上 下
63 / 141
第二章 神苑の瑠璃 後編

第二十話 信頼と裏切り Ⅳ

しおりを挟む
 瞬間部屋の中に展開されている全ての魔法陣が一斉に砕け散った、精神寒波を押し返し多重結界すら砕く恐ろしいほど強い法術。シトラは未だ経験した事の無い事象をその目で見た。あたりの時間が戻ってゆく、レイの体が僅かに横にそれた時それは姿を現した。法術を使ったのはメルだ、その体は僅かに宙に浮いている。

「っ!」

 カルナックが無音でシトラのすぐ横へと近づいて来ていた、シトラの目にはまさに抜刀する瞬間が映し出されている。だがカルナックの抜刀よりシトラが先に右足でカルナックの刀を押さえた。ほぼ同時に行われたように見えるあまりの速度にレイ達は目で追うことが出来ていない。

「仕方ないわねぇ、また会いましょう先生」
「行かせません!」

 再び辺りが凍り付く、今度は時間が止まったかのような錯覚さえ覚えるような感覚だった。いや、正しくは時間の経過が恐ろしく遅くなったというべきだろうか。体が動くようになった時カルナックの目の前にいたシトラは忽然と姿を消していた。

「逃げられましたか」

 抜刀の途中だった刀を鞘へと納めるとメルへと視線を移した。ゆっくりと床に着地しするメルだが体中のオーラが消えたとたんに糸が切れた操り人形の様にバランスを崩した。それをすぐさまレイが受け止めて抱きかかえる。

「一体全体何がどうなってるんですか先生」
「話は後です、先にメル君を休ませてあげましょう。あれだけ膨大なエーテルを消費した後です、意識を保っているのが不思議なくらいです」

 確かにメルの意識は朦朧としていた。だが一体彼女のどこにそんなエーテルが貯蓄されていたのだろうか、彼らの目に映っているメルはその辺にいる普通の女の子である。格別旅人と言う訳でもなく、仮に旅人というには貧弱すぎる。しかし実際に起きた事を考えるとその考えを改めなくてはならない。法術が苦手というアデルですら剣聖結界発動でまともに操作できる精神寒波の抑制を普通の一般人が――それも氷雪剣聖結界を身にまとっているシトラの精神寒波を跳ね退け体を束縛する法術をカルナックより先に解除した技量、その二つを取っても尋常ではないことが分かる。

 ソファーに寝かせられたメルを心配そうに見つめるレイとプリムラ。その後ろでカルナックは一度深呼吸をして事の次第を整理し始めた。

「参りましたね、シトラ君がまさか帝国側にいるとは思いもよりませんでした。てっきりフィリップ君の元で仕事をしているとばかり思っていたのですが」
「そんな事よりこれからどうするんだよおやっさん、レイヴンだけじゃなくシトラまで相手じゃ流石に分が悪くねぇかこれ」

 アデルの言うとおりだ、剣聖結界使いが二人になってしまった事により戦力は均衡もしくは彼方側が多少有利になっている。流石のカルナックと言えどレイヴンとシトラの二人が相手では分が悪い、そこにレイ達四人の力を合わせたとしてもどれほど持ちこたえられるか正直不明だ。

「私も……一緒に行きます」

 突然聞こえた声にカルナックが反応する、額に濡れたタオルを当てているメルがか細い声を上げていた。
「駄目だよメル危険すぎる、君はアリス姉さん達と一緒にここで待つんだ」
「そうですよメル君。レイ君の言う通り相手は剣聖結界使いです、危険すぎます」

 レイとカルナックが続けて説得するがメルは首を横に振って上体を起こした。

「嫌です、レイ君に牙を向けた人を私は許すことが出来ません。それに私ならシトラさんの結界を抑え込むことが出来ます、連れて行ってください!」

 しかしまだフラフラとしているその体を見て誰がうんと言えるだろうか。否、気持ちは有り難いが先ほどの事を考えるともって数秒、抑え込むことが出来たとしても直ぐにエーテルが底を付いてしまえば話にならない。

「それでも駄目だよ、シトラさんの目を見ただろう? わずかな間だけど一緒に旅をしてきた時のシトラさんとはもう別人なんだ、僕達を全員皆殺しにしようとした目だ」

 もう一度レイが優しい顔で諭す要因話した、その顔を見てメルはレイの気持ちが絶対に曲がらないと知る。あきらめたのかもう一度ソファーに横になるとカーディガンのポケットから一つの指輪を取り出してレイに渡す。

「じゃぁせめてこれを持って行って、法術を緩和することが出来る指輪……シトラさん相手ならきっと役に立つから」

 無理をしていただろう、指輪を渡すと意識を失ってしまった。完全にエーテル切れである。指輪を右手人差し指にはめると立ち上がってアリスにお願いをする。

「メルをよろしくお願いします」
「分かった、けどちゃんとみんなで帰ってくるのよ?」
「はい、必ず」

 その日、彼らは翌日を待つことなく荷物をまとめて旅立つことにした。一刻も早く帝国より先に瑠璃を確保するために彼等五人は旅立つ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる
ファンタジー
この作品は改稿版があります。こちらはサクサク進みますがそちらも見てもらえると嬉しいです!  大事なモノは、いつだって手の届くところにある。――人も、魔法も。  幼い頃憧れた、兵士を目指す少年ジャック。数年の時を経て、念願の兵士となるのだが、その初日「行ってほしい部署がある」と上官から告げられる。  なくなくその部署へと向かう彼だったが、そこで待っていたのは、昔、隣の家に住んでいた幼馴染だった。  ――モンスターから魔法を作るの。  悠久の時を経て再会した二人が、新たな魔法を生み出す冒険ファンタジーが今、幕を開ける!! ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット!」にも掲載しています。

la poupee

ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
お誕生日のプレゼント、それはとても可愛いお人形さんだった…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

都市伝説と呼ばれて

松虫大
ファンタジー
アルテミラ王国の辺境カモフの地方都市サザン。 この街では十年程前からある人物の噂が囁かれていた。 曰く『領主様に隠し子がいるらしい』 曰く『領主様が密かに匿い、人知れず塩坑の奥で育てている子供がいるそうだ』 曰く『かつて暗殺された子供が、夜な夜な復習するため街を徘徊しているらしい』 曰く『路地裏や屋根裏から覗く目が、言うことを聞かない子供をさらっていく』 曰く『領主様の隠し子が、フォレスの姫様を救ったそうだ』等々・・・・ 眉唾な噂が大半であったが、娯楽の少ない土地柄だけにその噂は尾鰭を付けて広く広まっていた。 しかし、その子供の姿を実際に見た者は誰もおらず、その存在を信じる者はほとんどいなかった。 いつしかその少年はこの街の都市伝説のひとつとなっていた。 ある年、サザンの春の市に現れた金髪の少年は、街の暴れん坊ユーリに目を付けられる。 この二人の出会いをきっかけに都市伝説と呼ばれた少年が、本当の伝説へと駆け上っていく異世界戦記。 小説家になろう、カクヨムでも公開してましたが、この度アルファポリスでも公開することにしました。

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

託され行くもの達

ar
ファンタジー
一人の少年騎士の一週間と未来の軌跡。 エウルドス王国の少年騎士ロファース。初陣の日に彼は疑問を抱いた。 少年は己が存在に悩み、進む。 ※「一筋の光あらんことを」の後日談であり過去編

紋章斬りの刀伐者〜無能と蔑まれ死の淵に追い詰められてから始まる修行旅〜

覇翔 楼技斗
ファンタジー
「貴様は今日を持ってこの家から追放し、一生家名を名乗ることを禁ずる!」  とある公爵家の三男である『テル』は無能という理由で家を追放されてしまう。  追放されても元・家族の魔の手が届くことを恐れたテルは無理を承知で街を単身で出る。  最初は順調だった旅路。しかしその夜、街の外に蔓延る凶悪な魔物が戦う力の少ないテルに襲いかかる。  魔物により命の危機に瀕した時、遂にテルの能力が開花する……!  これは、自分を追放した家を見返して遂には英雄となる、そんな男の物語。 注意:  最強系ではなく、努力系なので戦いで勝つとは限りません。なんなら前半は負けが多いかも……。  ざまぁ要素も入れる予定ですが、本格的にざまぁするのは後半です。  ハ(検索避け)レム要素は基本的に無いですが、タグにあるように恋愛要素はあります。  『カクヨム』にて先行投稿してします!

処理中です...