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「春。ここまで俺に会うために来てくれたんだろ?」
将仁さんの囁くような声が耳元で聞こえた。俺は暴れるのをやめ、黙ってこっくりと頷いた。
「ありがとな。すげえ嬉しいよ。…せっかく来てくれたのに、すぐに時間を取れなくて本当にごめん。今日はなるべく早く帰るから、俺の部屋で待っていてくれないか?」
「うん。分かった」
将仁さんは俺の体を腕の中で反転させると、額に唇を落とした。
「ちゃんとしたキスは今夜な」
笑顔でそんなことを言う。
将仁さんは俺に大きく手を振って、グループに戻っていった。
俺も手を振り返しながら、ため息をついた。他のメンバーと談笑しながら去って行く将仁さんがどこか遠い存在に思えた。
ファミレスで夕飯を済ませ、将仁さんの部屋の鍵を開けると、玄関に見慣れぬ黒のハイヒールが置いてあった。
将仁さんの身内の方が来ているのだとしたら、ここで会うのは非常にまずい。そう判断したが、俺が出ようとするより早く「帰ったの?」という女性の声が居間から聞こえた。
俺は覚悟を決め、玄関で靴を脱いだ。頭の中で言い訳を考えながら、恐る恐る居間に向かう。そこで黒のミニスカートにラベンダー色のシャツを着た女性がこちらに背を向けて立っていた。
「あの…京極さんのお知合いですか?」
俺が声をかけると、女性は振り返って、目を見開いた。
黒いストーレートの髪は肩辺りまで伸び、こちらを見る大きな瞳からは意志の強さを感じた。
かなりの美人と言っていいだろう。
「あなた誰?ここは京極将仁の部屋でしょ?」
女性は俺の質問に質問で返すと、腰に手を当て、目を眇め、こちらを見ながら言った。
「俺は京極さんの部下で」
「仕事上の部下が合鍵まで持って、部屋にまで訪ねて来るっていうの?」
噛みつくように女性が言った。
俺が驚いて答えられずにいると、女性はシニカルな笑みを浮かべた。
「まあ、いいわ。日本じゃみんなワーカーホリックで、家にまで仕事を持ち帰るっていうしね。どうみても貴方、泥棒には見えないし。それにしても将仁はいつ帰ってくるのかしら?」
女性はソファに座ると、足を優雅に組んだ。
「あなた名前は?」
「えっと、野々原春です」
「春。よろしくね」
女性は立ち上がると、俺に握手を求めた。
「私は久世陽子。将仁の婚約者よ」
俺はがあんと頭を殴られたようなショックを覚えながら、強ばった笑みを浮かべ、久世さんに握られた手を強く握り返すことしかできなかった。
将仁さんの囁くような声が耳元で聞こえた。俺は暴れるのをやめ、黙ってこっくりと頷いた。
「ありがとな。すげえ嬉しいよ。…せっかく来てくれたのに、すぐに時間を取れなくて本当にごめん。今日はなるべく早く帰るから、俺の部屋で待っていてくれないか?」
「うん。分かった」
将仁さんは俺の体を腕の中で反転させると、額に唇を落とした。
「ちゃんとしたキスは今夜な」
笑顔でそんなことを言う。
将仁さんは俺に大きく手を振って、グループに戻っていった。
俺も手を振り返しながら、ため息をついた。他のメンバーと談笑しながら去って行く将仁さんがどこか遠い存在に思えた。
ファミレスで夕飯を済ませ、将仁さんの部屋の鍵を開けると、玄関に見慣れぬ黒のハイヒールが置いてあった。
将仁さんの身内の方が来ているのだとしたら、ここで会うのは非常にまずい。そう判断したが、俺が出ようとするより早く「帰ったの?」という女性の声が居間から聞こえた。
俺は覚悟を決め、玄関で靴を脱いだ。頭の中で言い訳を考えながら、恐る恐る居間に向かう。そこで黒のミニスカートにラベンダー色のシャツを着た女性がこちらに背を向けて立っていた。
「あの…京極さんのお知合いですか?」
俺が声をかけると、女性は振り返って、目を見開いた。
黒いストーレートの髪は肩辺りまで伸び、こちらを見る大きな瞳からは意志の強さを感じた。
かなりの美人と言っていいだろう。
「あなた誰?ここは京極将仁の部屋でしょ?」
女性は俺の質問に質問で返すと、腰に手を当て、目を眇め、こちらを見ながら言った。
「俺は京極さんの部下で」
「仕事上の部下が合鍵まで持って、部屋にまで訪ねて来るっていうの?」
噛みつくように女性が言った。
俺が驚いて答えられずにいると、女性はシニカルな笑みを浮かべた。
「まあ、いいわ。日本じゃみんなワーカーホリックで、家にまで仕事を持ち帰るっていうしね。どうみても貴方、泥棒には見えないし。それにしても将仁はいつ帰ってくるのかしら?」
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「あなた名前は?」
「えっと、野々原春です」
「春。よろしくね」
女性は立ち上がると、俺に握手を求めた。
「私は久世陽子。将仁の婚約者よ」
俺はがあんと頭を殴られたようなショックを覚えながら、強ばった笑みを浮かべ、久世さんに握られた手を強く握り返すことしかできなかった。
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