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第二十五話

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「お姉ちゃん大丈夫かな……」
 咲良は心配そうに呟いた。
「純麗お姉ちゃんは大丈夫だよ。ただでやられるような性格じゃないし」
 朱音が笑顔で答える。
 しかし、彼女の内で、それを否定する者がいた。
『嘘』
 それは凛だった。
(嘘? 何が?)
『朱音は純麗が助かるなんて思ってない』
(こういうとき、体を共有してるって不便だね)
 全部ではないが、同じ体を使っている二人は気持ちが伝わってしまうことがある。
『純麗を助けなくちゃ』
(それは……できないよ)
『何で?』
(全員が助かる確率はとても低いから。私は、純麗お姉ちゃんの思いを汲むことしかできないんだよ)
『そんなの……やだ』
(ごめんね、凛)
 朱音が凛に謝ったのには理由がある。純麗を助けられないからではない。今、凛の体の主導権を握っているのは朱音だ。だから、いくら凛が望んでも、彼女の思いが実を結ぶことはない。そんな罪悪感から、彼女は謝罪したのだ。
『お願い、体を返して』
 凛のその言葉は、朱音の心を抉った。
 それでも、朱音は咲良と遙香、そして凛を守ることを選ぶ。
「うん。そろそろかな」
 朱音は立ち上がる。
「咲良、遙香を支えて」
「……分かった」
 咲良は朱音がここから逃げるという選択したことを理解した。
『…………やだ』
 朱音は目を閉じる。
「囮のフィールドを形成するから、そのまま遙香を連れて裏口から出るよ」
『……やだ』
 朱音は目を開ける。
「オッケー。行こう」
 朱音が咲良とは反対側から遙香を支えたとき。
「いやだあああ!」
 目を丸くする咲良。朱音が突然叫び声を上げたのだ。
「朱音……? どうしたの?」
 しかし、その朱音が一番驚愕していた。
『う、そ……』
 強制的に体の主導権を凛に奪われたのだ。
(ごめんね……でも、私はみんなを助けたい)
 立場が、逆転していた。
『どうして……』
 朱音は疑問に思った。
『凛にはもともと関係ないのに……』
(私……学校が嫌だった)
『それは……』
 朱音は凛の普段の様子から、それは知っていた。
(みんな意味もなく喧嘩して、はしゃいで……嫌いだった…………みんな、何にも考えようとしない……)
 凛は同年代の子供たちより心が成熟していた分、周囲の思慮が足りない部分をひどく嫌っていた。
(でも、朱音たちは違った。朱音は自分より他の人のことを考えて、咲良は静かだけどたくさん悩みながら考えてて、純麗は考えてることよく分からないけどたぶん一番色んなこと考えてる。遙香はアジサイのこと教えてくれた……ほんとはバカだけど)
『ぷっ』
 まじめに聞いていた朱音は、最後の一言で笑ってしまった。だが、朱音には分かった。凛が一番好きなのは遙香だと。遙香は確かにバカだが、それを自覚して、飾らない自分で居続けている。そんな様子が、凛の心に響いたのだろう。
(みんな、大好き。だから、みんなが泣くことになるのはいや)
 朱音はそれを聞いて思った。凛は本当にすごい。この歳でこんなにたくさんのことを理解して、自分で結論を出した。
『……分かった。凛の思う通りにして』
 どのみち、今、この体は凛のものだ。
(ありがとう、朱音)
「咲良、ごめん。純麗を助けてくる」
「え? 凛ちゃん?」
「うん。もう少しだけ遙香を守ってて」
「待って……!」
 咲良は思わず止めようと声をかけたが、凛はリビングを飛び出していった。

(純麗……!)
 凛が外に出て見たのは、暴行を受けてボロボロになっている純麗の姿だった。
(許せない……)
 凛は己の足にブーストをかける。これは、朱音と一つになることによって得た力だ。
「……その手を……離せ」
 その言葉と同時に、凛は急激に加速、純麗をいたぶる男との距離を一瞬でつめた。
 そして、男が振り返るよりも早くその体を天高く蹴り上げた。
「シ……ン?」
 純麗は虚ろな目で凛の顔を見た。
「純麗、大丈夫!?」
 今にも気を失いそうな純麗を心配して凛が声をかける。
『……体、貸して』
(でも……!)
『大丈夫、修復したらすぐに返すから』
(……分かった……お願い)
 朱音は凛から体を借りると、展開していたフィールドを広げ、力を行使した。純麗の体は光に包まれ、文字が踊る。
(うん、致命傷はないみたい)
 あっという間に、純麗の顔に意思が戻る。
『良かった……!』
 その様子に安堵する凛。
「シン……何で来たの?」
「それは、この小さな勇者さんに聞いて」
 朱音は笑みを残して凛に体を交代する。
「純麗、良かった」
「凛?」
「うん」
「何で……」
「ごめん……」
 純麗は頭をかく。
「そんな顔されて怒れる訳ないでしょ……謀ったな、シン」
 純麗はすぐに凛から視線を外し、周囲を見る。
「凛。情けない話だけど、正直私より凛の方が強い」
「分かってる」
「ほーう、言うねぇ。でも、そういうの嫌いじゃないよ」
 純麗はニヤッと笑ったあと、すぐに表情を引き締めた。
「小学生にこんなこと言うのもどうかしてると思うけど、命の保証はないよ」
「うん」
 彼女たちの視界には、新たに迫る敵が映っていた。
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