春に落ちる恋

まめ太郎

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 少し経って喫茶店の扉が開き、全身黒ずくめで青いマフラーをした真司さんが姿を見せた。真美ちゃんの編んだマフラーを見て俺の口角が自然と上がる。
 アメリカンを注文した真司さんが俺の前に座った。
「悪い。遅れた」
「10分くらいだよ。平気」
 届いたコーヒーに口を付けると、ようやく真司さんが肩の力を抜いた気がした。

「でも良かったよ。お前の方は元気そうで」
 真司さんにそう言われて、俺は頷いたものの、言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ねえ、俺の方って……」
「二週間くらい前、京極に会った」
 なんでもないことのように真司さんはそう告げた。
「えっ、会ったってなんで?偶然?」
「いや、真美が持っていたお前の名刺で会社名は知っていたし…京極のこと本社勤務って言ってただろ?ネットで検索して、会いに行った」
「なっ、なんでそんなこと…、酷いっ」
 俺は怒りで全身が震えた。反射的に手に持っていたカップの中身をかけようとしたが、中はほとんど空だった。
 立ち上がって、俺は真司さんを思いきり睨んだ。しかし将仁さんとどんな話をしたのか気になり、立ち去るような真似はできなかった。
 俺は気持ちを落ち着けるためぐっと両手を握り締め、座り直すと、浅い息を何度も吐いた。

「勝手なことをしたのは謝るが、間違ったことをしたとは思っていない。あいつ俺に会わなきゃ、もしかしたら死んじまってたかもしれねえからな」
 死という言葉に俺はぎくりと体を強ばらせた。
「どういう意味?」
 真司さんはコーヒーを一口飲むと淡々と語り始めた。
「本社の受付に行ってあいつを呼び出してもらうことも考えたんだが、あいつにしちゃ俺なんかに会いたくはないだろうし、応じるかが分からなかった。それにその時はあいつに会うのが本当に正しいことなのか俺もまだ決めかねていた。そうやって悩みながら本社の前をうろついてたら、ふいにあいつが現れたんだ。ただ目の前を通ってもあいつは俺に気付きやしなかった。俺も至近距離で見ても本当にあいつかどうか判断ができなかった」
 俺は真司さんの言葉に首を傾げた。
「真司さんってそんなに視力悪いの?それに将仁さんもさすがにそんなにじろじろ見られていたら気付いたと思うけど」
 俺の言葉に真司さんが苦笑する。
「俺があいつ本人か自信が持てなかったのは、京極がお前の部屋で会った時とかなり様子が変わっていたせいだ。頬はやつれているし、目は血走って髪はぼさぼさ。一応よれよれでもスーツは着ていたが、酒の匂いが体中からしたぜ。たぶん風呂もまともに入ってなかったんじゃねえかな」
 真司さんの口から語られた将仁さんの変化に俺は言葉を失った。俺の知っている将仁さんは酒の匂いをさせて出社したことなど一度もなかった。
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