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第二章 神苑の瑠璃 前編

第十六話 知られざる事実とケルミナ襲撃 Ⅱ

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 アデルは周囲を見渡す、目を凝らして観察するように見るとその匂いの正体が分かった。まぎれもなく人だった。彼の場所から然程遠くない場所に焼け落ちた小屋がある、その小屋の周囲に人のようなものが焼け焦げていた。彼は思わず目を覆う、まともに凝視できるはずなんかなかった。しかし一度目についた物は焼き付いたかのように記憶に残され、目をつぶると鮮明にその景色が蘇る。まさにトラウマ――そしてアデルは喉に強烈な違和感を覚えた。

「う……げぇぇぇ……」

 胃の中の物をぶちまける、胃酸が喉を逆流し喉と口を焼き付ける。しばらく背中を引きつって嘔吐する。出るものがなくなった胃はまだ痙攣しているが出るものがなくなっただけ少しだけ楽になる。右袖で口元をぬぐい涙目でもう一度その焼け焦げている人達を見た。服は完全に燃え落ちて皮膚が直接焼かれている。一部は内臓をばらまけて血が沸騰していた。

「ひでぇ――」

 まさに地獄、その言葉がここまで似合う状況も中々無いだろう。その景色に絶句し唖然とするアデルは思わず視線を逸らす。次に彼の目に映ったのはその場所に相応しくない小さな少年の姿だった。その少年はカルナックが連れて帰ってきたときのレイに見た目がよく似ている。が、その時の様子とは少し違っているように見える。何が違うとは断言できないが確実に何かが違っている。そうアデルは感じていた。

「レイ?」

 年は多分七歳程度、呆然と空を見上げて立ち尽くしている。アデルはその子に近寄り声を掛けた。

「おい、レイなのか?」

 左手を伸ばして少年の方に手を掛けようとした、だがその手はむなしくすり抜けてしまった。アデルは少し驚いて自分の左手を見る。もう一度少年に目をやるが確かにそこに存在しているように感じる。

「無駄じゃ」

 聞きなれた声が後ろの方から聞こえてきた、振り返るとそこに炎帝の姿があった。両手を腰に回してゆっくりと歩いてくる。しかしその表情は歪んでいた。

「爺さん! 大丈夫だったのかよ」
「戯け、儂はお主と共にあると言ったじゃろうが」
「ってことは、俺の深層意識からこっちに来たのか」
「うむ、深層意識をリンクさせるなんてふつう考え付かんことをお前たちは全く――して、このありさまは何じゃ? よほどひどいことがあったと思うが」

 炎帝がブツブツと小言を言う。アデルの傍まで歩いてきて二人は少年を見る。彼は先ほどから微動だにせず赤く染まった曇り空を見上げていた。二人はしばらくその様子を見ている、何か動きが有るわけでもなくじっと空を見上げている少年を見ていた。


「それで、この小僧は誰だ」

 炎帝が口を開いた、二人はずっとその少年の様子を伺っていた。だが先ほどから空を仰ぐだけでピクリとも動く気配がない。

「確証はないけど、俺の親友だと思う」
「思う?」
「あぁ、俺もこいつも小さいころにおやっさんに拾われたんだ。初めに俺が拾われてきて、それからこいつ――レイが拾われてきた。だけどその時の姿とはちょっと違うというか、違和感があるというか」

 両手を組んで首を傾げるアデルに炎帝は腑に落ちない顔で彼の顔を見上げる。まるで昔の事を思い出しているような表情をアデルはしていた。膝を曲げてしゃがみながらアデルは続ける。

「確かに似てるんだ、だけど雰囲気っていうかさ。なんて言うかこう違うって言うか」
「感か?」
「あぁ、それに近いかも。でも見た目はあの時のレイにそっくりだ」

 二人がゆっくりと会話を続けた、どちらも少年から目を離さずにずっと様子を伺っている。あたり一面焦土に包まれ煙が立ち上り、人が焼かれる匂いが充満するその世界で彼らはどれほどの時間を過ごしたであろう。
 しばらくして少年に動きが有った、ゆっくりと姿が消えていくとあたりの景色が一変する。緑豊かな村が姿を現した。人々は楽しそうに会話をし農業に精を出す人々。井戸の周りでは若い女性が井戸端会議をしている。行商人が露店を開きそこに村人が集まる。小さな村にしては活気あふれた景色がそこに広がっていた。

「動いたか」

 炎帝が口を開いた、アデルはスッと立ち上がりその様子をじっくりと観察する。ひとしきり見渡した後少年の姿がないことに気が付いた。

「レイはどこだ」

 周囲を見渡してもその子供の姿は見られなかった、二人は村を捜索し始める。別々に行動して少年の居場所を探すことにした。だがどこを探しても少年の姿を発見することはできなかった、いたって普通の村の日常。その景色だけが広がっていた。
 二人は一度合流して互いの状況を説明する、しかし同じような話を二人は交互に交わすだけだった。次第に日が暮れて辺りは暗くなっていく。

「もう此処にはあの小僧は居ないのかも知れんな」

 炎帝がボソッとそういった、だがそれを隣で聞いていたアデルは首を振る。

「いや、ここにいると思う」
「根拠はあるのか?」

 アデルは黙って一本の木を指さす、炎帝にもその木は見覚えがあった。アデルを追いかけて先ほどの焦土の世界にやってきたときに見た木だった。立派でとても目立つ木だった。

「多分今見てる景色はさっきの焼け焦げた景色の前何だと思う、さっき俺たちが見ただろうあの木は燃えていたけど今は燃えた形跡すらない。多分この後何かがあるんだ……動いた!」

 説明していたアデルの目の前で事が動き始める、一斉に村人が家からクワや斧をもって出てきた。それを見てアデルは一つ昔に聞いた話を思い出した。

「まさか、ケルミナか?」
「何じゃ突然」
「レイの故郷だ、あいつがおやっさんに引き取られた時の話だよ。帝国が突然襲ってきて辺り一面を焼き払ったっておやっさんから聞いた、その唯一の生き残りがレイだったって」

 奥の家から一人の青年が出てきた、その片手には見覚えのある大剣が握られている。一度見れば忘れもしないその巨大な剣、霊剣だった。それにアデルは思わず目を疑った。レイ以外に霊剣を持てる人を初めて見たからだ。その光景に思わず二度見をする。

「嘘だろ――。レイ以外にあの剣を使える人間がいたのか」

 するといきなり視界が砂嵐に飲まれる。ザザっと音を立てて景色が切り替わる、次に映し出されたのは村の人々が戦ってる様子だった。相手は直ぐに誰だか理解できた、特徴のあるエルメアを身にまとっていたからだ。

「やっぱり、ケルミナの虐殺か」

 二人の周囲では帝国軍が抵抗する村人に対し次々と発砲する、頭を撃ち抜かれた者、巨大な爆発に足を吹き飛ばされる物。倒れて斧を取ろうとする者には剣で首を切り飛ばす。まさに虐殺と呼ぶに値する景色だった。
 抵抗する村人の後方に一人の少年が立っている、先ほどの少年だったと二人は直ぐに分かった。村人はこの少年を守ろうと足掻いている。

「お父さん!」 
「レイ! 馬鹿来るんじゃない逃げろ!」 

 巨大な剣を振り回す父親に泣きじゃくりながら近づいていくレイ、だが後ろの方から帝国兵士が槍を持ってレイ目掛けて走ってくるのが見えた、だが父親が助けに入る頃にはすでにレイの体を槍が貫抜いているだろう。

「くたばれ餓鬼!」 

 レイは後ろを振り返りもの凄い形相で槍を逆手に持ち替えて勢いよく振り下ろしてくる。 

「させるかぁ!」 

 恰幅のいい男がレイと兵士の間に割ってはいる、兵士の槍は男の体を貫き、持っていた斧は兵士の首から上を飛ばす。 

「大丈夫だったかい? レイ君……」 
「サノックおじさん!」 

 一つ笑顔を残してサノックと呼ばれた男はその場に倒れた、レイは泣きながらもう動かないその体を揺さぶり男の名前を呼び続ける。 

「サノック!」 

 父親が後ろの方から大声を出しながら駆け寄ってきた、すでに体中傷だらけの体でサノックの体を起こす、だがぐったりとしたその体は再び活動を再開する事無く冷たくなっていくことがわかるようだった。 

「サノック……くそっ! 良いかレイ! 今から父さんの言う事をよく聞くんだ、もうじき父さんの友達が此処にやってくる」 

 すると父親は自分の持っていた大剣をレイに渡すとサノックの左手に握られている斧を持ち再び立ち上がる。 

「その剣はお前のだ、もうお前以外には使えない剣だ。その剣と共に生きろ」 
「何言ってるかわかんないよ! 僕には分からないよ!」 

 大声で泣くレイに父親は頭に自分の手を乗せて髪の毛をクシャクシャにする、今まで可愛がってきたこの子供に最後となる笑顔を作って。

「強く生きろ」 

 そう言って再び前に走り出す、仲間達が戦っている場所へと。 
 だが父親がレイの所から大分距離を置いた所で地面が爆発した、良く見るとその他の場所でも爆発が起こっている、空から黄色い光が飛んできたと思ったら直ぐその地面は爆発を起こし辺り一面をはぎ払った。 

「お父さん!」 

 自分の父親がいた場所から何かが回転しながらレイの所に飛んでくる、それは父親が握りしめていた斧だった。 

「……やだ……嫌だ……嫌だぁぁぁぁ!」 

 ショックの余り叫ぶ、するとレイが握っている大剣は突然光を放ち辺り一面を包み込む。その光にアデルと炎帝は思わず目を腕で庇う。視界が戻ってくると周囲の状況がぴたりと止まっていた。まるで時が止まったかのように。
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