竜を討伐することに成功する。残りの一匹、中央大陸南部の竜だけは仕留めることが出来ず、海底深くへと封印する事になった。その立役者が彼らのリーダー「カルナック・コンチェルト」である。

 その功績から十歳という年であるにもかかわらず剣聖の称号を手に入れた、他の三にも同格の称号が与えられ一躍有名となる。それを帝国は良く思っていなかった。そこで当時の皇帝はアルファセウスを帝国内部へと取り込む事を決定し勧誘を始めた。彼らは最初断っていたが加入に際しての報酬金が今までの依頼で受けた金額の総額を遥かに超えていた為孤児院の活動資金に充てるべく加入を決意する。

 事件が起きたのは彼等が帝国の傘下に加わって五年が経つ頃、三人のうち一人が帝国を離脱したことに始まる。カルナックの脱退だ。彼は帝国のやり方に疑問を常々抱いていた。
 事の発端は矮小国との戦争だった、降伏した兵士を反逆罪と銘打って公開処刑をしてしまった。もちろん当時の世界において国際法なる物はなく、捕虜はどのような扱いを受けても文句が言えない時代だった。
 だが人命を訴える団体は何処にもいるわけで帝国のやり方に避難を唱えるものも少なくなかった。カルナックもまたその一人である。

 戦争終結後、カルナックは帝国から離脱し再び孤児院へと戻る。
 孤児院の運営は厳しいながらも彼が戻ってきてからは安定し始めた。カルナックは修道士や孤児達と幸せに暮らし始めたがそう長くは続かなかった。
 カルナックの脱退によって反逆罪の罪に囚われた残りの二人のうち一人は孤児院の強襲を始めた、後の「帝国孤児院虐殺事件」である。カルナックは仕事で街まで出かけていた時を狙われた、戻った時そこは彼の知る孤児院ではなかった。
 院は焼かれ周りには孤児達の死体。彼は泣いた、まさか孤児院が襲われるなど思いもしていなかったからだ。悲しみの渦に飲まれながらも孤児達を一つに纏め火葬する。
 これから如何すればいいか途方に暮れていた時地面に落ちる光る物を見つけた。ギルドより譲り受けた古代の通信機だ、そこから雑音交じりながらも声が聞こえる。その声を聴いた時カルナックは怒り狂う。声の正体は共に旅をした仲間エレヴァファルだ。

「ようカルナック、てめぇが悪いんだぜ? てめぇが裏切らなければこんな事にはならなかった」

 下卑た声が聞こえる、親友だった声がひどく憎い。金と地位に目がくらみ育った孤児院にした行い。カルナックは許すことが出来なかった。

「エレヴァ、今どこにいる」
「さぁな、でもお前なら分かるんじゃねぇか? こいよ、てめぇも一緒にあの世に送ってやるぜ」

 そこで通信が途絶えた、彼は怒りのまま走る。声の後ろから聞こえた僅かなヒントを頼りに彼は走り続けた。帝国本部で時刻を伝える独特の鐘、それがかすかに聞こえていた。おそらく待ち伏せされているだろう、それが罠だとしても彼は走らずには居られなかった、今のこの感情のまま彼は怒りに身を任せて走った。
 帝国本部に到着したのは次の日の夜だった、帝国本部には数千人の兵士達がショットパーソルを構えてカルナックの到着を待っている。

「ずいぶんと早かったな、そんなに俺に殺されるのが待ちきれなかったか?」

 通信機器から再び声が聞こえる。カルナックは刀を抜刀し自身の前に持ってくる。つい数日前までは一緒に戦い、数々の名声をほしいままにしてきた過去の仲間をにらみつける。その男の表情は笑っていた、長年本気で戦いたいと願っていた宿敵と会い見える機会を、この瞬間を願っていたかのように。

「この腐れ外道め」

 カルナックの足元から炎が吹きあがり髪の毛が真っ赤に染まる。真っ赤に染まる瞳には怒りが満ち満ちている。ゆっくりと歩き始めるカルナックに対し兵士達が一斉に発砲を始める。彼はそれを全て刀で弾き飛ばした。流石のエレヴァファルもそれを見て驚く。だが驚いた表情の中に喜びの表情も混じっているように見える。まさに戦闘狂、これぞ最狂と言われる由縁。

「流石だぜ、いう事ねぇ……さぁ来いよ、かかって来い! 俺はここにいるぞ! ここまで上がって来いっ!」

 巨大な斧を振り上げる、すると兵士達は一斉に腰に下げている剣を抜きカルナックへと襲い掛かる。大群となって押し寄せる帝国兵士達に向かってカルナックは一切の迷いなく飛び込む。すべてを切り刻みすべてを殺す勢いで跳躍した。

「うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 咆哮が鳴り響いた。そこからは一方的なカルナックの虐殺だった。一般の兵士達が剣聖の彼に敵う筈もなく一人、また一人とその場で絶命していく。
 これが後に言われる帝国最悪の一夜である。カルナックは迫りくる帝国兵士をなぎ倒し本部へと駆け抜ける、本部城内にはさらに数万の兵士達が段階的に配備されていた。
 四方八方から飛び込んでくる弾丸をカルナックはまとめて捌くが無数に飛んでくるそれを全て避けることなど到底不可能だ、何発か被弾し鮮血を噴く。
 だがカルナックの勢いは止まることを知らない。中央の階段を駆け上がりロビーへと抜ける、ロビーにも何百人と配置されている。カルナックが本部へと突入してからずっと発砲音が聞こえる、それは鳴りやむことが無かった。回避することもできなくなるほどダメージを受けることは無かったが速度が落ちることを嫌ったカルナックはわざと帝国兵が集まる真ん中に飛び込んだ。
 これならばむやみに発砲することは出来ない、そう判断したカルナックは集団の中から切り崩すことを決定する。飛び込んできたカルナックを迎え撃つために各々が剣を引き抜くが遅すぎた、カルナックの攻撃は目にも止まらぬ速さで兵士達の体をすり抜けていく。
 あまりにも早いその攻撃に切られたことも分からないまま死んでいく兵士までいる始末だ。

 全ての兵士を切り殺したカルナックはロビーを突破し、二階の場外へと出る。そこにエレヴァファルがいた。
 すぐさま飛び込み首を跳ねようとするが互いに技を熟知した者同士、そう易々と攻撃が通ることも無く全てがはじき返される。
 エレヴァファルの顔は笑っていた。当時からこの男は三度の飯より闘争を好む、故に最狂だ。お互いの技は城壁を破壊し、生き残った雑兵をも巻き込みありとあらゆるものを破壊しながら二人は戦った。
 一時間、彼らは戦い続けた。戦闘の途中右腕を切り飛ばされたエレヴァファルだったが両利きだった彼は左手で斧を操りカルナックを翻弄する。彼らの周りには瓦礫の山と死体の山が出来ている。
 二人の闘争は火が付いたままその日朝になるまで続けられた。その結果事前に連絡を受けていた支部からの応援によってカルナックは逃走する。彼の生涯で唯一の敗北だ。それでも帝国に与えたダメージは甚大だった。

 死者三万と七人、重軽傷者七万と二人。帝国本部は壊滅しその機能をしばらくの間奪う事になった。当時の皇帝は身の危険を感じ北部の支部へと逃げ延びていた。それ以降カルナックを全国指名手配にし捜索を続けるが今日という今日まで彼の命が危険に晒されることなど無かった。
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