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週が明けてからすぐに、俺は辞表を出した。
将仁さんに会社を辞めるつもりだと伝えると、俺に無理に合わせる必要はない。せっかくここまで頑張ってきたんだ。もっと考えてみたほうがいいんじゃないかと神妙な顔で言われたが、俺の決意は固かった。
支店長もせっかく成績もいいのにと何度も俺を引き留めてくれた。気持ちはありがたかったが、俺はもう将仁さんの傍を離れるつもりはなかった。
「あーあ。京極さんに続いて野々原君まで辞めちゃうなんて。寂しくなるな」
昼休みの支店で、俺が辞めるまでまだ半月はあるというのに、木曽さんは瞳を潤ませながらそう言った。
「すみません。でもこっちに友達もいるし、ちょくちょく遊びに来るつもりなので、そのときは連絡しますね」
俺はぺこりと頭を下げながらそう言った。俺が突然辞めることになったせいで、木曽さんや神谷さんには業務の引継ぎ等で多大な迷惑をかけているのに、二人とも一度も俺に文句を言ったりはしないのが、有り難かった。
「実家に帰るんですって?」
神谷さんが静かに聞いた。
「はい。まだ次の仕事も決まってないんですけど、実家の近くに引っ越そうと思ってます」
俺は苦笑しながら、頭をかいた。
将仁さんも俺も無職で、実家近くで働ける場所なんて限られている。とても笑えるような状況ではないのに、俺の気持ちは明るかった。
「でも…良かったのかもね。最近の野々原君なんか落ちこんでる様子だったから心配してたけど、今は元気そうだもん」
木曽さんの言葉に俺は「ご心配おかけしました」と言った。
木曽さんは首を振ると、笑顔で言った。
「野々原君の送別会は盛大にやるつもりだから、感動するスピーチよろしくね」
木曽さんが席に戻ると、神谷さんが急に体を寄せてきた。
「京極さんも一緒なの?」
「えっ」
そう突然囁かれて、俺は否定するのも忘れ、固まってしまった。
「私ね、おっちょこちょいだから、よくスマホを会社に忘れて帰ちゃったことがあったの。ある晩、慌てて取りに戻ったらずいぶん遅い時間なのに支店に電気が点いていて、まだ京極さん残ってるのかなと思って部屋の中を覗いたら…」
神谷さんはそこまで言うと口に手を当てて「うふふ」と笑った。
「誰もいないからって、支店内であんなことしちゃだめよ」
神谷さんはにっこり頬笑むと、自席に着いた。
俺もふらふらとなりながら席に着いて、パソコンのキーボードに両手を乗せたが、先ほどの神谷さんの言葉が頭から離れず、資料作りは捗らなかった。
えっ、俺、将仁さんと支店でどこまでしたことあったっけ。キスは普通にしてたよな。最後まではしてな…ダメだ。一回残業が続いてて、お互いすげえ疲れてんのに妙にムラムラきちゃって、トイレで…。神聖な職場で、俺はなんてことをっ。最低だ。まさか神谷さんあの日に。いや、いや、まさかそれはないだろ。
「野々原君」
混乱する俺の頭上から声がかかった。見上げると神谷さんがいつの間にか隣に立っていて、持っていた書類の束を俺の机に置いた。
「手が止まっているわよ。あと半月しかないんだから、引継ぎ頑張らなくっちゃね」
神谷さんは俺の肩をぽんと叩いて去っていった。
俺はそのかっこいい背中を見ながら、あの人には勝てそうもないとため息をついた。
そうして俺は無事に会社を退職し、夏がきて、秋になり、冬を迎え、また春になった。
その間、俺の隣にはずっと将仁さんがいた。
将仁さんに会社を辞めるつもりだと伝えると、俺に無理に合わせる必要はない。せっかくここまで頑張ってきたんだ。もっと考えてみたほうがいいんじゃないかと神妙な顔で言われたが、俺の決意は固かった。
支店長もせっかく成績もいいのにと何度も俺を引き留めてくれた。気持ちはありがたかったが、俺はもう将仁さんの傍を離れるつもりはなかった。
「あーあ。京極さんに続いて野々原君まで辞めちゃうなんて。寂しくなるな」
昼休みの支店で、俺が辞めるまでまだ半月はあるというのに、木曽さんは瞳を潤ませながらそう言った。
「すみません。でもこっちに友達もいるし、ちょくちょく遊びに来るつもりなので、そのときは連絡しますね」
俺はぺこりと頭を下げながらそう言った。俺が突然辞めることになったせいで、木曽さんや神谷さんには業務の引継ぎ等で多大な迷惑をかけているのに、二人とも一度も俺に文句を言ったりはしないのが、有り難かった。
「実家に帰るんですって?」
神谷さんが静かに聞いた。
「はい。まだ次の仕事も決まってないんですけど、実家の近くに引っ越そうと思ってます」
俺は苦笑しながら、頭をかいた。
将仁さんも俺も無職で、実家近くで働ける場所なんて限られている。とても笑えるような状況ではないのに、俺の気持ちは明るかった。
「でも…良かったのかもね。最近の野々原君なんか落ちこんでる様子だったから心配してたけど、今は元気そうだもん」
木曽さんの言葉に俺は「ご心配おかけしました」と言った。
木曽さんは首を振ると、笑顔で言った。
「野々原君の送別会は盛大にやるつもりだから、感動するスピーチよろしくね」
木曽さんが席に戻ると、神谷さんが急に体を寄せてきた。
「京極さんも一緒なの?」
「えっ」
そう突然囁かれて、俺は否定するのも忘れ、固まってしまった。
「私ね、おっちょこちょいだから、よくスマホを会社に忘れて帰ちゃったことがあったの。ある晩、慌てて取りに戻ったらずいぶん遅い時間なのに支店に電気が点いていて、まだ京極さん残ってるのかなと思って部屋の中を覗いたら…」
神谷さんはそこまで言うと口に手を当てて「うふふ」と笑った。
「誰もいないからって、支店内であんなことしちゃだめよ」
神谷さんはにっこり頬笑むと、自席に着いた。
俺もふらふらとなりながら席に着いて、パソコンのキーボードに両手を乗せたが、先ほどの神谷さんの言葉が頭から離れず、資料作りは捗らなかった。
えっ、俺、将仁さんと支店でどこまでしたことあったっけ。キスは普通にしてたよな。最後まではしてな…ダメだ。一回残業が続いてて、お互いすげえ疲れてんのに妙にムラムラきちゃって、トイレで…。神聖な職場で、俺はなんてことをっ。最低だ。まさか神谷さんあの日に。いや、いや、まさかそれはないだろ。
「野々原君」
混乱する俺の頭上から声がかかった。見上げると神谷さんがいつの間にか隣に立っていて、持っていた書類の束を俺の机に置いた。
「手が止まっているわよ。あと半月しかないんだから、引継ぎ頑張らなくっちゃね」
神谷さんは俺の肩をぽんと叩いて去っていった。
俺はそのかっこいい背中を見ながら、あの人には勝てそうもないとため息をついた。
そうして俺は無事に会社を退職し、夏がきて、秋になり、冬を迎え、また春になった。
その間、俺の隣にはずっと将仁さんがいた。
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