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情けは味方、敵は仇
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それからしばらくして、数人が道を来た。その中に隼人が手を上げて声をかける。
「佐衛門! 久しぶりだな」
若い男が呼びかけに応えて前に出た。
「隼人! 本当に、隼人か」
佐衛門が隼人を長谷部の里長の息子だと認めると、彼らに得物を向けていた男たちは、安堵と恐怖を綯い交ぜにした目を晴信に向けた。
「それでは、里長の所に案内をしてもらえるか」
男たちは不器用な愛想笑いを顔にはりつけ、晴信らを里へ導いた。
隼人は正式に晴信の家臣となった。彼は晴信の使いとして里に出向き、晴信の意図を伝え、彼の訪問を受け入れるよう話を進める役をしている。隼人の働きにより、沼諏の時のような剣呑な事態を防げるようにはなったが、晴信の訪問を拒絶する里が少なくなかった。受け入れたとしても、報復を恐れて渋々といった里が多く、晴信が父とは違うのだと示しても、表面上の理解しかされず、疑いを強く残したままで帰らなければならなかった。
「なかなか、骨が折れるな」
晴信は私室で大の字に寝転がり、天に向かって太い息を吐いた。疲労の滲むその顔を、克頼が案じる。
「そんな顔をするな、克頼。俺が言い出した事だ」
起き上がり、克頼の用意した大福に手を伸ばした晴信は、うまいと頬をゆるませた。
「そう簡単に、人の心は変えられないさ。はじめて訪れた里の理解が良かった事で、調子に乗っていたのかもしれない。何度も足を運んで、少しでも理解を示してくれる者を増やし、それを裏付ける政策を行う。遠回りに見えても、これが一番早い道のはずなんだ」
克頼は無言で、晴信の声を見つめた。克頼も、これが人心を取りもどすために必要な行為であるとわかっている。だが、笑顔の奥に隠しとおせぬ疲れを見てしまっては、何か言わずにおれなかった。
「晴信様」
「大丈夫だ」
「そのように見えておれば、何も申しません」
あはは、と晴信は軽い声を立てた。
「疲れていると言うのなら、克頼もだろう? 侍女たちのさえずりの的が台無しだ」
晴信が自分の目元をつついて、克頼の寝不足を指摘した。
「顔に出ているぞ」
克頼が黙りこむと、晴信は大福の残りを口に入れて、手文庫を引き寄せた。そこから一枚の紙を取り出し、克頼に見せる。
「声に出して、読んでくれ」
受け取った克頼が、音読した。
「情けは味方、敵は仇」
それは、間違いなく晴信の字だった。顔を上げた克頼に、晴信は自分の心を示すように、穏やかな目を細めた。
「父上は仇を作りすぎた。その仇を退治し味方にするには、情けを示さなければならないと思っている。父の仇を信頼へ変えるためには、対面の会話をし、俺という人間を知ってもらわなければならない。全ての民に会うというのは、難しいだろう。だが、俺と会った誰かが、俺を知らない誰かに俺を伝え、それが民の全てに伝わればいいと思う」
晴信は軽く目を伏せ、自分の言葉を胸中で確認した。克頼は彼の成長に、喜ばしくもさみしい気持ちを覚えた。
気持ちを切り替えるため、克頼は瞑目して息を吐いた。目を開くと、少し不安げな晴信の顔があった。子どもの頃、無茶をした後に叱られるのではないかと案じていた時と同じものに、克頼は思わず吹き出す。
「あっ、何だ」
晴信が頬を膨らませる。成長したと見えたのは気のせいでは無いかと思えるほど、その顔が幼く見えて、克頼は笑いを止める事ができなくなった。安堵に似た何かが、克頼の胸に兆す。
「佐衛門! 久しぶりだな」
若い男が呼びかけに応えて前に出た。
「隼人! 本当に、隼人か」
佐衛門が隼人を長谷部の里長の息子だと認めると、彼らに得物を向けていた男たちは、安堵と恐怖を綯い交ぜにした目を晴信に向けた。
「それでは、里長の所に案内をしてもらえるか」
男たちは不器用な愛想笑いを顔にはりつけ、晴信らを里へ導いた。
隼人は正式に晴信の家臣となった。彼は晴信の使いとして里に出向き、晴信の意図を伝え、彼の訪問を受け入れるよう話を進める役をしている。隼人の働きにより、沼諏の時のような剣呑な事態を防げるようにはなったが、晴信の訪問を拒絶する里が少なくなかった。受け入れたとしても、報復を恐れて渋々といった里が多く、晴信が父とは違うのだと示しても、表面上の理解しかされず、疑いを強く残したままで帰らなければならなかった。
「なかなか、骨が折れるな」
晴信は私室で大の字に寝転がり、天に向かって太い息を吐いた。疲労の滲むその顔を、克頼が案じる。
「そんな顔をするな、克頼。俺が言い出した事だ」
起き上がり、克頼の用意した大福に手を伸ばした晴信は、うまいと頬をゆるませた。
「そう簡単に、人の心は変えられないさ。はじめて訪れた里の理解が良かった事で、調子に乗っていたのかもしれない。何度も足を運んで、少しでも理解を示してくれる者を増やし、それを裏付ける政策を行う。遠回りに見えても、これが一番早い道のはずなんだ」
克頼は無言で、晴信の声を見つめた。克頼も、これが人心を取りもどすために必要な行為であるとわかっている。だが、笑顔の奥に隠しとおせぬ疲れを見てしまっては、何か言わずにおれなかった。
「晴信様」
「大丈夫だ」
「そのように見えておれば、何も申しません」
あはは、と晴信は軽い声を立てた。
「疲れていると言うのなら、克頼もだろう? 侍女たちのさえずりの的が台無しだ」
晴信が自分の目元をつついて、克頼の寝不足を指摘した。
「顔に出ているぞ」
克頼が黙りこむと、晴信は大福の残りを口に入れて、手文庫を引き寄せた。そこから一枚の紙を取り出し、克頼に見せる。
「声に出して、読んでくれ」
受け取った克頼が、音読した。
「情けは味方、敵は仇」
それは、間違いなく晴信の字だった。顔を上げた克頼に、晴信は自分の心を示すように、穏やかな目を細めた。
「父上は仇を作りすぎた。その仇を退治し味方にするには、情けを示さなければならないと思っている。父の仇を信頼へ変えるためには、対面の会話をし、俺という人間を知ってもらわなければならない。全ての民に会うというのは、難しいだろう。だが、俺と会った誰かが、俺を知らない誰かに俺を伝え、それが民の全てに伝わればいいと思う」
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気持ちを切り替えるため、克頼は瞑目して息を吐いた。目を開くと、少し不安げな晴信の顔があった。子どもの頃、無茶をした後に叱られるのではないかと案じていた時と同じものに、克頼は思わず吹き出す。
「あっ、何だ」
晴信が頬を膨らませる。成長したと見えたのは気のせいでは無いかと思えるほど、その顔が幼く見えて、克頼は笑いを止める事ができなくなった。安堵に似た何かが、克頼の胸に兆す。
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