哀しい愛

まめ太郎

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 俯いていた俺の顎が、長い指先にふいに持ち上げられた。息を飲んだ瞬間、唇を重ねられた。
 心臓が暴れだし、体が歓喜に打ち震える。
「これで、分かった?」
 顔を離した小糸が俺に問う。
 俺は口を両手で押さえると、こくこくと頷いた。
「ファーストキス」
 呟く俺をぎょっとした目で、小糸が見る。
「じょ、冗談だよ。俺だってキスくらいしたことあるって。もう平気だから、先に帰ってよ」
 小糸がちらちらと振り返りながら出て行く。
 俺は小糸の姿が視界から消えると、硬いマットに背中から倒れこんだ。
 両手を天井に翳し、大きく息を吐く。
「初めて小糸がキスしてくれた」
 俺はニマニマと笑いながらマットの上を転げまわった。
 付き合いはじめてから数か月、俺達はまだキスはしていなかった。
 体だけは重ねるのに、頑なにキスはしない小糸に俺はずっと不満があった。本命の彼女が別にいるんじゃないかと考えて、疑心暗鬼になったこともあった。
 だからつい聞いてしまった。俺のことが本当に好きなのかと。
 その答えがキスだなんて、やっぱり小糸はかっこいい。
 かっこよすぎる。
 散々酷使された腰が悲鳴を上げるのも構わず、俺はそこで派手に転げまわった。

 その日、夕食の席には珍しく父親がいた。
 食事が始まる前からウイスキーを飲んでいて、目の前のボトルが底をつくと、次子さんに言って新しいボトルを持って来させていた。
 すでに泥酔しているらしく、父の吐く息は酒の匂いに染まり、呂律が回っていなかった。
「今日はやけに帰りが遅かったじゃないか」
 父が俺の成績以外のことに興味を示すのは珍しかった。
「図書館で勉強をしていたので」
 目を伏せそう答えると、父が鼻を鳴らした。
「勉強も大事だが、閉じこもってばかりじゃだめだ。人脈作りは高校のうちからしておけ。確か本条君と言ったかな。彼はТ建設の役員の息子だろ?またうちに遊びに来るように言いなさい」
「分かりました」
 俺が素直に頷くと父は満足したようにテレビに目を向けた。
「なんだ、この番組は。おい、リモコンは何処だ」
 テレビにはバラエティーに引っ張りだこの女装したコメンテーターが映っていた。
「こういう輩は全員集めて去勢しちまえばいいんだ。同性が好きだなんて、よくもまあテレビで言えるもんだ。畜生以下じゃないか」
 父の言葉に俺は竦みあがった。
「貴雄も女みたいな顔をしてるが、心まで女々しくなっちまったら俺は許さんからな。まあ、俺の息子は間違ってもそんなことにはならないと思うが」
 俺は黙って俯いていた。
 先ほどまで俺が小糸としていた行為を知ったら、父がどんな行動に出るか、予想もつかなかった。
 そんなことを考え、恐怖に身を固くしていたら、話への相槌が遅れた。
 父が怒鳴り、目の前にあったグラスを掴んだ。
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