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【苦悩】

11.

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 その音に我に返ったシキタカは、折ってしまった枝を投げ捨て、新しい枝を手に取った。

(兄者……、俺は)

 己の思慕を知られてしまったのではないかと、シキタカは考える。ホスセリの苦悶の顔に、シキタカの心が苛まれた。

(なんという提案をしたのだ、俺は)

 貫いていたのはホスセリではなく、シキタカだったと知ったトヨホギの怯えた顔を思い浮かべて、唇を苦くゆがめる。

 彼女をだましおおせると思っていた。しかしどこかで、つながっているのは自分だと知ってほしくもあった。

(俺はトヨホギだけでなく、兄者をも裏切っている)

 気持ちでふたりを裏切っていると、シキタカは自分を責める。

(だが、ほかにどんな道があった。――兄者の死など、俺は認めん。あの傷は、俺が受けるべきものだった。それを兄者が肩代わりをしたのだ)

 ホスセリはシキタカをかばって傷を負った。それがもとで、男の機能を失った。すべては自分のせいだと、シキタカは己の心に杭を打つ。

「俺が油断などしなければ」

 守るべき人に守られて、のうのうと生きている自分が憎らしい。その上、ホスセリが命を絶って、王の座も王の妻も引き継がせようとするなど耐えられない。

「俺は、弱い」

 このような弱い者が、エミナの王にふさわしいはずはない。

 民に慕われていた父と、その跡を継ぐべく全身で学んでいた兄。

 そのふたりの背中を、シキタカはいつも見ていた。そしていずれ王となった兄を支え、その妻となるトヨホギとともに守るのだと武芸に励んだ。

(俺の武芸は、兄者を守るものであったのに)

 口惜しさに指先が震える。シキタカはいったん作業を中断して立ち上がった。

 屋敷に入り、気持ちを落ち着かせようと水を飲む。しかし心のざわめきは、わずかも変わらなかった。

「俺は、欲深い」

 否定をするのではなく、自分の愚かさを声に出して肯定してみる。すると指の震えは止まった。

 皮肉に頬をゆがめて、シキタカは作業に戻るべく外にでた。

 昼になろうかという日差しはまぶしく、あるかなしかのさわやかな微風が景色を渡っていた。

 昨夜の大雨がウソのように、空は青く澄み渡っている。己の心に垂れ込める暗雲も、激しい雨を降らせれば青く晴れるのだろうかと、思うともなしに思いながら、シキタカは元の場所に座して削りかけの枝を手にした。

 木の枝が小気味よい音を立てて、矢へと姿を変えていく。

(俺は卑怯だ)

 大切なものを守るふりをして、己の欲をかなえるために欺いている。

 ホスセリもトヨホギも失いたくはない。
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