霧衣物語

水戸けい

文字の大きさ
上 下
21 / 42

意外な

しおりを挟む
 それは顔つきを見ていてわかった。誰も彼もが、いつ斬りかかられるかと、気が気ではない様子だった。里の案内をして欲しいと言うと、腹がくちくなった子どもたちがしてくれた。子どもたちは無邪気に、包み隠さず彼らが知っている範囲の事をすべて語った。晴信は子どもたちの軽やかな声と、その音が語る凄惨な状況との落差を胸に刻んだ。じくじくと膿んだように痛む胸に手を添えて、当事者である彼らはどれほどの痛みを堪え、自分にあのような態度を示していたのだろうかと考えた。

 苦悶を浮かべる晴信を、しっかりと支える瞳で克頼が見つめる。その目が、晴信の向こう側に上がっている砂煙を捉えた。遠くを見るため目を細めた克頼の様子に気付き、晴信も道の先に目を向け、真っ直ぐに走ってくる馬を見つけた。伝令か何かだろうかと目を凝らし、馬上の人が誰であるかを知った二人は、ぽかんとした。

 馬を操っていたのは、あでやかな笑みを浮かべた栄だった。小花を散らした濃紺の小袖に朽葉色の袴を身につけている。馬はよく栄に従っているようで、落ち着いた目をしていた。

「あら。もうお帰りですか」

 つまらなさそうに首を傾げた栄の、高く結い上げられた髪が揺れた。言葉が出て来ない二人に笑いかけた栄は、晴信に馬を近付けた。

「馬をお借りいたしました。事後承諾になり、申しわけございません」

「どうして、このような所まで貴方がいらっしゃるのですか」

 驚きから先に立ち直ったのは、克頼だった。栄は頬に指を当て、不思議そうに克頼を見る。

「あら。まるで私が出てきてはいけないような口ぶりですわね。晴信様から、外出自由というお言葉をたまわったはずですけれど」

「その事は耳にしておりますが、馬で遠く出られるとは、どのようなお考えですか」

 克頼の声に棘が見える。

「城下の町だけのおつもりでしたの?」

 栄が晴信を見た。晴信はようやく驚きから脱し、首を振る。

「乗馬が出来るとは、思いませんでした」

「里を束ねる一族の者が、馬に乗れなくてどうします。我が里では、たいていの女は馬に乗ります」

 なるほどと感心する晴信と栄の間に、克頼が自分の馬を挟んだ。

「騎馬の稽古も十分になされていると――?」

「国境付近の者は、誰でも行っているのではないかしら。山や川の資源に対しての小競り合いは、日常茶飯事ですもの」

 克頼の目が鋭く光る。栄は難なく受け止めた。

「国境での小競り合いが日常茶飯事というのは」

 栄の言葉に引っかかりを覚えた晴信は、率直に聞いた。

「野山や川に境の線が引かれているわけではないと、晴信様もご承知でしょう? 獣を追って、うっかり超えてしまう事もあれば、知っていながら超える事もございます。それは何も珍しい話ではありません。けれどそれを許せば、領域があいまいになってしまいますから、国境に近い里の者は誰しもが兵となって働けるよう、幼き頃より訓練を行っているのです」

「晴信様」

 克頼が諫止かんしした。それ以上を問えば無知を露呈する事になるぞと、克頼の瞳が訴えている。それに気付きながらも、晴信は栄に問いを重ねた。

「小競り合いが起これば、それは報告されるのか」

「細かな事は報告いたしません。ほとんどが里同士の争いとして終わります。治まりが着きそうに無いときは、近隣の里も交えての軽い戦といった様相になりもしますが、よほどで無い限りは他の里の代表者か、国益に無関係の寺社の者が、頃合を見て調停に乗り出し、それで済みます」

 晴信が口に手を当て、視線を落とす。考え込むときの彼のクセであった。それを見た栄は「そうそう」と、声の調子を高くして言葉を続けた。

「晴信様のお父君が、見学に来られた事がございましたわね」

「父上が、見学を?」

「そのお話でしたら、館に戻り次第お聞かせいたします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

淡き河、流るるままに

糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。 その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。 時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。 徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。 彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。 肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。 福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。 別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...