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第五章
統一オリンピック②
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「神様に返還ってどんな感じになるんでしょうね?ただ間違いなく、ワールドカップを凌ぐ史上最大のスポーツイベントになりますから、ギリシャだけやなくて世界中で経済効果も期待出来るでしょう。放映権だけやなくグッズも版権がフリーって、また思い切りましたねぇ。徹底して特定企業との繋がりを断ち切るつもりなんでしょうね」
まあそもそも神様の物になる訳やから版権も何もないんやけど、この姿勢はクラファン的な寄付金に影響するだろう。寄付金は人々の共感が全てだからだ。
昴は、見出しの下に書かれた記事を、フンフン、と言いながら目を通し、一通り読み終わると、
「ヨッシャー!これでおもろなってきたで!」
と絶叫し、また他のテーブルに座っている客の注目を集めていた。
哲坊が記事をのぞき込んで、再び聞いて来た。
「パラリンピックが無くなるのか?ダメじゃねえか!じゃあ今までそこを目指して頑張ってきた人達はどうするんだよ!?」
坂本君、違うんだよ、と昴が先程とは違い、冷静に話し始めた。
「確かに君の言う通りや。パラリンピックが無くなったら、今までこの大会を目指して頑張って来た人達の立場がないわな。まして君は山中病院でそういう患者さんを間近で見て来たからな。でもな、坂本君、よう記事を読んでみぃ」
哲坊は、最後まで記事を読んだ後、
「すいません、俺、何も知らなくて…」
と、申し訳なさそうに、握り拳を膝の上に押し付け、頭を垂れながらウチらに謝った。
「おいおい、何もそこまで恐縮する事やないで、坂本君。僕は車椅子バスケをやってたからこのニュースに注目しとったけど、もし当事者じゃなかったら君と同じ、何でや?って思ったやろう」
昴は記事には書かれていない経緯を哲坊に話し始めた。
「最初はトライアルで先ずは車椅子バスケをオリンピックの正式種目に採用したらどうか、という話が出てたんや。それでも十分バリアフリーの意味はあるやろうと。でもな、それやと同じパラスポーツの中でも、バスケだけは特別、という事になるし、障害者アスリート同士で分断を生む事になる。それやと意味がない。ホンマのバリアフリーは、全てにおいてフリーでないとあかん。だったら車椅子のバスケも、ラグビーも、マラソンも、義足の100M走も、どの競技も全てオリンピックの競技の一つとして扱うべきじゃないか、という事で、今回の決定に至ったんや」
ウチが続けた。
「パラリンピックの『パラ』は、もうひとつの、という意味なんやって。パラレル・ワールドのパラレルが由来らしいんやけど、障害者スポーツは異世界でやっとるんかい!ほんで、もうひとつのって、なんやねんって話や。そもそもオリンピックにパラなんて付けて、わざわざ二つの大会に分ける事自体がバリアフリーやない事に気が付いたんやろう。どっちもオリンピックでええやんか。でもそれは悪気があって分けていた訳じゃなく…いや、無自覚に障害者を特別視しとったんやろな。障害者は障害者、健常者とは違いますから、オリンピックとは別ですね、と」
昴が続けて、
「坂本君、車椅子バスケをやっている人の中にも、重いハンデと軽いハンデの人がおる。当然、動きは違う。だから、強いチームを作ろうと思ったら、軽いハンデの人ばかりを集めれば簡単に強いチームは出来る。でもそれやと、重いハンデの人は試合に出る事が出来へん。だから車椅子バスケでは、チームで14点という点数の枠があって、その中で五人のメンバーを決めるというルールがあるんや。軽いハンデの人は、持ち点も大きい。だからそういう人ばかりで組むと14点をオーバーしてしまう。だから重いハンデの持ち点が少ない人を入れてチーム編成するんや。条件の違う人を同じチームで受け入れる、という意味ではバリアフリー度の高い競技と言えるかもしれんな」
でも競技に参加出来ない重いハンデを持った人もいる、と、昴は付け足した。
「哲坊、子供の頃な、ウチはメッチャ足が遅かってん。だから運動会が嫌いやった。いや、祭り事は好きやったから、イベントとしては楽しみやったけどな。徒競走はいつもビリやった。でもな、六年生の時だけ一着やったんや。そら、嬉しかった。ウチもやれば出来るんや、思うた。ただ後から気が付いたんやけど、タイムの近い者同士を走らせる配慮がされとったんやな。いわゆる『クラス分け』やな。誰にでもゴールのテープを切る感動を味わうチャンスがある様にってな。格闘技の体重別に近い考え方やな。あれは軽い人が弱い訳やないやろ?今回の決定もそれに似ているかもしれへんな」
義足の100M走も健常者の100M走も、階級が違うだけでどちらもオリンピックの一競技。さらに同じ競技でも、障害の度合いによるクラス分けもあり、それも一つの競技として採用するそうだ。これは旧パラリンピックのルールである。
「なあ、坂本君、僕に力を貸してくれへんか?」
一旦椅子に手を掛け、腕の力だけで体を持ち上げて座り直すと、背筋をピンと伸ばし、掌を膝の上に乗せ、多少前屈みになり、哲坊の顔を覗き込む様に見つめながら昴が言った。
「力って、バスケですか? そんな、自分なんて役に立ちませんよ」
「何を言うとんねん。君はオリンピックの金メダリストやないか。その経験は十分今度のオリンピックで金メダルを目指す僕らの役に立つ」
「それは野球での話です。しかも、怪我をする前の」
「怪我をする前?怪我をする前の君と、今の君と何か違うんか!?君は、君やろ?」
昴は、立て板に水の如く、ありったけの想いをぶちまけた。
「君は、自分自身で、障害者に成り下がってへんか?」
「障害を受け入れる事は必要な事や。でもそれは自分の値段を下げる事とは違うで」
「坂本君、障害者と偏見を持たれるのが嫌やったら、どうせ障害者やからっちゅう空気を出さん事や」
「ええか、よう聞けよ。いつ、どんな時の坂本哲也にもな、その一瞬の坂本哲也にしか切れへん最強の切り札が必ずあるもんなんや。その隠し場所はな、いつでもここや!」
ドン!
「ウガッ!」
対面に座っていた哲坊の左胸を、昴の右ストレートが直撃した。
「昴さん、そこは感覚が残って…」
「わかっとる。その痛みはな、君が生かされとるっちゅう証拠や!」
その時の哲坊の何とも言えないうめき声のせいで、またしてもウチらは、他のテーブルに座っている客の注目を集めてしまった。
「皆様、本日はお忙しい中をお集まり頂きまして、誠に有り難うございます。これより坂本哲也さんの進路についての記者会見を行いたいと思います。なお本人の体調を考慮し、勝手ながら質問は一社につき一つとさせて頂きます。ではご質問のある方はどうぞ」
会見は、病院の体育館で行われた。
事故から約九ヵ月、特に途中経過報告もなく沈黙したまま(哲坊拗ねとったからな)だったので、何より心配してくれているファンの為でもあった。
まず主治医による簡単な病状の説明があった。
「坂本さんの状態は、第一胸椎が残存していますので、個人差はありますが着替えや車椅子からベッドへの移動、排泄、車の運転等が出来ます。リハビリの継続と自宅のバリアフリー環境設定等は必要ですが、日常生活動作をほとんど一人で行える様になるでしょう…」
そのあとは哲坊にマイクが渡った。
「今まで『野球選手・坂本哲也』をご支援頂いた方には大変申し訳ない気持ちでいっぱいですが、この度の疾病により、野球を諦めざるを得なくなりました。ごめんなさい…」
(あほ。ごめんなさいは言わんでええねん…)
質疑応答が始まった。
まず、坂本さんの今後の予定を…と言う質問に今度は主治医が答える。スタンドの角度を少し変える音が、マイクを通して大げさに室内に響く。
「後は基本的にリハビリだけですので、自宅からの通院という事になります。ですがそれは当医院でなくとも、彼の通いやすい所で結構です。そしてリハビリによって残存機能の維持と向上を図りながら、社会復帰を目指します」
「社会復帰、という事は、進学ではなく就職する事を前提に考えていらっしゃるのでしょうか?」
再び主治医が答える。
「就職するだけが社会復帰ではありません。リハビリとは、機能の回復はもちろんですが、自分の意志で積極的に自分の生活スタイルを作り上げて、人間らしく生きる権利の回復を目標にする事です。つまり彼が彼らしく、毎日生き甲斐を持って楽しく生活出来るのであれば、それが彼の社会復帰であると言えます。就職はその為の一つの選択肢に過ぎません」
では、と言いながら、主治医が哲坊にマイクを渡す。
「坂本さんにお聞きします。今後の具体的な進路について、教えて下さい」
哲坊が、はい、とにこやかに答える。
「進学よりも、就職を考えています。公務員試験を受ける案ですとか、自分に出来る仕事、やってみたい仕事を色々探している所です。でも焦りはありません。リハビリをしっかり続けながら見付けていこうと思っています」
「そのリハビリですが、坂本さんはもう御自身がリハビリに通う病院は決めていらっしゃるのですか」
再び哲坊がにこやかに答える。
「はい。引き続き、こちらにお世話になろうと思っています。こちらの病院は設備も凄く充実していますし、何より私の病状を良く分かって頂いていますので」
「ご自宅からはかなり遠いのではないですか?」
「はい。大体一時間位かかります。でも先程も言いましたが慣れている、という事と、それに約一時間の道のりは危険な部分もありますが、それ自体がもうリハビリになるかと思いましたので」
この前向きな受け答えを、ウチは出入口近くで、うんうんとうなずきながら聞いていた。
ある記者が尋ねた。
「坂本さんには、何か夢がありますか?」
この質問に、少し会場がざわついた。
そのざわつきの中には、まだまともに社会復帰出来るかどうかも判らないのに、夢なんてある訳がないじゃないか、という失笑も含まれていた。
生きるだけでも大変な障害者なのに、夢なんて…
しかし哲坊はこの雑音を一蹴するかの様に、先程とは違い表情を引き締め、きっぱりと言い切った。
「二年後の統一オリンピックの車椅子バスケットボールで、金メダルを取る事です」
どよめきが一層大きくなった。
実はこの記者はウチの友達で、いわゆる「さくら」だった。
彼に会見でこの質問をして欲しい、と頼んでおいたのだ。
哲坊は有言実行タイプである。
野球においても、常に目標を口にして自分を追い込む事でそれを実現させて来た。
報道陣を前に宣言させる事で、この子のモチベーションを上げる事が狙いだった。
それはまんまと成功した。
瞳に今まで以上の力が込もっている…
様に見えた。
まあそもそも神様の物になる訳やから版権も何もないんやけど、この姿勢はクラファン的な寄付金に影響するだろう。寄付金は人々の共感が全てだからだ。
昴は、見出しの下に書かれた記事を、フンフン、と言いながら目を通し、一通り読み終わると、
「ヨッシャー!これでおもろなってきたで!」
と絶叫し、また他のテーブルに座っている客の注目を集めていた。
哲坊が記事をのぞき込んで、再び聞いて来た。
「パラリンピックが無くなるのか?ダメじゃねえか!じゃあ今までそこを目指して頑張ってきた人達はどうするんだよ!?」
坂本君、違うんだよ、と昴が先程とは違い、冷静に話し始めた。
「確かに君の言う通りや。パラリンピックが無くなったら、今までこの大会を目指して頑張って来た人達の立場がないわな。まして君は山中病院でそういう患者さんを間近で見て来たからな。でもな、坂本君、よう記事を読んでみぃ」
哲坊は、最後まで記事を読んだ後、
「すいません、俺、何も知らなくて…」
と、申し訳なさそうに、握り拳を膝の上に押し付け、頭を垂れながらウチらに謝った。
「おいおい、何もそこまで恐縮する事やないで、坂本君。僕は車椅子バスケをやってたからこのニュースに注目しとったけど、もし当事者じゃなかったら君と同じ、何でや?って思ったやろう」
昴は記事には書かれていない経緯を哲坊に話し始めた。
「最初はトライアルで先ずは車椅子バスケをオリンピックの正式種目に採用したらどうか、という話が出てたんや。それでも十分バリアフリーの意味はあるやろうと。でもな、それやと同じパラスポーツの中でも、バスケだけは特別、という事になるし、障害者アスリート同士で分断を生む事になる。それやと意味がない。ホンマのバリアフリーは、全てにおいてフリーでないとあかん。だったら車椅子のバスケも、ラグビーも、マラソンも、義足の100M走も、どの競技も全てオリンピックの競技の一つとして扱うべきじゃないか、という事で、今回の決定に至ったんや」
ウチが続けた。
「パラリンピックの『パラ』は、もうひとつの、という意味なんやって。パラレル・ワールドのパラレルが由来らしいんやけど、障害者スポーツは異世界でやっとるんかい!ほんで、もうひとつのって、なんやねんって話や。そもそもオリンピックにパラなんて付けて、わざわざ二つの大会に分ける事自体がバリアフリーやない事に気が付いたんやろう。どっちもオリンピックでええやんか。でもそれは悪気があって分けていた訳じゃなく…いや、無自覚に障害者を特別視しとったんやろな。障害者は障害者、健常者とは違いますから、オリンピックとは別ですね、と」
昴が続けて、
「坂本君、車椅子バスケをやっている人の中にも、重いハンデと軽いハンデの人がおる。当然、動きは違う。だから、強いチームを作ろうと思ったら、軽いハンデの人ばかりを集めれば簡単に強いチームは出来る。でもそれやと、重いハンデの人は試合に出る事が出来へん。だから車椅子バスケでは、チームで14点という点数の枠があって、その中で五人のメンバーを決めるというルールがあるんや。軽いハンデの人は、持ち点も大きい。だからそういう人ばかりで組むと14点をオーバーしてしまう。だから重いハンデの持ち点が少ない人を入れてチーム編成するんや。条件の違う人を同じチームで受け入れる、という意味ではバリアフリー度の高い競技と言えるかもしれんな」
でも競技に参加出来ない重いハンデを持った人もいる、と、昴は付け足した。
「哲坊、子供の頃な、ウチはメッチャ足が遅かってん。だから運動会が嫌いやった。いや、祭り事は好きやったから、イベントとしては楽しみやったけどな。徒競走はいつもビリやった。でもな、六年生の時だけ一着やったんや。そら、嬉しかった。ウチもやれば出来るんや、思うた。ただ後から気が付いたんやけど、タイムの近い者同士を走らせる配慮がされとったんやな。いわゆる『クラス分け』やな。誰にでもゴールのテープを切る感動を味わうチャンスがある様にってな。格闘技の体重別に近い考え方やな。あれは軽い人が弱い訳やないやろ?今回の決定もそれに似ているかもしれへんな」
義足の100M走も健常者の100M走も、階級が違うだけでどちらもオリンピックの一競技。さらに同じ競技でも、障害の度合いによるクラス分けもあり、それも一つの競技として採用するそうだ。これは旧パラリンピックのルールである。
「なあ、坂本君、僕に力を貸してくれへんか?」
一旦椅子に手を掛け、腕の力だけで体を持ち上げて座り直すと、背筋をピンと伸ばし、掌を膝の上に乗せ、多少前屈みになり、哲坊の顔を覗き込む様に見つめながら昴が言った。
「力って、バスケですか? そんな、自分なんて役に立ちませんよ」
「何を言うとんねん。君はオリンピックの金メダリストやないか。その経験は十分今度のオリンピックで金メダルを目指す僕らの役に立つ」
「それは野球での話です。しかも、怪我をする前の」
「怪我をする前?怪我をする前の君と、今の君と何か違うんか!?君は、君やろ?」
昴は、立て板に水の如く、ありったけの想いをぶちまけた。
「君は、自分自身で、障害者に成り下がってへんか?」
「障害を受け入れる事は必要な事や。でもそれは自分の値段を下げる事とは違うで」
「坂本君、障害者と偏見を持たれるのが嫌やったら、どうせ障害者やからっちゅう空気を出さん事や」
「ええか、よう聞けよ。いつ、どんな時の坂本哲也にもな、その一瞬の坂本哲也にしか切れへん最強の切り札が必ずあるもんなんや。その隠し場所はな、いつでもここや!」
ドン!
「ウガッ!」
対面に座っていた哲坊の左胸を、昴の右ストレートが直撃した。
「昴さん、そこは感覚が残って…」
「わかっとる。その痛みはな、君が生かされとるっちゅう証拠や!」
その時の哲坊の何とも言えないうめき声のせいで、またしてもウチらは、他のテーブルに座っている客の注目を集めてしまった。
「皆様、本日はお忙しい中をお集まり頂きまして、誠に有り難うございます。これより坂本哲也さんの進路についての記者会見を行いたいと思います。なお本人の体調を考慮し、勝手ながら質問は一社につき一つとさせて頂きます。ではご質問のある方はどうぞ」
会見は、病院の体育館で行われた。
事故から約九ヵ月、特に途中経過報告もなく沈黙したまま(哲坊拗ねとったからな)だったので、何より心配してくれているファンの為でもあった。
まず主治医による簡単な病状の説明があった。
「坂本さんの状態は、第一胸椎が残存していますので、個人差はありますが着替えや車椅子からベッドへの移動、排泄、車の運転等が出来ます。リハビリの継続と自宅のバリアフリー環境設定等は必要ですが、日常生活動作をほとんど一人で行える様になるでしょう…」
そのあとは哲坊にマイクが渡った。
「今まで『野球選手・坂本哲也』をご支援頂いた方には大変申し訳ない気持ちでいっぱいですが、この度の疾病により、野球を諦めざるを得なくなりました。ごめんなさい…」
(あほ。ごめんなさいは言わんでええねん…)
質疑応答が始まった。
まず、坂本さんの今後の予定を…と言う質問に今度は主治医が答える。スタンドの角度を少し変える音が、マイクを通して大げさに室内に響く。
「後は基本的にリハビリだけですので、自宅からの通院という事になります。ですがそれは当医院でなくとも、彼の通いやすい所で結構です。そしてリハビリによって残存機能の維持と向上を図りながら、社会復帰を目指します」
「社会復帰、という事は、進学ではなく就職する事を前提に考えていらっしゃるのでしょうか?」
再び主治医が答える。
「就職するだけが社会復帰ではありません。リハビリとは、機能の回復はもちろんですが、自分の意志で積極的に自分の生活スタイルを作り上げて、人間らしく生きる権利の回復を目標にする事です。つまり彼が彼らしく、毎日生き甲斐を持って楽しく生活出来るのであれば、それが彼の社会復帰であると言えます。就職はその為の一つの選択肢に過ぎません」
では、と言いながら、主治医が哲坊にマイクを渡す。
「坂本さんにお聞きします。今後の具体的な進路について、教えて下さい」
哲坊が、はい、とにこやかに答える。
「進学よりも、就職を考えています。公務員試験を受ける案ですとか、自分に出来る仕事、やってみたい仕事を色々探している所です。でも焦りはありません。リハビリをしっかり続けながら見付けていこうと思っています」
「そのリハビリですが、坂本さんはもう御自身がリハビリに通う病院は決めていらっしゃるのですか」
再び哲坊がにこやかに答える。
「はい。引き続き、こちらにお世話になろうと思っています。こちらの病院は設備も凄く充実していますし、何より私の病状を良く分かって頂いていますので」
「ご自宅からはかなり遠いのではないですか?」
「はい。大体一時間位かかります。でも先程も言いましたが慣れている、という事と、それに約一時間の道のりは危険な部分もありますが、それ自体がもうリハビリになるかと思いましたので」
この前向きな受け答えを、ウチは出入口近くで、うんうんとうなずきながら聞いていた。
ある記者が尋ねた。
「坂本さんには、何か夢がありますか?」
この質問に、少し会場がざわついた。
そのざわつきの中には、まだまともに社会復帰出来るかどうかも判らないのに、夢なんてある訳がないじゃないか、という失笑も含まれていた。
生きるだけでも大変な障害者なのに、夢なんて…
しかし哲坊はこの雑音を一蹴するかの様に、先程とは違い表情を引き締め、きっぱりと言い切った。
「二年後の統一オリンピックの車椅子バスケットボールで、金メダルを取る事です」
どよめきが一層大きくなった。
実はこの記者はウチの友達で、いわゆる「さくら」だった。
彼に会見でこの質問をして欲しい、と頼んでおいたのだ。
哲坊は有言実行タイプである。
野球においても、常に目標を口にして自分を追い込む事でそれを実現させて来た。
報道陣を前に宣言させる事で、この子のモチベーションを上げる事が狙いだった。
それはまんまと成功した。
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