52 / 98
【苦悩】
11.
しおりを挟む
その音に我に返ったシキタカは、折ってしまった枝を投げ捨て、新しい枝を手に取った。
(兄者……、俺は)
己の思慕を知られてしまったのではないかと、シキタカは考える。ホスセリの苦悶の顔に、シキタカの心が苛まれた。
(なんという提案をしたのだ、俺は)
貫いていたのはホスセリではなく、シキタカだったと知ったトヨホギの怯えた顔を思い浮かべて、唇を苦くゆがめる。
彼女をだましおおせると思っていた。しかしどこかで、つながっているのは自分だと知ってほしくもあった。
(俺はトヨホギだけでなく、兄者をも裏切っている)
気持ちでふたりを裏切っていると、シキタカは自分を責める。
(だが、ほかにどんな道があった。――兄者の死など、俺は認めん。あの傷は、俺が受けるべきものだった。それを兄者が肩代わりをしたのだ)
ホスセリはシキタカをかばって傷を負った。それがもとで、男の機能を失った。すべては自分のせいだと、シキタカは己の心に杭を打つ。
「俺が油断などしなければ」
守るべき人に守られて、のうのうと生きている自分が憎らしい。その上、ホスセリが命を絶って、王の座も王の妻も引き継がせようとするなど耐えられない。
「俺は、弱い」
このような弱い者が、エミナの王にふさわしいはずはない。
民に慕われていた父と、その跡を継ぐべく全身で学んでいた兄。
そのふたりの背中を、シキタカはいつも見ていた。そしていずれ王となった兄を支え、その妻となるトヨホギとともに守るのだと武芸に励んだ。
(俺の武芸は、兄者を守るものであったのに)
口惜しさに指先が震える。シキタカはいったん作業を中断して立ち上がった。
屋敷に入り、気持ちを落ち着かせようと水を飲む。しかし心のざわめきは、わずかも変わらなかった。
「俺は、欲深い」
否定をするのではなく、自分の愚かさを声に出して肯定してみる。すると指の震えは止まった。
皮肉に頬をゆがめて、シキタカは作業に戻るべく外にでた。
昼になろうかという日差しはまぶしく、あるかなしかのさわやかな微風が景色を渡っていた。
昨夜の大雨がウソのように、空は青く澄み渡っている。己の心に垂れ込める暗雲も、激しい雨を降らせれば青く晴れるのだろうかと、思うともなしに思いながら、シキタカは元の場所に座して削りかけの枝を手にした。
木の枝が小気味よい音を立てて、矢へと姿を変えていく。
(俺は卑怯だ)
大切なものを守るふりをして、己の欲をかなえるために欺いている。
ホスセリもトヨホギも失いたくはない。
(兄者……、俺は)
己の思慕を知られてしまったのではないかと、シキタカは考える。ホスセリの苦悶の顔に、シキタカの心が苛まれた。
(なんという提案をしたのだ、俺は)
貫いていたのはホスセリではなく、シキタカだったと知ったトヨホギの怯えた顔を思い浮かべて、唇を苦くゆがめる。
彼女をだましおおせると思っていた。しかしどこかで、つながっているのは自分だと知ってほしくもあった。
(俺はトヨホギだけでなく、兄者をも裏切っている)
気持ちでふたりを裏切っていると、シキタカは自分を責める。
(だが、ほかにどんな道があった。――兄者の死など、俺は認めん。あの傷は、俺が受けるべきものだった。それを兄者が肩代わりをしたのだ)
ホスセリはシキタカをかばって傷を負った。それがもとで、男の機能を失った。すべては自分のせいだと、シキタカは己の心に杭を打つ。
「俺が油断などしなければ」
守るべき人に守られて、のうのうと生きている自分が憎らしい。その上、ホスセリが命を絶って、王の座も王の妻も引き継がせようとするなど耐えられない。
「俺は、弱い」
このような弱い者が、エミナの王にふさわしいはずはない。
民に慕われていた父と、その跡を継ぐべく全身で学んでいた兄。
そのふたりの背中を、シキタカはいつも見ていた。そしていずれ王となった兄を支え、その妻となるトヨホギとともに守るのだと武芸に励んだ。
(俺の武芸は、兄者を守るものであったのに)
口惜しさに指先が震える。シキタカはいったん作業を中断して立ち上がった。
屋敷に入り、気持ちを落ち着かせようと水を飲む。しかし心のざわめきは、わずかも変わらなかった。
「俺は、欲深い」
否定をするのではなく、自分の愚かさを声に出して肯定してみる。すると指の震えは止まった。
皮肉に頬をゆがめて、シキタカは作業に戻るべく外にでた。
昼になろうかという日差しはまぶしく、あるかなしかのさわやかな微風が景色を渡っていた。
昨夜の大雨がウソのように、空は青く澄み渡っている。己の心に垂れ込める暗雲も、激しい雨を降らせれば青く晴れるのだろうかと、思うともなしに思いながら、シキタカは元の場所に座して削りかけの枝を手にした。
木の枝が小気味よい音を立てて、矢へと姿を変えていく。
(俺は卑怯だ)
大切なものを守るふりをして、己の欲をかなえるために欺いている。
ホスセリもトヨホギも失いたくはない。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
【R18】私も知らないわたし
佐伯 結
恋愛
★第2回ラブコスメで乱れる!感じる小説コンテストにて、LC賞(ラブグッズ部門)受賞しました★
ありがとうございますヾ(o´∀`o)ノ♪
ほっこり草食系カップルが、大人のオモチャに目覚めてしまう!?え、彼って、意外と・・・
ほのぼのカップル――由紀と宗一は、人からそう呼ばれるような、穏やかな付き合いをしていた。このままの日常が続くと自然と思っていたし、なんの不満もなく幸せな日々を過ごしていた。
ある時、友達の結婚式二次会で、由紀に大人のオモチャが景品として渡される。それを部屋で見つけた宗一が、突然豹変して・・・?
※実際の商品名が出てきます。
独占欲強めの幼馴染みと極甘結婚
本郷アキ
恋愛
旧題:君しかいらない~独占欲強めの幼馴染みと極甘結婚~
3月22日完結で予約投稿済みです!
~あらすじ~
隣に住む、四歳上の純也お兄ちゃんのことが、小さい頃からずっと大好きだった。
小学生の頃から、大人になったから純也お兄ちゃんと結婚するんだ、なんて言っていたほどに。
けれど、お兄ちゃんが中学生になり、私とは一緒に遊んではくれなくなった。
無視されることが悲しくて堪らなかったけれど、泣きついた母に
「いつまでも小さい子と遊んではいられない」
そう言われてからは、お兄ちゃんともう話せないことが辛くて、自分からお兄ちゃんを避けるようになった。
それなのに。
なぜかお兄ちゃんが私の家庭教師に──?
「大学行かずに、俺と結婚するか? 小さい頃よく言ってたよな?」
なんて言われて、意識しないわけがない。
ずっとずっと大好きだったお兄ちゃんと、高校卒業と同時に結婚!
幸せいっぱいなはずだったのに、そのあと五年間も別居生活が待っていた。
ようやく一緒に暮らせると思っていたら、今度は私の友人と浮気疑惑。
大好きだよ、って私以外の人にも言っていたの?
どうして私と結婚しようと思ったのか、彼の気持ちがよくわからない。
警視庁捜査二課 勤務の二十八歳× 総合病院勤務の看護師 二十三歳
※注意書き載せるの忘れてました↓
エブリスタ、ベリーズカフェにも同タイトルで公開しております。
エブリスタよりこちらでの公開が早いです。ベリーズでは全文公開済みですが、こちらは大人向けに改稿した作品となりますので、ヒーローのセリフ、性格が違います。続きが気になる~とベリーズを読んでも違和感があるかもしれません(汗)
では、楽しんでいただけますように!
狡くて甘い偽装婚約
本郷アキ
恋愛
旧題:あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて~
エタニティブックス様から「あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて」が「狡くて甘い偽装婚約」として改題され4/14出荷予定です。
ヒーロー視点も追加し、より楽しんでいただけるよう改稿しました!
そのため、正式決定後は3/23にWebから作品を下げさせて頂きますので、ご承知おきください。
詳細はtwitterで随時お知らせさせていただきます。
あらすじ
元恋人と親友に裏切られ、もう二度と恋などしないと誓った私──山下みのり、二十八歳、独身。
もちろん恋人も友達もゼロ。
趣味といったら、ネットゲームに漫画、一人飲み。
しかし、病気の祖父の頼みで、ウェディングドレスを着ることに。
恋人を連れて来いって──こんなことならば、彼氏ができたなんて嘘をついたりしなければよかった。
そんな時「君も結婚相手探してるの? 実は俺もなんだ」と声をかけられる。
芸能人みたいにかっこいい男性は、私に都合のいい〝契約〟の話を持ちかけてきた!
私は二度と恋はしない。
もちろんあなたにも。
だから、あなたの話に乗ることにする。
もう長くはない最愛の家族のために。
三十二歳、総合病院経営者 長谷川晃史 × 二十八歳独身、銀行員 山下みのり
切ない大人の恋を描いた、ラブストーリー
※エブリスタ、ムーン、ベリーズカフェに投稿していた「偽装婚約」を大幅に加筆修正したものになります。話の内容は変わっておりません。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
イケメン仏様上司の夜はすごいんです 〜甘い同棲生活〜
ななこ
恋愛
須藤敦美27歳。彼氏にフラれたその日、帰って目撃したのは自分のアパートが火事になっている現場だった。なんて最悪な日なんだ、と呆然と燃えるアパートを見つめていた。幸い今日は金曜日で明日は休み。しかし今日泊まれるホテルを探す気力がなかなか起きず、近くの公園のブランコでぼんやりと星を眺めていた。その時、裸にコートというヤバすぎる変態と遭遇。逃げなければ、と敦美は走り出したが、変態に追いかけられトイレに連れ込まれそうになるが、たまたま通りがかった会社の上司に助けられる。恐怖からの解放感と安心感で号泣した敦美に、上司の中村智紀は困り果て、「とりあえずうちに来るか」と誘う。中村の家に上がった敦美はなおも泣き続け、不満や愚痴をぶちまける。そしてやっと落ち着いた敦美は、ずっと黙って話を聞いてくれた中村にお礼を言って宿泊先を探しに行こうとするが、中村に「ずっとお前の事が好きだった」と突如告白される。仕事の出来るイケメン上司に恋心は抱いていなかったが、憧れてはいた敦美は中村と付き合うことに。そして宿に困っている敦美に中村は「しばらくうちいれば?」と提案され、あれよあれよという間に同棲することになってしまった。すると「本当に俺の事を好きにさせるから、覚悟して」と言われ、もうすでにドキドキし始める。こんなんじゃ心臓持たないよ、というドキドキの同棲生活が今始まる!
外国人医師と私の契約結婚
華藤りえ
恋愛
※掲載先の「アルファポリス様」の<エタニティブックス・赤>から書籍化・2017年9月14発売されました。
医学部の研究室で、教授秘書兼事務員として働く結崎絵麻。
彼女はある日、ずっと思い続けている男性が、異国の第二王子であると知らされる。
エキゾチックな美貌の優秀な研究者で、そのうえ王子!?
驚き言葉を失う絵麻へ、彼はとんでもない要求をしてきた。
それは、王位を巡る政略結婚を回避するため、彼と偽りの婚約・同棲をするというもの。
愛情の欠片もない求婚にショックを受けながら、決して手は出さないという彼と暮らし始めた絵麻。
ところが、なぜか独占欲全開で情熱的なキスや愛撫をされて、絵麻の心はどうしようもなく翻弄されていき……? 叶わない恋と知りながら――それでも相手を求めてやまない。
魅惑のドラマチック・ラブストーリー!(刊行予定情報より)
※2017/08/25 書籍該当部分を削除させていただきました。
冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する
砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法
……先輩。
なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……!
グラスに盛られた「天使の媚薬」
それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。
果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。
確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。
※多少無理やり表現あります※多少……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる