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第四話
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河合あんずは「咲良」と呼んだ。咲良は聞き間違いだったのではないかと思い、聞き返す。
「ごめん、今なんて言ったの?」
「『頑張ったね、咲良』って言ったんだよ」
(聞き間違いじゃ、ない?)
そこで、様子を見守っていた遙香が割って入った。
「確かに姉妹だから似てるけど、この子はすみれだよ。いくらクラスメイトでも、すみれを傷つけるようなこと言うと、怒るよ?」
彼女はいつになく真剣な表情だった。しかし、あんずは動じない。むしろ、おどけた顔で向き合った。
「ねぇ、遙香。中学の頃から友達だったのに、気づかなかったの? それこそ傷ついちゃうな、私」
「ごめん、言ってることがよく分かんない。河合さんとは高校から知り合ったはずだけど」
遙香は不審な顔をした。
「それはこの体のことでしょ?」
「全然、分からない」
険悪な雰囲気になる遙香とあんず。咲良は本当はあんずに聞きたいことが山ほどあったが、聞き出せる状況ではない。
一分ほどたっただろうか、突然すみれが笑い出した。
「あはははははは!」
遙香はますます怪訝な表情をする。
「何で、笑ってるの?」
あんずは腹を抱えながら答える。
「だって……おかしいじゃない! あははっ」
あんずは涙の浮かんだ目尻をこすった。
「入れ物が違うだけで、全く別のものだって考えちゃうんだもの! 人間ってやっぱおかしいよ!」
(……この感じ)
咲良にはこの何を考えているのか分からないような言い方に既視感を覚えた。
―どこかで……いや。
身近に、思い当たる人物がいた。
(でも、ちょっと性格が違うし、そんなはずは……)
悩んでいるうちに、疑問が声に出ていた。
「お姉、ちゃん?」
自分でも突拍子のないことだと分かっていた。遙香だってポカンとしている。しかし、考えてみれば自分がこの半年以上の間置かれている状況が、すでにとんでもなくおかしい。
でも、あんずの驚いた顔で急に恥ずかしくなった。やっぱり、自分の勘違いだったようだ。
「ごめん、私変なこと言―」
「正解」
「え?」
「正解だよ、咲良」
あんずから予想に反した答えが返ってきて、咲良は逆に事実が飲み込めなかった。
「よく、分かったね」
咲良は呆然とした。
「人間には分かるはずないと思ったんだけど、やっぱり混ざったせいなのかな」
一人で考え込むあんずに、置いてけぼりの遙香がストップをかけた。
「ちょっと待って、どういうこと? さっきら言ってることが一つも分からないんだけど! すみれにはお姉さんなんていないはずだよ!」
あんずはあまり興味がなさそうに遙香を見た。
「純麗に姉なんていないよ」
「じゃあ!」
「私が純麗なんだもん」
遙香は頭を抱える。
「じゃあ、ここにいるのは誰なの……」
「だから、さっき言ったじゃん。咲良だって」
「もう……訳が分からないよ…………」
バタン。
「遙香!」
遙香が地面に倒れた音だった。咲良は急いで彼女を支える。
「ありゃりゃ……」
「どうしよう……救急車呼ばなきゃっ」
あんずは焦る咲良を押しとどめた。
「大丈夫、貧血みたいだからすぐそこの公園のベンチで寝かしとけばいいよ。私も手伝うからさ」
咲良とあんずは遙香を抱えて公園のベンチに寝かせた。
「起きたら家まで送ってやってよ。一応、私の友達だったから」
どこか他人行儀に言うあんず。
「うん、分かったけど」
「じゃあ、私はそろそろ行くね」
「え」
「いろいろ答えてあげたいけど私が本体だってばれたらまずいんだよね。その前にここを去らなきゃ。あ、学校でもあんまり話しかけないでね。じゃ、そういうことで」
「あっ、待って!」
一瞬、追いかけようとした咲良だが、遙香を放っておくことはできない。そのまま走っていくあんずを見送った。
(本当は倒れたいのは私だよ……)
咲良自身も混乱していた。頭の容量をとっくに超えていたから、いろいろなものを頭の外に追いやっていただけなのだ。
目が覚めた遙香とは、ほとんど言葉を交わさなかった。ただ、彼女は一言だけこう言った。
「ごめん、今は何も考えたくない」
(そういえば、遙香にとってお姉ちゃんは友達なんだよね)
咲良は今さらながらに気づいたが、姉と遙香は親友だ。それがこういう状況にもなれば、心中穏やかじゃないだろう。親友だと思っていたものが、実は違う人物だったのかもしれないのだから。
遙香を家に送ったあと、咲良は自室で今までの出来事を思い返していた。
――何度も襲われて、河合さんに助けられて、河合さんは実はお姉ちゃんで……。お姉ちゃんは私の体が死んだときに入れ替わって、一緒にいなくなったんじゃなかったの? それから、学校で襲われたときに助けてくれた遙香は?
分からないことだらけだった。
(河合さんも次に会ったら、何も覚えていないのかな?)
考え事をしていると、疲れからか、まぶたが重くなってきた。
(また、何も分からないままなのかな……お姉……ちゃ……)
咲良の意識は夢の中に溶けていった。
「ごめん、今なんて言ったの?」
「『頑張ったね、咲良』って言ったんだよ」
(聞き間違いじゃ、ない?)
そこで、様子を見守っていた遙香が割って入った。
「確かに姉妹だから似てるけど、この子はすみれだよ。いくらクラスメイトでも、すみれを傷つけるようなこと言うと、怒るよ?」
彼女はいつになく真剣な表情だった。しかし、あんずは動じない。むしろ、おどけた顔で向き合った。
「ねぇ、遙香。中学の頃から友達だったのに、気づかなかったの? それこそ傷ついちゃうな、私」
「ごめん、言ってることがよく分かんない。河合さんとは高校から知り合ったはずだけど」
遙香は不審な顔をした。
「それはこの体のことでしょ?」
「全然、分からない」
険悪な雰囲気になる遙香とあんず。咲良は本当はあんずに聞きたいことが山ほどあったが、聞き出せる状況ではない。
一分ほどたっただろうか、突然すみれが笑い出した。
「あはははははは!」
遙香はますます怪訝な表情をする。
「何で、笑ってるの?」
あんずは腹を抱えながら答える。
「だって……おかしいじゃない! あははっ」
あんずは涙の浮かんだ目尻をこすった。
「入れ物が違うだけで、全く別のものだって考えちゃうんだもの! 人間ってやっぱおかしいよ!」
(……この感じ)
咲良にはこの何を考えているのか分からないような言い方に既視感を覚えた。
―どこかで……いや。
身近に、思い当たる人物がいた。
(でも、ちょっと性格が違うし、そんなはずは……)
悩んでいるうちに、疑問が声に出ていた。
「お姉、ちゃん?」
自分でも突拍子のないことだと分かっていた。遙香だってポカンとしている。しかし、考えてみれば自分がこの半年以上の間置かれている状況が、すでにとんでもなくおかしい。
でも、あんずの驚いた顔で急に恥ずかしくなった。やっぱり、自分の勘違いだったようだ。
「ごめん、私変なこと言―」
「正解」
「え?」
「正解だよ、咲良」
あんずから予想に反した答えが返ってきて、咲良は逆に事実が飲み込めなかった。
「よく、分かったね」
咲良は呆然とした。
「人間には分かるはずないと思ったんだけど、やっぱり混ざったせいなのかな」
一人で考え込むあんずに、置いてけぼりの遙香がストップをかけた。
「ちょっと待って、どういうこと? さっきら言ってることが一つも分からないんだけど! すみれにはお姉さんなんていないはずだよ!」
あんずはあまり興味がなさそうに遙香を見た。
「純麗に姉なんていないよ」
「じゃあ!」
「私が純麗なんだもん」
遙香は頭を抱える。
「じゃあ、ここにいるのは誰なの……」
「だから、さっき言ったじゃん。咲良だって」
「もう……訳が分からないよ…………」
バタン。
「遙香!」
遙香が地面に倒れた音だった。咲良は急いで彼女を支える。
「ありゃりゃ……」
「どうしよう……救急車呼ばなきゃっ」
あんずは焦る咲良を押しとどめた。
「大丈夫、貧血みたいだからすぐそこの公園のベンチで寝かしとけばいいよ。私も手伝うからさ」
咲良とあんずは遙香を抱えて公園のベンチに寝かせた。
「起きたら家まで送ってやってよ。一応、私の友達だったから」
どこか他人行儀に言うあんず。
「うん、分かったけど」
「じゃあ、私はそろそろ行くね」
「え」
「いろいろ答えてあげたいけど私が本体だってばれたらまずいんだよね。その前にここを去らなきゃ。あ、学校でもあんまり話しかけないでね。じゃ、そういうことで」
「あっ、待って!」
一瞬、追いかけようとした咲良だが、遙香を放っておくことはできない。そのまま走っていくあんずを見送った。
(本当は倒れたいのは私だよ……)
咲良自身も混乱していた。頭の容量をとっくに超えていたから、いろいろなものを頭の外に追いやっていただけなのだ。
目が覚めた遙香とは、ほとんど言葉を交わさなかった。ただ、彼女は一言だけこう言った。
「ごめん、今は何も考えたくない」
(そういえば、遙香にとってお姉ちゃんは友達なんだよね)
咲良は今さらながらに気づいたが、姉と遙香は親友だ。それがこういう状況にもなれば、心中穏やかじゃないだろう。親友だと思っていたものが、実は違う人物だったのかもしれないのだから。
遙香を家に送ったあと、咲良は自室で今までの出来事を思い返していた。
――何度も襲われて、河合さんに助けられて、河合さんは実はお姉ちゃんで……。お姉ちゃんは私の体が死んだときに入れ替わって、一緒にいなくなったんじゃなかったの? それから、学校で襲われたときに助けてくれた遙香は?
分からないことだらけだった。
(河合さんも次に会ったら、何も覚えていないのかな?)
考え事をしていると、疲れからか、まぶたが重くなってきた。
(また、何も分からないままなのかな……お姉……ちゃ……)
咲良の意識は夢の中に溶けていった。
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