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第二章 神苑の瑠璃 前編

第十四話 剣聖結界 ―蒼い風と炎の厄災― Ⅱ

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「何故僕の中にいる!」

 殺気はなかった、鼻につく焦げた匂いだけが異様なまでの不快感を示す。

「わからぬ、気が付いたら少年の中にいたのだ」
「僕をどうするつもりだ?」
「何も、この焦土の記憶せかいの中で少年の瞳から世界ゆめを見ていた」

 突然突風が吹いた、砂埃が舞い二人の間を駆け抜ける。レイは右腕で顔を守り砂嵐が収まるのを待った。視界が開けた時はまた別の景色が広がっていた。辺り一面真っ暗闇だが小さな無数の光がはるか遠くで光って見える。だがお互いの事はよく見えている。地面の感触は一切ない、浮いている感じがする。

「少年、力は欲しくないか?」

 辺りを見渡していたレイはその言葉に振り向く、相変わらずニッコリと開いた口がそう言った。

「少年の目からあの世界を見てきたから分かる、力が欲しいのだろう少年」
「お前みたいな魔人の力なんていらない!」

 すぐさま否定した。炎の厄災は肩を震わせ大声で笑いだした、上半身の後ろにのけ反り両手を広げ大いに笑う。

「結構! 期待通りの答えを言うじゃないか少年。だが一つ違うな」

 厄災は上半身を戻すと姿勢よく立つ、両肘を少しだけ曲げて両腕を左右に少しだけ広げる。

「少年も魔人だ」

 見えていた口の上に丸く白いものが二つ、突如として現れた。厄災の目なのだろう。

「私だけではない、少年も魔人である」

 何を言っているのだろう、レイにはさっぱり理解できない。困惑した顔でレイは訴える。

「僕は人間だ、魔人なんかじゃない!」
「否、少年は魔人である。この膨大なエーテル量と禍々しいエレメントは人のそれにあらず!」

 視界がぐにゃりと揺れる。無数の小さな光が一点に集中する、光の集まる先に黒い何かがあった。中心に近づく光は黒い何かの近くまで引き寄せられると円を描き消えていく。次第に吸い込まれる光の量が増え黒い物体の周りが輝きだす。

「違う、違う違う違う違う違う違う違う! 僕はっ!」

 もう一度心臓がドクンと鳴った、先ほどのより格段に心臓が軋む。痛みが増し立つことがままならない。その場に蹲ると両手で心臓を押さえた、瞳孔は開き顔が歪む。

「あ……あが」

 声にならなかった、経験したことのない痛みにレイがもがく。それを見ながら厄災は両手を下し例に近づく。

「受け入れよ少年。人間に固着することに何の意味がある」

 悶絶するレイに厄災は問いかける、諭す様になだめる様にゆっくりと問いかける。それはまるで新しい宗教の誕生を見ているようだ。救世主が人々に救いの手を差し伸べるかのようなソレは、信仰にも捉えられる。

「見よ、人間がいかに愚かで浅ましい種族かを。人が私にしてきたソレを」

 光り輝いていた場所から急激にまぶしいまでの閃光が広がる、辺り一面を照らし暗闇は真っ白な空間へと姿を変える。音もなく風もない、唯々真っ白な空間。レイは途切れそうな意識の中で厄災の言葉を聞いた。その瞬間心臓の痛みは止まり苦痛が消えた。顔を上げると厄災は右手で一つの場所を指さす。そこに扉が現れた。

「はぁはぁ……」

 ゆっくりと立ち上がり呼吸を整える、右手はまだ心臓を押さえている。指さされた扉はとても古く、朽ち果てる寸前のように見える。

「あの扉は、何だ」

 大きく深呼吸した後レイは尋ねた。厄災はずっと表情を変えず淡々と話す。

「私の記憶。少年が人であるというのならば見てみるがいい」

 小さく心臓が波打つ、チクリとした痛みにレイが強く心臓を押さえる。そしてゆっくりと扉の元へと歩き出す。厄災はその後ろに続く。

「……」

 扉の前に立つと左手でドアノブを握る、手の平に汗をかいているのがその時初めて分かった。とても嫌な予感がする、レイの感覚がそれを警告する。

「僕は……人間だ」

 ドアノブをゆっくりと回し扉を開いた。



 美しい草木が生える森の奥、そこには人と魔族が小さな集落を作っていた。
 その集落には俗世間で生きていくことが困難な人間が集まる場所でもあった、犯罪を犯したり人を殺したり。そういう類ではなく孤児や戦争に巻き込まれ家々を失った者等。最初は人が集まって暮らしていた、そこにやってきたのが戦争から逃れてやってきた魔族の一団である。初めこそ対立したものの、周囲の危険生物を退治したり食料を提供するなどして魔族側から共存を求めてきた。代わりに人は衣類や住居の提供等でお互いのバランスを保つようになった。

 もともと魔族とは西大陸に生息していた原住民である。人々がかつて西大陸を魔大陸と呼び恐れていた時代、余りあるエーテル量から恐れられていた。一度戦争が始まると人々は魔族に対して抵抗する事無く敗北していく、そんな時代に終止符を打ったのが帝国であった。

 当時の帝国は人々の安全を守る為、いずれ脅威となる魔族に対して戦争を仕掛ける。人々は魔族の魔法に対し法術を開発した。魔族同様エーテルを用いるが法術は世界に散らばるエレメントを利用し、体内のエーテルを起爆剤として使う。一方魔法は術者その者のエーテルを具現化する。エーテル貯蔵量が生まれつき少ない人間にとって魔法は使うことができないが、自然界に存在するエレメントを利用する法術であれば魔法に抵抗することができた。

 戦争は魔族の一方的な戦いから均衡し始めた。だが人間は魔族より数が多く、最終的には物量で魔族側が敗退する。じわじわと人々が西大陸へと上陸し始めるころ、魔族は生き残りを連れて森の奥地へと散り散りに逃げていった。それから程なくして魔大陸最大の貿易都市は無抵抗で攻め込まれ人間の植民地へと変わった。同年、魔大陸の大部分を支配した帝国部隊は独立を宣言する。

 中央大陸にある帝国本部はこれに激怒した、表向きは人々から脅威を取り除く戦争ではあったが魔大陸には膨大な資源が眠っている。半分はそれが狙いでもあった。しかし突如として独立を宣言した部隊は新たに国家を作り武装強化を行う。

 翌年、独立国家と帝国との間で激しい戦争が始まる。その戦争から逃げ延びた人々が先の集落を始めて作り出した。魔族からすれば人間は突如として現れた敵である、だが彼らも馬鹿ではなかった。もとより仕掛けられた戦争ではあったがそれは軍人、一般市民となれば和解できると確信していた。その根拠は長年の貿易実績で得られた昔の信頼でもあった。

 しかし、そう簡単に話は運ばなかった。魔族の知る貿易時代の人間はもう人々の記憶にはない、今の彼等は魔族イコール人間の脅威とだけ見られていた。そんな中、逃げ延びた人々の中に考古学に詳しい学者の姿があった。彼は人々を説得し共存の道を開く。お互いがお互いの事を尊重し、共に築き上げてきた物。それは新しい信頼関係であった。

 共存が始まって数十年、人と魔族の間に子供が生まれ新しい種族が誕生していた。名を魔人という。外見、成長スピードは人と何ら変わりはないが貯蓄するエーテル量が人のそれを圧倒的に凌駕した。
 そんな彼等にも集落以外の人の手が及ぶ、人々による魔族残党狩りである。独立国家と帝国との戦争は決着がつかず何十年と長引いている。休戦はあれど停戦などなかった。そして独立国家が目を付けたのが原住民である魔族達である。
 魔族の強大なエーテルを求めこの大陸全土を探し回っていた。あの集落も見つかるまで時間の問題ではあった。独立国家は魔族と魔人を一度拠点へと集めた後戦場へと向かわせる、子供は貿易都市にて奴隷として酷使され動かなくなれば簡単に捨てていた。

 彼もまた、そんな子供の一人である。
 人と魔族との間に生まれた魔人の子、労働で酷使し使えなくなれば捨てられる。そんな景色を毎日のように見てきた。次々と倒れていく友達、次は自分の番かもしれない。そんなことを考えると夜も眠れなかった。彼にもやがて時はやってきた。不治の病に掛かった彼等は貿易都市から離れた郊外の犬小屋に集められると、一斉に火をつけられた。

 熱い、熱い。同じ病に掛かった魔人の子達は灼熱の炎に焼かれ次々と絶命していく、それを一人の少年は怯えながら見ている。

「僕達が一体……何をした!」

 少年は叫んだ。仲間たちが次々と死んでいくその光景の中で人間を恨んだ。あれほど仲の良かった人間全てを恨んだ、ついには少年の衣服にも火が付き体全体を焼く。耐え難い苦痛だろう、肌を焼かれ眼球は蒸発し血液が沸騰する。まさにこの世の地獄。少年は叫び続けた、人間を呪う言葉を叫び続けた。それが起爆剤となる。
 少年の体から膨大なエーテルが暴走し、大爆発を引き起こした。
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