楽園の在処

まめ太郎

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「ムカついててもさ、美味い飯食って、腹一杯になると、まあ、いっかって気持ちになんだよ」
「分かるよ。お腹空いてる時って怒りっぽくなるしね。それ以上に腹減ると、怒る元気もなくなるけどさ」
「ははっ。そうだな」
 俺達は子供の頃、常に腹を減らしていた時期があった。
 お互いその時の気持ちを思い出したのだろう。しんみりとした沈黙が落ちる。

「海が頑張っているから、俺もやってみようかなって」
 ふいに硝がそう言って、俺の上からどいた。
 きっちり枕元に正座している。
 これはホストクラブで働きたいと言いだした時に見た光景だと、俺も体を起こした。
「実はホストやってた時のお客さんで、油絵の画家がいたんだ。けっこう有名な人みたいで、俺に絵のモデルやってほしいってずっと言われてたんだけど、ホストの仕事始めたばっかりだし、断ってた。でも、今なら時間あるし、連絡取ってみようかなって思ってる」
「大丈夫な奴なのかよ?」
 俺の質問に答える代わりに、硝がスマホの画面を突きつける。
「この人」
 画面には、長い髪を垂らした50代くらいの女が写っていた。
 画家の紹介ページらしく津軽波子という名前の彼女は、日本とフランスの大学を卒業した油絵画家で、輝かし受賞歴がずらずらっと書かれていた。今もっとも有名な日本人画家の一人であると文章は締めくくられていた。
 彼女の代表作の写真も記載されていて、芸術なんて全く分からない俺ですら、その絵には見覚えがあった。
 それを硝に伝えると、「テレビのCМに使われているみたい」との返答だった。
「まあ、ちゃんとしてるおばさんみたいだし。やってみれば?」
 俺がそう言うと、硝は何度も頷き「頑張る」と繰り返していた。

 硝はそれからすぐに連絡を取ったようで、週三日、昼の間、その画家の家に通い、モデルを務めることになった。
 なんと月に20万、絵が書き終わったらまた別に50万支払うという破格の対応だった。
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