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海に、入りたくなかった。
私が海に入らなければ、幸正は求めてこないから。――あたためるという名目が無ければ、幸正が私を求める必要がないことに、気が付いたからだ。
次は、先ほどよりもやわらかい感触があった。これはきっと、蛸だろう。このあたりに、蛸の好みそうな壺を沈めておくのもいいかもしれない。そうすれば投網の練習をする間、海に入らずとも少しの獲物なら手にすることが出来るだろう。
ぼんやりとして頼りなく、地に足のついていないような頭でそんなことを思いながら、漁を続けた。
遠くで、海と空を分ける光の筋が生まれ、夜が明け始める。頃合いと見計らい道具をまとめるためにしゃがみ、ふと腰に手を添える。腰帯に、父様の形見の小刀を包んだ布もそのままに、お守りとして差していた。
「娘――」
声を掛けられ、立ち上がる。そこには、闇に沈みかけている人影があった。
「宗也か」
他に、思い当たる名前は無かった。ゆっくりと近づけばそれはやはり宗也で、相も変わらず生きているのかどうかわからぬような、作り物のような顔をしていた。
「今日は、海には入っておらぬのか」
「入らない日だって、あるさ」
ふむ、と納得したのかしていないのかわかりにくい、声のような鼻息のようなものを漏らした宗也は、ふと私の腰にある小刀を包んだ布に目を止めた。
「それは、何だ」
「父の形見だ」
だんだんと、海の上に朝日が滲み始め空が白みだした。そろそろ戻らなければ、幸正が仕える人の朝餉に出す食材を取りに来る。そう思うのに、私の足は根が生えたように動かない。
目を眇めた宗也が、私の腰に手を伸ばしてきた。それを、払いのける。
「何さ」
「それを、見せてもらいたい」
「見て、どうするのさ」
「父の形見、取りはせぬ」
「どうだか」
鼻で笑いながら、心の中で宗也がこの布を広げて中の小刀を取り出してくれることを――見てみたいと思いながらためらい出来ぬことをしてもらいたいと、望んだ。けれど、宗也は何も言わずに私を通すように一歩下がって道を開ける。
私が海に入らなければ、幸正は求めてこないから。――あたためるという名目が無ければ、幸正が私を求める必要がないことに、気が付いたからだ。
次は、先ほどよりもやわらかい感触があった。これはきっと、蛸だろう。このあたりに、蛸の好みそうな壺を沈めておくのもいいかもしれない。そうすれば投網の練習をする間、海に入らずとも少しの獲物なら手にすることが出来るだろう。
ぼんやりとして頼りなく、地に足のついていないような頭でそんなことを思いながら、漁を続けた。
遠くで、海と空を分ける光の筋が生まれ、夜が明け始める。頃合いと見計らい道具をまとめるためにしゃがみ、ふと腰に手を添える。腰帯に、父様の形見の小刀を包んだ布もそのままに、お守りとして差していた。
「娘――」
声を掛けられ、立ち上がる。そこには、闇に沈みかけている人影があった。
「宗也か」
他に、思い当たる名前は無かった。ゆっくりと近づけばそれはやはり宗也で、相も変わらず生きているのかどうかわからぬような、作り物のような顔をしていた。
「今日は、海には入っておらぬのか」
「入らない日だって、あるさ」
ふむ、と納得したのかしていないのかわかりにくい、声のような鼻息のようなものを漏らした宗也は、ふと私の腰にある小刀を包んだ布に目を止めた。
「それは、何だ」
「父の形見だ」
だんだんと、海の上に朝日が滲み始め空が白みだした。そろそろ戻らなければ、幸正が仕える人の朝餉に出す食材を取りに来る。そう思うのに、私の足は根が生えたように動かない。
目を眇めた宗也が、私の腰に手を伸ばしてきた。それを、払いのける。
「何さ」
「それを、見せてもらいたい」
「見て、どうするのさ」
「父の形見、取りはせぬ」
「どうだか」
鼻で笑いながら、心の中で宗也がこの布を広げて中の小刀を取り出してくれることを――見てみたいと思いながらためらい出来ぬことをしてもらいたいと、望んだ。けれど、宗也は何も言わずに私を通すように一歩下がって道を開ける。
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