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祭の余韻が朝日に洗われるころ。
カターナは村のはずれにたたずんでいた。
カターナの視線の先には、霧に包まれた森に消えていく背中がある。
「本当に、挨拶もせずに行っちゃった」
カターナは皮紐に通し、ペンダントにした指輪を握って、つぶやいた。村は静まり返っている。たぷっとした、日の出の甘ったるいオレンジ色を見た村人たちは、それぞれの家に帰って、眠っていた。
カターナが指輪を受け取った後、アルテは村の人々に交じり、祭を楽しんでいた。くわしく話を聞くタイミングを見つけられず、疲れもあって途中で祭を抜けたカターナは、ベッドに入った。
いつもの時間に目を覚まし、皮紐に指輪を通して首から提げ、窓を開けたカターナは、荷物を肩にかけて森に向かうアルテの姿を見つけた。
「――っ!」
名を呼ぼうと唇を開いたカターナは思い直し、眠っている祖母や両親を起こさないよう足音を忍ばせて、家を出た。
アルテはすでに、森の入り口にさしかかっていた。カターナは追いかけたい衝動を抑えて、深呼吸をした。
「ありがとう、アルテさん」
つぶやき、彼の姿が見えなくなっても、思いを乗せた視線を向けるカターナの耳に、足音が届く。見れば、ぎこちない笑みを浮かべたディルがいた。
「おはよう、カターナ」
「おはよう、ディル。どうしたの?」
表情の硬いディルに、カターナは首をかしげる。
「うん……。アルテさんは?」
「行っちゃった」
「そっか」
「村の人たちには昨日、私たちがお風呂に入っている間に、挨拶を済ませちゃったんですって」
「らしいね」
「知ってたの?」
「聞いたんだ。祭のときに」
「そっか」
「ねえ、カターナ」
「なに」
ディルが、真剣な顔をする。
「僕はカターナが、アルテさんについて行ってしまうって、思った」
カターナはビックリした。ディルは怖いほど真面目に、カターナを見ている。カターナは唇を引き結び、深呼吸をしてから答えた。
「ついて行きたかったわ」
「……やっぱり」
「でも、やめたの」
「どうして」
「だって、私の弓は修理中だし。そうじゃなくっても、アルテさんの足手まといにしかならないって、わかりきっているんだもの。それに――」
「それに?」
カターナは楽しそうに、ディルの顔を覗きこんだ。
「私の仲間は、ここにいるから」
「……カターナ」
ディルがいつもの笑顔に戻る。カターナはクルリと背を向けた。やわらかな朝日の中、金色の髪が楽しげに揺れる。
「まだまだ、この村にいてもできる冒険は、たくさんあるはずよ。だって、冒険は星の数ほど、あるんですもの」
太陽を受け止めるように、両手を広げたカターナの胸元で、アルテの指輪が光った。
その輝きは、芽吹きの季節を迎えた新芽のように、希望に膨らんだカターナの心そのものだった。
カターナは村のはずれにたたずんでいた。
カターナの視線の先には、霧に包まれた森に消えていく背中がある。
「本当に、挨拶もせずに行っちゃった」
カターナは皮紐に通し、ペンダントにした指輪を握って、つぶやいた。村は静まり返っている。たぷっとした、日の出の甘ったるいオレンジ色を見た村人たちは、それぞれの家に帰って、眠っていた。
カターナが指輪を受け取った後、アルテは村の人々に交じり、祭を楽しんでいた。くわしく話を聞くタイミングを見つけられず、疲れもあって途中で祭を抜けたカターナは、ベッドに入った。
いつもの時間に目を覚まし、皮紐に指輪を通して首から提げ、窓を開けたカターナは、荷物を肩にかけて森に向かうアルテの姿を見つけた。
「――っ!」
名を呼ぼうと唇を開いたカターナは思い直し、眠っている祖母や両親を起こさないよう足音を忍ばせて、家を出た。
アルテはすでに、森の入り口にさしかかっていた。カターナは追いかけたい衝動を抑えて、深呼吸をした。
「ありがとう、アルテさん」
つぶやき、彼の姿が見えなくなっても、思いを乗せた視線を向けるカターナの耳に、足音が届く。見れば、ぎこちない笑みを浮かべたディルがいた。
「おはよう、カターナ」
「おはよう、ディル。どうしたの?」
表情の硬いディルに、カターナは首をかしげる。
「うん……。アルテさんは?」
「行っちゃった」
「そっか」
「村の人たちには昨日、私たちがお風呂に入っている間に、挨拶を済ませちゃったんですって」
「らしいね」
「知ってたの?」
「聞いたんだ。祭のときに」
「そっか」
「ねえ、カターナ」
「なに」
ディルが、真剣な顔をする。
「僕はカターナが、アルテさんについて行ってしまうって、思った」
カターナはビックリした。ディルは怖いほど真面目に、カターナを見ている。カターナは唇を引き結び、深呼吸をしてから答えた。
「ついて行きたかったわ」
「……やっぱり」
「でも、やめたの」
「どうして」
「だって、私の弓は修理中だし。そうじゃなくっても、アルテさんの足手まといにしかならないって、わかりきっているんだもの。それに――」
「それに?」
カターナは楽しそうに、ディルの顔を覗きこんだ。
「私の仲間は、ここにいるから」
「……カターナ」
ディルがいつもの笑顔に戻る。カターナはクルリと背を向けた。やわらかな朝日の中、金色の髪が楽しげに揺れる。
「まだまだ、この村にいてもできる冒険は、たくさんあるはずよ。だって、冒険は星の数ほど、あるんですもの」
太陽を受け止めるように、両手を広げたカターナの胸元で、アルテの指輪が光った。
その輝きは、芽吹きの季節を迎えた新芽のように、希望に膨らんだカターナの心そのものだった。
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