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電車が空いていたせいもあり、ぼろぼろの俺の傍に近づいてくる乗客は一人もいなかった。
自分の体から、気持ちの悪いオスの匂いがして何度も吐き気がこみあげてくる。
俺はそれと戦いながら、何とか自宅までたどり着いた。
玄関で俺の姿を見た母は、絶句した。
俺はまともに思考も働かず、ぽつりと言った。
「母さん…俺、男の人が好きなんだ」
母がはっとし、次に険しい顔になる。
「あんたのそれ、好きな人にやられたの?」
俺はその言葉に顔を歪めた。
「違う。好きな人なんかじゃない」
そうだ。俺の初体験は好きでもない男たちに無理やり奪われた。そしてきっとそれは好きな人が望んだことだったんだ。
俺はその場で蹲り、泣きじゃくった。
玄関に裸足で降りた母が、俺の背中に覆いかぶり、抱きしめる。
「分かった。分かったから。もう何も言わなくていい」
俺はそんな母の優しさに包まれ、狂ったように声を上げて泣いた。
それから母に手伝ってもらって俺は風呂に入った。
できれば一人で入浴したかったが、とてもそんなことのできる状態じゃなかった。
表情を変えずにてきぱきと母が助けてくれたのがせめてもの救いだった。
風呂から上がると、俺の部屋に布団が二つ敷いてあった。
「今日はお母さんも一緒に寝ていい?」
俺がこくりと頷くと、母はようやく少しだけ笑顔を見せた。
部屋の灯りが豆電球だけになると、もう駄目だった。
先ほど起こったことが、映像で俺の脳裏にどんどん流れてくる。
叫び声を上げそうになり、俺は慌てて自分の手首を強く噛んだ。
そんな俺の反対の手を母が柔らかく握った。
「春。ごめんね」
俺はその言葉に驚き、母の方に顔を向けた。
「私があの時、あんたのことどうやっても止めていたら、あんたは傷つかないで済んだのに。本当にごめん」
母はそう言いながら、自分の頬に流れた涙を何度も乱暴に拭っていた。
「母さん。悪いのは俺だから…」
俺はそこで今日起こったことを洗いざらい母に話した。
もう自分一人で抱え込んでいるのは限界だった。
全て聞いた母はほうっと長い息を吐く。
「春。明日町の病院に行こう。そしてHIVの検査予約してこよう」
俺はその言葉に身を固くした。
「嫌かもしれないけど、そういうことだけはちゃんとしておこう。あの病院には母さんの知り合いの看護婦がいるから、心配しなくていい。どんな検査を受けに来たかなんて絶対に周りにばれないようにしてもらうから」
そう言われて、俺の肩から少しだけ力が抜ける。
「それと、あんたは何にも悪くないんだからね。堂々としていなさい」
母はそこまで言うと、また涙を手の甲で拭った。
「ごめん。お母さん、もっと強くなるから。あんたのことちゃんと守れるように」
「うん」
俺も少し涙ぐみながら、母親と繋いだ手に力をこめた。
明け方ようやくうとうとし始めた俺の耳に「ごめんね。徹くん」と父を呼ぶ母の声が聞こえた。
自分の体から、気持ちの悪いオスの匂いがして何度も吐き気がこみあげてくる。
俺はそれと戦いながら、何とか自宅までたどり着いた。
玄関で俺の姿を見た母は、絶句した。
俺はまともに思考も働かず、ぽつりと言った。
「母さん…俺、男の人が好きなんだ」
母がはっとし、次に険しい顔になる。
「あんたのそれ、好きな人にやられたの?」
俺はその言葉に顔を歪めた。
「違う。好きな人なんかじゃない」
そうだ。俺の初体験は好きでもない男たちに無理やり奪われた。そしてきっとそれは好きな人が望んだことだったんだ。
俺はその場で蹲り、泣きじゃくった。
玄関に裸足で降りた母が、俺の背中に覆いかぶり、抱きしめる。
「分かった。分かったから。もう何も言わなくていい」
俺はそんな母の優しさに包まれ、狂ったように声を上げて泣いた。
それから母に手伝ってもらって俺は風呂に入った。
できれば一人で入浴したかったが、とてもそんなことのできる状態じゃなかった。
表情を変えずにてきぱきと母が助けてくれたのがせめてもの救いだった。
風呂から上がると、俺の部屋に布団が二つ敷いてあった。
「今日はお母さんも一緒に寝ていい?」
俺がこくりと頷くと、母はようやく少しだけ笑顔を見せた。
部屋の灯りが豆電球だけになると、もう駄目だった。
先ほど起こったことが、映像で俺の脳裏にどんどん流れてくる。
叫び声を上げそうになり、俺は慌てて自分の手首を強く噛んだ。
そんな俺の反対の手を母が柔らかく握った。
「春。ごめんね」
俺はその言葉に驚き、母の方に顔を向けた。
「私があの時、あんたのことどうやっても止めていたら、あんたは傷つかないで済んだのに。本当にごめん」
母はそう言いながら、自分の頬に流れた涙を何度も乱暴に拭っていた。
「母さん。悪いのは俺だから…」
俺はそこで今日起こったことを洗いざらい母に話した。
もう自分一人で抱え込んでいるのは限界だった。
全て聞いた母はほうっと長い息を吐く。
「春。明日町の病院に行こう。そしてHIVの検査予約してこよう」
俺はその言葉に身を固くした。
「嫌かもしれないけど、そういうことだけはちゃんとしておこう。あの病院には母さんの知り合いの看護婦がいるから、心配しなくていい。どんな検査を受けに来たかなんて絶対に周りにばれないようにしてもらうから」
そう言われて、俺の肩から少しだけ力が抜ける。
「それと、あんたは何にも悪くないんだからね。堂々としていなさい」
母はそこまで言うと、また涙を手の甲で拭った。
「ごめん。お母さん、もっと強くなるから。あんたのことちゃんと守れるように」
「うん」
俺も少し涙ぐみながら、母親と繋いだ手に力をこめた。
明け方ようやくうとうとし始めた俺の耳に「ごめんね。徹くん」と父を呼ぶ母の声が聞こえた。
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