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苦言
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克頼は、策があると目顔で示す。凄みのある無言の笑みに、晴信はたじろいだ。
「父ら重臣の説得は、お任せください。ただし、行き先はこの克頼が決定いたますので、それ以外の場所への出立は叶わぬとご了承ください。事が成るまで、晴信様はいましばらく、館の中でご辛抱を」
「あ、ああ……」
では、と頭を下げて去る克頼の背中を、晴信は少し恐ろしいような心地で見送った。
「頼継は、末頼もしい息子を持って、大変だな」
つぶやいた晴信は、克頼の提案が成ることを思い浮かべ、軽く心を浮き立たせた。
上天気の空の下、ぽくぽくと平穏な足取りで二頭の馬が進んでいた。高い空に、穏やかな空気に似つかわしい、ふわりとやわらかな雲が浮かんでいる。木の葉にきらめく陽光に目を細め、晴信は久しぶりの外出に心和ませていた。
「克頼と、あと二三人は護衛として着いて来ると思ったんだがな」
「それでは晴信様のお心が、羽根を伸ばせないでしょう」
晴信は機嫌の良い、のびのびとした笑みを浮かべている。その横顔に、克頼の口元がほころんだ。
「しかし、どうやって説得をしたんだ。父上を恨み、俺を狙っている者がいるかもしれないと、あれほど言っていた者たちだぞ」
「父を手玉に取るなど、私にとっては造作もないこと。重臣の筆頭である父が納得をすれば、他の方々も従わざるを得なくなりますから」
しれっと言ってのけた克頼に、晴信は笑みのまま頬を引きつらせた。
「頼継は、末頼もしい息子を持って幸せだな」
「晴信様にしては、上出来の皮肉ですね」
克頼がわずかに目を細め、口の端を持ち上げる。
「これからの先行きも、克頼がいてくれれば安心だ」
晴信が軽く肩をすくめれば、克頼は表情を引きしめた。
「どうした、克頼」
「父も、その他の方々も、いずれは役を退くことになります。私以外にも、晴信様を支える事のできる者を見つけ、育てることも肝要かと」
意外そうに、晴信が瞬いた。
「私一人で十分ですとは、言わないのか」
「そう言えるのであれば良いのですが」
愁眉となった克頼が空を見上げる。晴信もつられて顔を上げた。
「霧衣は広うございます。先君が父、頼継の他に二人を重用し、その下にそれぞれの道に長けた方々をお使いなされていたのは、それだけの人が無ければ、国を支えてはいけぬからです」
「――だが、父は道を誤った。重臣たちの言葉に耳を貸さず、全てを自分の思い通りにしようとした」
手綱を握る晴信の手に力がこもる。震えるほど強く握られた拳に、ちらりと目をやった克頼は手を伸ばし、重ねた。
「晴信様」
克頼の目が、しっかりと晴信の視線を掴む。
「独裁者にならぬために、異なる視点を持つ者が必要になるのです。貴方様の思考や視野の幅となれる者を、見つけねばなりません」
「克頼」
「父ら重臣の説得は、お任せください。ただし、行き先はこの克頼が決定いたますので、それ以外の場所への出立は叶わぬとご了承ください。事が成るまで、晴信様はいましばらく、館の中でご辛抱を」
「あ、ああ……」
では、と頭を下げて去る克頼の背中を、晴信は少し恐ろしいような心地で見送った。
「頼継は、末頼もしい息子を持って、大変だな」
つぶやいた晴信は、克頼の提案が成ることを思い浮かべ、軽く心を浮き立たせた。
上天気の空の下、ぽくぽくと平穏な足取りで二頭の馬が進んでいた。高い空に、穏やかな空気に似つかわしい、ふわりとやわらかな雲が浮かんでいる。木の葉にきらめく陽光に目を細め、晴信は久しぶりの外出に心和ませていた。
「克頼と、あと二三人は護衛として着いて来ると思ったんだがな」
「それでは晴信様のお心が、羽根を伸ばせないでしょう」
晴信は機嫌の良い、のびのびとした笑みを浮かべている。その横顔に、克頼の口元がほころんだ。
「しかし、どうやって説得をしたんだ。父上を恨み、俺を狙っている者がいるかもしれないと、あれほど言っていた者たちだぞ」
「父を手玉に取るなど、私にとっては造作もないこと。重臣の筆頭である父が納得をすれば、他の方々も従わざるを得なくなりますから」
しれっと言ってのけた克頼に、晴信は笑みのまま頬を引きつらせた。
「頼継は、末頼もしい息子を持って幸せだな」
「晴信様にしては、上出来の皮肉ですね」
克頼がわずかに目を細め、口の端を持ち上げる。
「これからの先行きも、克頼がいてくれれば安心だ」
晴信が軽く肩をすくめれば、克頼は表情を引きしめた。
「どうした、克頼」
「父も、その他の方々も、いずれは役を退くことになります。私以外にも、晴信様を支える事のできる者を見つけ、育てることも肝要かと」
意外そうに、晴信が瞬いた。
「私一人で十分ですとは、言わないのか」
「そう言えるのであれば良いのですが」
愁眉となった克頼が空を見上げる。晴信もつられて顔を上げた。
「霧衣は広うございます。先君が父、頼継の他に二人を重用し、その下にそれぞれの道に長けた方々をお使いなされていたのは、それだけの人が無ければ、国を支えてはいけぬからです」
「――だが、父は道を誤った。重臣たちの言葉に耳を貸さず、全てを自分の思い通りにしようとした」
手綱を握る晴信の手に力がこもる。震えるほど強く握られた拳に、ちらりと目をやった克頼は手を伸ばし、重ねた。
「晴信様」
克頼の目が、しっかりと晴信の視線を掴む。
「独裁者にならぬために、異なる視点を持つ者が必要になるのです。貴方様の思考や視野の幅となれる者を、見つけねばなりません」
「克頼」
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