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21.恋はおおいなる下心なんです
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お祝いの気配がふわふわと漂っている施設を出て、車の助手席に落ち着いた頼子は、運転席の多美子に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは、こっちのほうよ。このまま弘毅は私のことを気にしたまま、ずっとひとり身で過ごすんじゃないかって心配をしていたから。相手が見つかってうれしいのよ。その相手が頼子ちゃんだなんて、最高だわ。はたから見たらスピード結婚って印象だけど、ふたりは子どものころからの知り合いで、そのときから頼子ちゃんは弘毅を好きでいてくれたんでしょう?」
エンジンがかかり、車が発進する。その音に頼子の「はい」がまぎれた。
「弘毅も、頼子ちゃんのことを気にしていたしね。なんだかんだで、ふたりは結ばれる運命だったのよ」
「う、運命ですか」
「だれかになにか言われたら、そう言ってやればいいのよ。必然だろうと偶然だろうと、そういう結果になったんなら、運命だって言っておけばとりあえず相手は、なぁんとなく納得してくれるから」
「……はぁ」
それは多美子自身のことを言っているのかと、頼子は考えた。
「縁もゆかりもないこの土地にきて、いろいろとめんどうなこととか、あれこれとうっとうしいこととかもあったけど。それでも、ここに移り住んでよかったと思っているの。弘毅のことだけが気がかりだったけど、それも今日で終わりね! 心の底から、移り住んでよかったって思えるわ。だって、あの子の人生のいちばんたのしいときを、奪ってしまったようなものだもの」
「多美子さん。――弘毅さんは、そんなことを考えていませんよ」
「うん。あの子は自然に、自分はそうしたいんだって、私の傍にいると決めてくれた。だからよけいにね。私の心の都合で、仲のよかった人たちと離れて田舎暮らしに変わってしまって。高校も大学も、私の傍にいられるようにって選んでくれて。本人はそんなつもりがなくっても、こっちとしては気がとがめるのよ。もっとワガママになってくれてもいいのにって。姉の美里は、はっきりと田舎暮らしなんてムリだって、向こうに残ったからよけいにね」
「でもそれは、美里さんが大学生だったからですよ。弘毅さんは中学生だったんですし」
「それもある。だけどね、下宿先を探すとか、なんとかする道はあったのよ。……私としては、弘毅だけでも傍にいてくれて、とても助かったんだけど」
きっとそんな多美子の気持ちを、弘毅は察していたのだろう。互いに互いを思いあって、そのために多美子は弘毅にすまないと感じている。
「だから、弘毅のメモを見つけたときは、とてもうれしかったの。あの子を支えてくれる人ができたんだって。やさしい子だけど、ほんとうに大事なことに関してはガンコになるから。だから、頼子ちゃんへの気持ちは私の望みを汲んだわけじゃない。それだけは断言できるわ。あの子の気持ちはほんものよ。ほとんどのことに執着を見せない子だけど、これと決めたら行動がはやいから。それだけ本気なんだなってわかったわ」
ふわぁっと頼子の頬に朱が上り、多美子はフフッと目じりをゆるめた。
「あの、多美子さん」
「ん?」
「私、介護士の資格を取ろうと思うんです。あの施設で、きちんと働きたいなって」
「無理しなくてもいいのよ。いまのまま、本調子になるまでゆっくり、のんびり手伝いをしてくれれば。それだけでもかなり助かっているし、資格を取れば辛い仕事も振られることになる。きつくて汚いこともしなくちゃいけなくなるのよ」
「いいんです。私、いまはぜんぜん頼りないですけど、正式に施設の一員になりたいんです。前の職場は、仕事はよかったんですけど、人間関係がダメで。でもいまは、みんなが私を受け入れてくれていて。だからきっと、がんばれると思うんです」
「そう。でも、あんまりがんばりすぎないようにね」
「はいっ」
「ということは、頼子ちゃんはこのまま、こっちに住むってことでいいのね」
「ダメ……ですか?」
「ううん。ほっとしてるの」
「弘毅さんと、離れなくていいからですか」
「そうじゃなくて」
ニヤリとした多美子が言葉を切る。その先は待っても出てこなかった。不思議に思いつつ、けれど答えは与えると気配で示されて、頼子は前に目を向けて、時折動くワイパーをながめた。
家に到着し、傘をさして車を出る。多美子が後続の弘毅を待ったので、頼子もその横に並んで弘毅を待った。いつもなら先に家に上がっている多美子が待っているので、いぶかりながら弘毅が近づく。
「かあさん?」
「さ、帰りましょ」
心なしか足取りをはずませる多美子に、弘毅と頼子は首をひねった。ご機嫌な多美子が玄関の前で立ち止まり、離れを指さす。
「今日から、ふたりはこっちで寝起きしなさい」
「えっ」
「寝起きって……離れは物置になっているから、今日からって言われてもすぐには使えないだろう」
ふっふーんと多美子は顎をツイッと持ち上げ、得意げに離れの戸を開けて電気をつけた。中をのぞいた弘毅があぜんとする。その後ろから顔をのぞかせた頼子は、キレイに掃除をされている玄関に目をまたたかせた。
「近所の人たちにお願いして、片づけておいてもらったのよ。弘毅の仕事道具とかには手を触れていないから、安心して。運んだのは頼子ちゃんの荷物と布団だけ。お風呂のあとに、いちいち母屋から移動するのはめんどくさいかもしれないけど、私のことを気にしてコソコソとふたりで過ごすより、離れで思い切りラブラブできたほうがいいでしょう?」
「ら、ラブラブ」
真っ赤になった頼子に、ンフフと多美子が手のひらを口にあてる。
「まあ、そういうわけだから。とりあえずふたりで、離れの中を見ておきなさい。私は先にお風呂に入って、缶ビールをたのしんでるから」
じゃあねと手をヒラヒラさせる多美子の背中を見送って、頼子は「どうします?」と弘毅を見上げた。ため息をつきながら頭をかいた弘毅が、靴を脱いで先に上がる。
「とりあえず、見てまわろうか」
うなずいた頼子も部屋に上がった。六畳ほどの部屋がひとつの二階家は、寝るだけと考えれば充分すぎる広さだった。
「二階を寝室にして、一階に服とかそのあたりを置いておこうか。着ないものは母屋に置いて。――田舎の家は、都会と比べて広いだけが取り柄だから」
なんとなく落ち着かない弘毅に、頼子は「はい」と答えた。二階の押入れには上段に布団が入っているほかは、からっぽだった。母屋に置かなくても、ここと一階を使えば、すべての服が収納できそうだ。
「食事とかトイレとかお風呂とか。わざわざ母屋に移動しなくちゃいけないのは、めんどうだろうけど。それで、いいかな」
「はい」
返事をして、頼子はクスッと笑った。
「なに?」
「おばさん、きっと自分が離れに移動するって言ったら、弘毅さんが気を使うだろうって考えたんだと思います」
「そうかな」
「そうですよ。想像してみてください」
ううんとうなった弘毅が「そうかもしれない」と苦笑して、頼子を引き寄せた。
「かあさんを追い出した感じがして、気まずいかもしれないな」
「だからきっと、おばさんは私たちを離れにって考えたんですよ。弘毅さんの気持ちを尊重して」
「それなら、頼子ちゃんもおなじだろう? 頼子ちゃんだって、かあさんがこっちに住むって言ったら気を遣うはずだからね」
「それは……そうですね」
「つまり、俺たちのことを考えた結果、こうなったってわけだ」
「私、移動とかぜんぜん平気ですよ。弘毅さんと、気兼ねなくこうできるんなら」
そっと彼の胸に頬をあてた頼子の背中を、弘毅がギュッと抱きしめる。じんわりと互いの体温が混ざって、頼子は心地よく目を閉じた。
「これから、よろしくね。頼子ちゃん」
「私こそ、よろしくお願いします。――まさか、ほんとに成就するなんて、思わなかった」
なにがと目顔で問われて、頼子は昌代の話を披露した。
「へえ。そうだったんだ」
「はい。だから、私の最終目的は、弘毅さんと結婚することで。でも、そのときはなんていうか、はっきりとしていたわけじゃなくて。そうなったらいいなぁっていう感じだったんです。必死だったんですけど、実感がそこまでなかったっていうか」
「いまは?」
「はっきり実感しています。弘毅さんが、自分の気持ちに素直になっていいって、まわりのことなんて気にしなくてもいいって言ってくれたから。――私ずっと、私の王子様といたいって思っていたんです。弘毅さんと過ごしたいって。だから」
「俺も、しあわせだよ」
言葉と共に唇を奪われて、頼子ははにかんだ。
「でも、恋は下心なんて、うまいことを言うね。昌代さんも」
「うまい……ですか?」
「そう」
弘毅の指が、やさしく頼子の髪を梳く。
(うまいって、どういうことだろう)
自分の望みを含んでいるから、恋は下心がうまい表現だと言っているのか。それとも――。
(エッチなことをするから、下心はうまいって言っているのかな)
ポウッとなった頼子に、弘毅が答えを教えた。
「恋っていう字は、下心が支えているだろう?」
あっと目と口をまるくした頼子に、弘毅は笑みとろけた。
「だから恋は、下心で間違いないんだ。頼子ちゃんの行動は、恋に必死になった結果だったんだな」
「そ、それは……それだけ、弘毅さんが好きだからです。だから、なんていうか……自分でも、とんでもない行動をしたって思っていますけど、でも」
「責めているわけじゃないよ。前にも言ったけど、そのおかげで俺は頼子ちゃんと結ばれることができたんだから。俺にだって下心があった。おあいこだ」
「弘毅さん」
首を伸ばしてキスを求めれば、与えられた。互いに軽くついばみあって、おなじ笑みを浮かべた。なんてしあわせなんだろうと、頼子はうっとりする。
「これからは、下心を持ち上げて、真ん中に心を置こう」
どういうことかわからずに頼子がキョトンとすると、弘毅が照れくさそうに言う。
「愛って漢字を、思い出して」
ハッとした頼子に、うんと弘毅が首を動かす。
「真ん中に心を置いて、これからの時間を生きていこう」
「弘毅さん」
「これから、よろしく」
「私こそ、よろしくお願いします」
静かな笑みを浮かべて見つめあい、キスを交わして体を離す。
「そろそろ、母屋に行こうか。ご飯を食べて、お風呂に入って……それから、結婚式の後の、その……いいかな」
目じりを赤く染めた弘毅がなにを求めているのかを察して、頼子ははにかんだ。
「もちろんです」
弘毅の手が伸ばされて、頼子はそれをしっかり握る。
「頼子ちゃんのおばさんにもあいさつをして、正式な結婚式をしよう。――ああいうイラストを描いているって知ったら、嫌がられるかな」
冗談めかして不安がる弘毅に、頼子はしっかりと否定した。
「大丈夫です。おかあさんは、そういう人じゃないから。おばさんは堂々としているし、きっとおかあさんも、すごいって言うと思います」
繋いだ手を強く握って、頼子はちいさく「ごめんなさい」と偏見を持っていたことを謝罪した。
「いいよ。気にしていないから。ただ、もうイラストに嫉妬はしないでほしいかな」
めずらしく意地の悪い顔をされて、頼子はおどろいてから頬をふくらませた。
「嫉妬をしないでいいくらい、私のことを愛してくださいね」
「それは、もちろん」
しっかりと請け負われて、頼子はフフッと肩をすくめた。
(下心を、真ん中にかぁ)
雨にけぶる、ひんやりとした夜気の中。弘毅と手をつないで母屋に行きながら、頼子は見えない星を見上げた。
(自分の気持ちを真ん中に。そうやって、相手のことを考えて生きていこう)
弘毅となら、きっと互いを思いやりながら時間を重ねていけるはず。
冷たい雨に包まれて、自分を大切にしながらも相手を想えるぬくもりを、頼子はギュッと握りしめた。
-fin-
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは、こっちのほうよ。このまま弘毅は私のことを気にしたまま、ずっとひとり身で過ごすんじゃないかって心配をしていたから。相手が見つかってうれしいのよ。その相手が頼子ちゃんだなんて、最高だわ。はたから見たらスピード結婚って印象だけど、ふたりは子どものころからの知り合いで、そのときから頼子ちゃんは弘毅を好きでいてくれたんでしょう?」
エンジンがかかり、車が発進する。その音に頼子の「はい」がまぎれた。
「弘毅も、頼子ちゃんのことを気にしていたしね。なんだかんだで、ふたりは結ばれる運命だったのよ」
「う、運命ですか」
「だれかになにか言われたら、そう言ってやればいいのよ。必然だろうと偶然だろうと、そういう結果になったんなら、運命だって言っておけばとりあえず相手は、なぁんとなく納得してくれるから」
「……はぁ」
それは多美子自身のことを言っているのかと、頼子は考えた。
「縁もゆかりもないこの土地にきて、いろいろとめんどうなこととか、あれこれとうっとうしいこととかもあったけど。それでも、ここに移り住んでよかったと思っているの。弘毅のことだけが気がかりだったけど、それも今日で終わりね! 心の底から、移り住んでよかったって思えるわ。だって、あの子の人生のいちばんたのしいときを、奪ってしまったようなものだもの」
「多美子さん。――弘毅さんは、そんなことを考えていませんよ」
「うん。あの子は自然に、自分はそうしたいんだって、私の傍にいると決めてくれた。だからよけいにね。私の心の都合で、仲のよかった人たちと離れて田舎暮らしに変わってしまって。高校も大学も、私の傍にいられるようにって選んでくれて。本人はそんなつもりがなくっても、こっちとしては気がとがめるのよ。もっとワガママになってくれてもいいのにって。姉の美里は、はっきりと田舎暮らしなんてムリだって、向こうに残ったからよけいにね」
「でもそれは、美里さんが大学生だったからですよ。弘毅さんは中学生だったんですし」
「それもある。だけどね、下宿先を探すとか、なんとかする道はあったのよ。……私としては、弘毅だけでも傍にいてくれて、とても助かったんだけど」
きっとそんな多美子の気持ちを、弘毅は察していたのだろう。互いに互いを思いあって、そのために多美子は弘毅にすまないと感じている。
「だから、弘毅のメモを見つけたときは、とてもうれしかったの。あの子を支えてくれる人ができたんだって。やさしい子だけど、ほんとうに大事なことに関してはガンコになるから。だから、頼子ちゃんへの気持ちは私の望みを汲んだわけじゃない。それだけは断言できるわ。あの子の気持ちはほんものよ。ほとんどのことに執着を見せない子だけど、これと決めたら行動がはやいから。それだけ本気なんだなってわかったわ」
ふわぁっと頼子の頬に朱が上り、多美子はフフッと目じりをゆるめた。
「あの、多美子さん」
「ん?」
「私、介護士の資格を取ろうと思うんです。あの施設で、きちんと働きたいなって」
「無理しなくてもいいのよ。いまのまま、本調子になるまでゆっくり、のんびり手伝いをしてくれれば。それだけでもかなり助かっているし、資格を取れば辛い仕事も振られることになる。きつくて汚いこともしなくちゃいけなくなるのよ」
「いいんです。私、いまはぜんぜん頼りないですけど、正式に施設の一員になりたいんです。前の職場は、仕事はよかったんですけど、人間関係がダメで。でもいまは、みんなが私を受け入れてくれていて。だからきっと、がんばれると思うんです」
「そう。でも、あんまりがんばりすぎないようにね」
「はいっ」
「ということは、頼子ちゃんはこのまま、こっちに住むってことでいいのね」
「ダメ……ですか?」
「ううん。ほっとしてるの」
「弘毅さんと、離れなくていいからですか」
「そうじゃなくて」
ニヤリとした多美子が言葉を切る。その先は待っても出てこなかった。不思議に思いつつ、けれど答えは与えると気配で示されて、頼子は前に目を向けて、時折動くワイパーをながめた。
家に到着し、傘をさして車を出る。多美子が後続の弘毅を待ったので、頼子もその横に並んで弘毅を待った。いつもなら先に家に上がっている多美子が待っているので、いぶかりながら弘毅が近づく。
「かあさん?」
「さ、帰りましょ」
心なしか足取りをはずませる多美子に、弘毅と頼子は首をひねった。ご機嫌な多美子が玄関の前で立ち止まり、離れを指さす。
「今日から、ふたりはこっちで寝起きしなさい」
「えっ」
「寝起きって……離れは物置になっているから、今日からって言われてもすぐには使えないだろう」
ふっふーんと多美子は顎をツイッと持ち上げ、得意げに離れの戸を開けて電気をつけた。中をのぞいた弘毅があぜんとする。その後ろから顔をのぞかせた頼子は、キレイに掃除をされている玄関に目をまたたかせた。
「近所の人たちにお願いして、片づけておいてもらったのよ。弘毅の仕事道具とかには手を触れていないから、安心して。運んだのは頼子ちゃんの荷物と布団だけ。お風呂のあとに、いちいち母屋から移動するのはめんどくさいかもしれないけど、私のことを気にしてコソコソとふたりで過ごすより、離れで思い切りラブラブできたほうがいいでしょう?」
「ら、ラブラブ」
真っ赤になった頼子に、ンフフと多美子が手のひらを口にあてる。
「まあ、そういうわけだから。とりあえずふたりで、離れの中を見ておきなさい。私は先にお風呂に入って、缶ビールをたのしんでるから」
じゃあねと手をヒラヒラさせる多美子の背中を見送って、頼子は「どうします?」と弘毅を見上げた。ため息をつきながら頭をかいた弘毅が、靴を脱いで先に上がる。
「とりあえず、見てまわろうか」
うなずいた頼子も部屋に上がった。六畳ほどの部屋がひとつの二階家は、寝るだけと考えれば充分すぎる広さだった。
「二階を寝室にして、一階に服とかそのあたりを置いておこうか。着ないものは母屋に置いて。――田舎の家は、都会と比べて広いだけが取り柄だから」
なんとなく落ち着かない弘毅に、頼子は「はい」と答えた。二階の押入れには上段に布団が入っているほかは、からっぽだった。母屋に置かなくても、ここと一階を使えば、すべての服が収納できそうだ。
「食事とかトイレとかお風呂とか。わざわざ母屋に移動しなくちゃいけないのは、めんどうだろうけど。それで、いいかな」
「はい」
返事をして、頼子はクスッと笑った。
「なに?」
「おばさん、きっと自分が離れに移動するって言ったら、弘毅さんが気を使うだろうって考えたんだと思います」
「そうかな」
「そうですよ。想像してみてください」
ううんとうなった弘毅が「そうかもしれない」と苦笑して、頼子を引き寄せた。
「かあさんを追い出した感じがして、気まずいかもしれないな」
「だからきっと、おばさんは私たちを離れにって考えたんですよ。弘毅さんの気持ちを尊重して」
「それなら、頼子ちゃんもおなじだろう? 頼子ちゃんだって、かあさんがこっちに住むって言ったら気を遣うはずだからね」
「それは……そうですね」
「つまり、俺たちのことを考えた結果、こうなったってわけだ」
「私、移動とかぜんぜん平気ですよ。弘毅さんと、気兼ねなくこうできるんなら」
そっと彼の胸に頬をあてた頼子の背中を、弘毅がギュッと抱きしめる。じんわりと互いの体温が混ざって、頼子は心地よく目を閉じた。
「これから、よろしくね。頼子ちゃん」
「私こそ、よろしくお願いします。――まさか、ほんとに成就するなんて、思わなかった」
なにがと目顔で問われて、頼子は昌代の話を披露した。
「へえ。そうだったんだ」
「はい。だから、私の最終目的は、弘毅さんと結婚することで。でも、そのときはなんていうか、はっきりとしていたわけじゃなくて。そうなったらいいなぁっていう感じだったんです。必死だったんですけど、実感がそこまでなかったっていうか」
「いまは?」
「はっきり実感しています。弘毅さんが、自分の気持ちに素直になっていいって、まわりのことなんて気にしなくてもいいって言ってくれたから。――私ずっと、私の王子様といたいって思っていたんです。弘毅さんと過ごしたいって。だから」
「俺も、しあわせだよ」
言葉と共に唇を奪われて、頼子ははにかんだ。
「でも、恋は下心なんて、うまいことを言うね。昌代さんも」
「うまい……ですか?」
「そう」
弘毅の指が、やさしく頼子の髪を梳く。
(うまいって、どういうことだろう)
自分の望みを含んでいるから、恋は下心がうまい表現だと言っているのか。それとも――。
(エッチなことをするから、下心はうまいって言っているのかな)
ポウッとなった頼子に、弘毅が答えを教えた。
「恋っていう字は、下心が支えているだろう?」
あっと目と口をまるくした頼子に、弘毅は笑みとろけた。
「だから恋は、下心で間違いないんだ。頼子ちゃんの行動は、恋に必死になった結果だったんだな」
「そ、それは……それだけ、弘毅さんが好きだからです。だから、なんていうか……自分でも、とんでもない行動をしたって思っていますけど、でも」
「責めているわけじゃないよ。前にも言ったけど、そのおかげで俺は頼子ちゃんと結ばれることができたんだから。俺にだって下心があった。おあいこだ」
「弘毅さん」
首を伸ばしてキスを求めれば、与えられた。互いに軽くついばみあって、おなじ笑みを浮かべた。なんてしあわせなんだろうと、頼子はうっとりする。
「これからは、下心を持ち上げて、真ん中に心を置こう」
どういうことかわからずに頼子がキョトンとすると、弘毅が照れくさそうに言う。
「愛って漢字を、思い出して」
ハッとした頼子に、うんと弘毅が首を動かす。
「真ん中に心を置いて、これからの時間を生きていこう」
「弘毅さん」
「これから、よろしく」
「私こそ、よろしくお願いします」
静かな笑みを浮かべて見つめあい、キスを交わして体を離す。
「そろそろ、母屋に行こうか。ご飯を食べて、お風呂に入って……それから、結婚式の後の、その……いいかな」
目じりを赤く染めた弘毅がなにを求めているのかを察して、頼子ははにかんだ。
「もちろんです」
弘毅の手が伸ばされて、頼子はそれをしっかり握る。
「頼子ちゃんのおばさんにもあいさつをして、正式な結婚式をしよう。――ああいうイラストを描いているって知ったら、嫌がられるかな」
冗談めかして不安がる弘毅に、頼子はしっかりと否定した。
「大丈夫です。おかあさんは、そういう人じゃないから。おばさんは堂々としているし、きっとおかあさんも、すごいって言うと思います」
繋いだ手を強く握って、頼子はちいさく「ごめんなさい」と偏見を持っていたことを謝罪した。
「いいよ。気にしていないから。ただ、もうイラストに嫉妬はしないでほしいかな」
めずらしく意地の悪い顔をされて、頼子はおどろいてから頬をふくらませた。
「嫉妬をしないでいいくらい、私のことを愛してくださいね」
「それは、もちろん」
しっかりと請け負われて、頼子はフフッと肩をすくめた。
(下心を、真ん中にかぁ)
雨にけぶる、ひんやりとした夜気の中。弘毅と手をつないで母屋に行きながら、頼子は見えない星を見上げた。
(自分の気持ちを真ん中に。そうやって、相手のことを考えて生きていこう)
弘毅となら、きっと互いを思いやりながら時間を重ねていけるはず。
冷たい雨に包まれて、自分を大切にしながらも相手を想えるぬくもりを、頼子はギュッと握りしめた。
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