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第一章 暁の空から
バタフライ・エフェクト―アノソラ――Re:Ⅰ
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二日目――十九時二十五分
その日、結局雪は丸一日降り続いた。
慣れない肉体労働で体は悲鳴を上げ、全身筋肉痛だ。
最終的な積雪は五十三センチ、歴代の記録を更新したとテレビでは悲鳴交じりな声をアナウンサーが上げていた。
子供なら喜んで外で遊んでいただろうこの積雪量、スコップ片手に必死に雪掻きをしていた姿はもう子供とは呼ばせない。
三時間置きに、外の様子を見る為窓から身を乗り出しては先程雪掻きした庭と正面道路に積もった積雪に肩を落とした。時々――十年に一度と言われるこの異常気象がもたらした大雪で疲労困憊していた、雪国出身の人はシーズンになると毎年コレをやっているのかと思うだけで尊敬する。心から尊敬する。
向こうでは雪掻きをしなければ死活問題だと聞いたことがあった。今日一日でそれを骨身に感じることが出来た。正直僕にはこれを毎年、それも雪が降る度に作業をしろと言われたら無理だ。
力み過ぎていたことは否定しない。
明日に備えていつでも動けるようにと気合を入れたのは間違ってない、力の入れる方向性を間違えただけだ。
「しんど……明日にはコレ直ってるかな」
齢十八の体、年相応なら明日にはこの痛みも取れて動ける筈だと信じたい。普段の不摂生さが祟っているのか、はたまたただの運動不足か。
いや、その両方か。
激痛に耐えながらゆっくりと体を起こしてノートを開く、明日以降起こる大局的な出来事を纏め始める。
ペンを取っていざ書きだそうとしたとき、ピタッと止まった。
痛みから止まった訳ではない、目の前の状況に混乱して止まった訳じゃない。書くこともある程度決まっていて本当に分かりやすく纏めるだけの作業。
これから書くことが、本当に起きるのか。
そう、純粋に怖くなっていた。
明日から起こる負の連鎖を文字に書き起こすことが既に狂気染みていたんだ。
明日第三次世界大戦がはじまります。日本時間にして十五時頃、アメリカワシントンでは午前一時。深夜に共産党ご自慢の大陸間弾道ミサイルがアメリカ全土へと発射される。対抗措置としてアメリカも防衛と称した核弾頭を躊躇いもなく使います。
明日の主要出来事でコレだ、例え他人に話しても誰もが信じようとはしない。僕だったらこんなこと言われたら「何を言ってるんだこいつ」と目の前の人間を蔑むだろう。それほどの内容だ。それほどの出来事なんだ。
誰の目にも世界終末時計の針はゼロ時を刺したと思うだろうその衝撃、テレビやラジオも情報規制が敷かれて詳細が降りてくるのは翌日の朝方。
日本が巻き込まれた。と、その一報をもたらすのは混乱で情報統制が上手くいかなかった沖縄からの生中継。数発の核弾頭が米軍基地を、沖縄を破壊した映像が公共の電波に乗って世間に知れ渡る。隠しきれなくなった政府は可及的速やかに国家非常事態宣言を流した。
そうアレだ、阪神淡路大震災の時にテレビやラジオから流れたアレに似た奴だ。昔テレビで当時の惨状を振り返る特番で流れてたアレだ。
そこからはもう、悲惨な状況だ――。
記憶が鮮明に蘇ってくる。
そこから始まる惨事が、目に焼き付いた情景が、鼻の奥を刺激した臭いが、あの感触が蘇ってくる。まともな思考回路をしていたら耐えられないあの惨状。
思わず固唾を飲んだ。
誰もが混乱し、誰もが絶望し、誰もが生きる希望を失った運命の日だ。あの現場に僕は――僕達は居たんだ。
泣き叫ぶ子供の声、怒号が響き渡る街中、空襲警報が昼夜問わず僕の耳を劈くんだ。第二次世界大戦時もきっとこうだったんだ。と、誰もが考えたんだ。あの当時を経験した人も再来と泣き叫んでいたんだ、誰もが狂気に染まっていたんだ。
――壊れたのは僕達じゃない。
気が付けばトイレへと駆け込んでいた。
胃の中身をぶちまけて、何もなくなった筈の袋から絶え間なく胃酸が生成され続け、咽頭をほのかに焼きながら舌に苦みを残して逆流していく。
初日を思い出しただけでコレか。
始まりの日を思い出しただけでコレか。
悪夢を思い出しただけでコレかっ!
「フザ……ケルナッ!」
言いたいことは分からなくもない。
自分の口から出た言葉だ、気持ちは良く分かる。それが今の僕にとって全てだ。そう、コレがこの先で待ち構えている未来に対する気持ち全てだ。
分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
その実、本当は何もわかっちゃいなかったんだ、何が未来に宣戦布告するだ。クソッタレが、人を馬鹿にするのも大概にしろ。思い出すだけでも反吐が出るっ!
そうだ戦争だ、コレが人間なんだ。コレこそが僕達地球に住む現在の支配者の在り方だ。弱肉強食の時代にただ戻るだけ、行きつく先が絶望の理想郷なだけだ。しくじっても死ぬだけと昔の人は良く言ったもんだ。笑える冗談だ。
嗚咽がようやく止まった。
口元を袖で拭ってトイレを流し、見上げた先の鏡に僕が映っている。
誰だこいつ、本当に僕なのか。
僕であって僕じゃない顔がそこにあった。
思わず右手で頬を触る、鏡の僕も同じ行動をして頬を触った。
間違いなく僕だ、だからこそ余計に違和感を感じたんだ。見慣れたはずの自分の顔が映るはずだったんだ。同時に違和感の正体を知る。
このタイミングで、世界にノイズが走った。
それも今までのノイズとは明らかに違う。一秒にも満たなかった今までのノイズとは異なり、今まで以上に長いノイズが走った。
何故このタイミングなんだ。
今このタイミングで何が変化した。何が未来に影響を与える行動だった、この行動が何故未来に影響を及ぼすと世界は判断した。
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ。
記憶してる今日は何をしていた、特に何か大切なことがあったか。いや、そもそも何が大切で何が大切じゃないのか。何処がトリガーポイントなんだ。
世界は僕に何を期待してるんだ、何をさせようとしてるんだ。
困惑してる僕に、鏡の中の僕が不敵な笑みを零した様に見えた。
笑っているのは僕なのか、それとも僕に似た何か別なモノなのか――もう一度問う。
狂ってしまったのは世界か、それとも僕か。
そしてもう一度、胃酸を便器にぶちまけた。
その日、結局雪は丸一日降り続いた。
慣れない肉体労働で体は悲鳴を上げ、全身筋肉痛だ。
最終的な積雪は五十三センチ、歴代の記録を更新したとテレビでは悲鳴交じりな声をアナウンサーが上げていた。
子供なら喜んで外で遊んでいただろうこの積雪量、スコップ片手に必死に雪掻きをしていた姿はもう子供とは呼ばせない。
三時間置きに、外の様子を見る為窓から身を乗り出しては先程雪掻きした庭と正面道路に積もった積雪に肩を落とした。時々――十年に一度と言われるこの異常気象がもたらした大雪で疲労困憊していた、雪国出身の人はシーズンになると毎年コレをやっているのかと思うだけで尊敬する。心から尊敬する。
向こうでは雪掻きをしなければ死活問題だと聞いたことがあった。今日一日でそれを骨身に感じることが出来た。正直僕にはこれを毎年、それも雪が降る度に作業をしろと言われたら無理だ。
力み過ぎていたことは否定しない。
明日に備えていつでも動けるようにと気合を入れたのは間違ってない、力の入れる方向性を間違えただけだ。
「しんど……明日にはコレ直ってるかな」
齢十八の体、年相応なら明日にはこの痛みも取れて動ける筈だと信じたい。普段の不摂生さが祟っているのか、はたまたただの運動不足か。
いや、その両方か。
激痛に耐えながらゆっくりと体を起こしてノートを開く、明日以降起こる大局的な出来事を纏め始める。
ペンを取っていざ書きだそうとしたとき、ピタッと止まった。
痛みから止まった訳ではない、目の前の状況に混乱して止まった訳じゃない。書くこともある程度決まっていて本当に分かりやすく纏めるだけの作業。
これから書くことが、本当に起きるのか。
そう、純粋に怖くなっていた。
明日から起こる負の連鎖を文字に書き起こすことが既に狂気染みていたんだ。
明日第三次世界大戦がはじまります。日本時間にして十五時頃、アメリカワシントンでは午前一時。深夜に共産党ご自慢の大陸間弾道ミサイルがアメリカ全土へと発射される。対抗措置としてアメリカも防衛と称した核弾頭を躊躇いもなく使います。
明日の主要出来事でコレだ、例え他人に話しても誰もが信じようとはしない。僕だったらこんなこと言われたら「何を言ってるんだこいつ」と目の前の人間を蔑むだろう。それほどの内容だ。それほどの出来事なんだ。
誰の目にも世界終末時計の針はゼロ時を刺したと思うだろうその衝撃、テレビやラジオも情報規制が敷かれて詳細が降りてくるのは翌日の朝方。
日本が巻き込まれた。と、その一報をもたらすのは混乱で情報統制が上手くいかなかった沖縄からの生中継。数発の核弾頭が米軍基地を、沖縄を破壊した映像が公共の電波に乗って世間に知れ渡る。隠しきれなくなった政府は可及的速やかに国家非常事態宣言を流した。
そうアレだ、阪神淡路大震災の時にテレビやラジオから流れたアレに似た奴だ。昔テレビで当時の惨状を振り返る特番で流れてたアレだ。
そこからはもう、悲惨な状況だ――。
記憶が鮮明に蘇ってくる。
そこから始まる惨事が、目に焼き付いた情景が、鼻の奥を刺激した臭いが、あの感触が蘇ってくる。まともな思考回路をしていたら耐えられないあの惨状。
思わず固唾を飲んだ。
誰もが混乱し、誰もが絶望し、誰もが生きる希望を失った運命の日だ。あの現場に僕は――僕達は居たんだ。
泣き叫ぶ子供の声、怒号が響き渡る街中、空襲警報が昼夜問わず僕の耳を劈くんだ。第二次世界大戦時もきっとこうだったんだ。と、誰もが考えたんだ。あの当時を経験した人も再来と泣き叫んでいたんだ、誰もが狂気に染まっていたんだ。
――壊れたのは僕達じゃない。
気が付けばトイレへと駆け込んでいた。
胃の中身をぶちまけて、何もなくなった筈の袋から絶え間なく胃酸が生成され続け、咽頭をほのかに焼きながら舌に苦みを残して逆流していく。
初日を思い出しただけでコレか。
始まりの日を思い出しただけでコレか。
悪夢を思い出しただけでコレかっ!
「フザ……ケルナッ!」
言いたいことは分からなくもない。
自分の口から出た言葉だ、気持ちは良く分かる。それが今の僕にとって全てだ。そう、コレがこの先で待ち構えている未来に対する気持ち全てだ。
分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
その実、本当は何もわかっちゃいなかったんだ、何が未来に宣戦布告するだ。クソッタレが、人を馬鹿にするのも大概にしろ。思い出すだけでも反吐が出るっ!
そうだ戦争だ、コレが人間なんだ。コレこそが僕達地球に住む現在の支配者の在り方だ。弱肉強食の時代にただ戻るだけ、行きつく先が絶望の理想郷なだけだ。しくじっても死ぬだけと昔の人は良く言ったもんだ。笑える冗談だ。
嗚咽がようやく止まった。
口元を袖で拭ってトイレを流し、見上げた先の鏡に僕が映っている。
誰だこいつ、本当に僕なのか。
僕であって僕じゃない顔がそこにあった。
思わず右手で頬を触る、鏡の僕も同じ行動をして頬を触った。
間違いなく僕だ、だからこそ余計に違和感を感じたんだ。見慣れたはずの自分の顔が映るはずだったんだ。同時に違和感の正体を知る。
このタイミングで、世界にノイズが走った。
それも今までのノイズとは明らかに違う。一秒にも満たなかった今までのノイズとは異なり、今まで以上に長いノイズが走った。
何故このタイミングなんだ。
今このタイミングで何が変化した。何が未来に影響を与える行動だった、この行動が何故未来に影響を及ぼすと世界は判断した。
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ。
記憶してる今日は何をしていた、特に何か大切なことがあったか。いや、そもそも何が大切で何が大切じゃないのか。何処がトリガーポイントなんだ。
世界は僕に何を期待してるんだ、何をさせようとしてるんだ。
困惑してる僕に、鏡の中の僕が不敵な笑みを零した様に見えた。
笑っているのは僕なのか、それとも僕に似た何か別なモノなのか――もう一度問う。
狂ってしまったのは世界か、それとも僕か。
そしてもう一度、胃酸を便器にぶちまけた。
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