凪の潮騒

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　同じように、薄い笑みを浮かべあう。

「ここに連れてこられてすぐに、武家として相応しくなるようにと、教育をされた。それとともに、身代わりであることを体中になじむほどに教え込まれた。俺は、かりそめの当主なのだと――本物の当主が来るまで、ただ知識と教養を身に着けて屋敷の中の誰に構うことも構われることもせず、居続けるだけの存在なのだと認識した。母が受け取ったものが何なのか、おぼろげながら俺は察した。――俺は、ここに売られたのだと誰に言われたわけでもなく、気付いた」

「もとの名は、なんというんだ？」

　何の感情も無い笑みを浮かべて、忘れたのだと宗也が言った。

「戻ることの無い、必要のない名を覚えていたとして、何になろう」

　たしかに、そうだ――宗也の言うとおりだ。けれど、それはとても寂しいことなんじゃないのか。帰ることも出来ない、ここに居てもかりそめの存在であり続ける宗也の本質を示すはずの名を奪ったのは――――。

　その先を考えたくなくて、無理やり思考を中断するために口を開いた。

「宗也は、どうしてあの岩場に来ていたんだ」

「――奥村より、しばらくすれば本物の血が戻ってくると聞かされた。どのような相手かと問えば、漁村で漁をして食いつないでいるという。農民の出の俺が屋敷で暮らし、本来ここで生活をするべき相手が、漁村に居る。その漁村は、どのような場所なのかと気になった」

　そこで、爺様に誰の目にも見とがめられぬ時間帯に村に行きたいと願えば、夜が明ける前の時間であれば闇が濃いだろうと、爺様は駕篭を用意し村の傍まで宗也を運んだのだという。そこで、宗也は人目につかぬよう駕篭から下りて一人歩き、岩場に上って海を眺めていたところで、私に声をかけられのだと言った。

「俺のことを気にかけるものがいるとは、思わなかった」

　だから、初めて会った時に手を伸ばして触れたいと思ったのだと言われ、口づけをされたことを思いだした。

　そして明けきる前に屋敷に戻り、奥村の爺様が私をいつ迎えるか算段しつつ、様子を伺っているのだと聞いて、漁をしていた娘に会ったと告げたらしい。それを聞いた爺様は、それはおそらく迎えようとしている姫だろうと答えた。名を聞いたのかと問われ、聞けなかったと言えば「伊佐という名の娘だ」と教えられたのだという。

　そうして宗也は、ふたたびあの岩場に来て私と会った。二度目に私が生活に困っているなどという話をしたので、宗也はふいに今まで思い出すことすら忘れていた幼いころの家を思い出したという。