春に落ちる恋

彼に出会う前の彼の話3

　次の日から俺に対するいじめが始まった。
　俺を分かりやすくばい菌扱いして、机の中に入れておいた教科書やノートはすべて水浸しにされた。
　担任にいじめのことを訴えても「それはきっと京極君がクラスのみんなに心の扉を開いてないからじゃないかな？」と的外れな助言をされて、なにもしてもらえなかった。
　負けず嫌いの俺は、両親にいじめられているなんて口が裂けても言えなかった。
　あと一年の辛抱。
　俺はこんな奴らと同じ中学なんぞ絶対に進学するもんかと勉強に打ち込み、近所の有名な中高一貫の男子校に見事合格した。

　卒業式の日。
　机の中に一通の手紙が入っていた。
「式の後、誰にも言わず、校舎裏に来てください」
　文末にはハートマークのシールが貼られていた。
　これはもしかしてラブレターというやつか。
　大人ぶっていても、まだ思考が単純だった俺は初めての経験に素直に胸を高鳴らせた。

　言われた通り、卒業式の後校舎裏に行くと、一人の女の子が立っていた。
　クラス委員の高倉　千雪(タカクラ　チユキ)。
　彼女は俺がいじめられ始めても、止めはしてくれなかったが、積極的にいじめに加わろうともしなかった。腰までのストレートの黒髪、小綺麗な顔立ち。彼女も地元の公立中学ではなく、難関のS女子中等部に進学を決めているらしい。

　風がさあっと吹き、彼女の髪を舞い上がらせ、桜の花を散らせた。
　俺はごくりとつばを飲み込んだ。
「手紙くれたの高倉？」
「うん。どうしても伝えたくて……。私、京極君のことが好きなんだけど、付き合ってくれないかな？」
　俺は言われたとたんに顔が真っ赤になった。
　あんなばい菌扱いされ、暴力を振るわれていた俺に高倉が好意を寄せていたなんて。
　俺は嬉しすぎて、口元に浮かぶ笑みをごまかすのに必死だった。

「あっ、うん。よろしく」
　俺はそんな短い返答にさえ、緊張のあまり声を裏返させた。