8 / 15
8.
しおりを挟む
最近、里見さんの顔色が悪い気がする。頬がこけているように見えるというか、顔色がいつもより青白いというか、はかなげな印象がより強くなっているというか……。とにかく、体調が悪いのではと心配になるくらいには、顔色がよくない。
なにか無理をしているのなら、手伝えることなら教えてほしい。だけど人間の姿でいられる時間が限られている俺が、そう言ったって里見さんは遠慮をするだけなんじゃないか。むしろ心配をかけてしまって申し訳ないなんて、よけいに無理をしてしまう気がする。
いっしょに暮らしているんだから、もっと頼ってくれてもいいのに。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
区民センターでの教室に向かう里見さんを見送って食器を洗っていると、オシロに背中をつつかれた。さっきまで食卓を囲っていたから、オシロは人型だ。黒髪に金の瞳。しなやかな体つきは同性としてうらやましい限りだ。ネコの耳としっぽがなければ。
「気づいてんだろう?」
俺のしっぽを触りながら、オシロが言う。
「なにが」
「仁志の体調だよ」
「それは、まあ」
「ふうん。それで、どう思う?」
「どうって……どういう意味だよ」
「どうにかしてぇと思うかって聞いてんだ」
「どうにかできるんなら、どうにかしたいさ」
食器を洗い終えて掃除に取りかかった。オシロは手伝うでもなく、俺の後をついてくる。
「どうにかできるぜ」
「えっ」
腕を掴まれて押し倒された。のしかかられて、肩を押さえつけられる。畳にしっぽが押しつけられて、つけ根がすこし痛んだ。
「俺様に抱かれろ」
「は? なんで里見さんの体調の話から、そうなるんだよ」
「おまえが観念すりゃあ、仁志の負担が減るんだよ」
「わかりやすく説明しろよ」
俺はひ弱な体格をしているわけじゃない。だけどオシロは余裕の顔で、押しのけようとする俺を抑え込んでいる。
「おまえ、人型になるためになにをしている?」
「……里見さんの指を、噛んでいるけど」
「それで、精を飲んでいるだろう」
「精って」
「精気……いわゆる、見えねぇ命の力ってぇやつだ。それをもらって、おまえは人間の姿になる。つまり仁志は自分の命を、飯を食う前におまえに与えてやってんだ。そんなことを続けていりゃあ、具合が悪くなって当然だろう」
フフンと笑ったオシロの金色の目が、意地悪く光っている。
「だからそろそろ観念して、俺様に抱かれちまえよ。きちんと猫又になっちまって、猫又として生きていく覚悟を決めるいい機会だぜ」
耳裏を舐められてビクリとしたら、オシロが悪役みたいに喉を鳴らした。
「なあ、裕太。そうすりゃあ仁志だって、おまえに余計な気を遣わずにいられるんだよ。ずっとここで、ネコとしてのんびり暮らすのも悪くねぇぜ」
「それは」
たしかに。ここで暮らすようになって、俺はベランダでここをながめていたときみたいな、妙なさみしさを感じなくなっている。里見さんは俺を受け入れてくれていて、やさしい目を向けてくれる。縁側で昼寝をするのは気持ちがいいし、なにをするでもなく里見さんの気配を感じて過ごすのはうれしい。
うれしい?
「観念して、俺様に抱かれちまえよ……裕太」
低く艶っぽい声を耳に注がれて、我に返った。
「いやいやいやいや、無理だから! おまえに抱かれるとか、ぜったい無理!!」
身をよじってオシロの肩を全力で押すと、あきれた息をかけられた。
「強情なヤツだな、おまえも。ネコになりてぇっつったくせに」
「だからそれは、本気でそうなるなんて思わなかったって言っているだろう。おまえだって、わかってないじゃないか」
不機嫌に半眼になったオシロがネコの姿になった。しっぽで俺の頬を叩いて、「つまらねぇ」とぼやきながら去っていく。
俺を抱くために、ネコに戻らずにいたのかよ。やれやれと立ち上がってホウキを握って畳を掃きながら、里見さんの血の味を思い出す。俺は里見さんの血じゃなくて、精気をもらって人間に戻っていたのか。それを毎日、三回も取られていたら、そりゃあ体調を崩すよなぁ。
「つまり。俺が欲しがらなければ、里見さんの具合は悪くならないってことか」
雑巾がけをしようとしたら、時間切れの気配がしたから二階へ上がった。オシロのせいで、掃除がいつもよりできなかった。けどまあ、里見さんの具合が悪い原因を聞けたからよしとしよう。
俺が人間に戻らなければ、里見さんの体調は回復する。里見さんの手料理が食べられなくなるのは残念だけど、このままどんどん体調を悪くされて、倒れられたら困るし。ネコの食事だって、いまはけっこう贅沢でおいしくなっているっぽいから、食べてみたら意外といけるかもしれない。CMなんかで、素材にこだわっているとかなんとか言っているし。
今日の昼から、実践してみるか。
そう決めた俺は縁側に向かって、里見さんが帰ってくるまでまどろむことにした。
***
昼食を作り終えた里見さんに、指を差し出される。ものすごくいい匂いがして、口を開いてからハッとして顔をそむけた。
「どうしたんですか? 泉さん」
ムッと口をつぐんで、視線を上げるとオシロがニヤニヤしていた。なんだかムカつく。
「そいつぁ、おまえの具合を気にしてんだよ。仁志」
「僕の? どういうことですか」
「おまえの顔色が悪いってんで、遠慮してんだろう。なあ、裕太」
そのとおりと答えたら、里見さんは気を使いそうだ。かといって、ほかに血を飲まない――精気を吸わない――適当な理由が思いつけない。オシロは前足を伸ばして里見さんの頬に肉球を置くと、首を伸ばして顔をぶつけた。
オシロが里見さんの唇を舐めると、毛が逆立って人の姿になっていく。逃げようとした里見さんの頭を抱えて、オシロは舌を里見さんの口の中に押し込んで――。
目の前でふたりのキスを見せつけられて、俺は身動きができなくなった。もがく里見さんを押さえつけて、オシロはたっぷりキスをすると、満足顔で唇を舐めて俺を見た。
「来いよ、裕太。俺様がおまえを人型にしてやる」
「なにを考えているんですか!」
オシロの手が俺を掴むよりさきに、里見さんが俺を抱き上げた。
「仁志の体調を気にして、こいつは精を取らねぇんだ。ネコのままだと人間の飯が食えねぇだろう? そうしたら、せっかくの飯が無駄になるじゃねぇか。だから俺が先に人型になって、こいつに精を分けてやろうってんだよ。俺様なら、こいつより少ない量でいけるからな」
ほらよこせと手のひらを動かすオシロから、里見さんは俺を隠した。
「泉さん、気にしなくても大丈夫です。僕は平気ですから、ほら」
噛んでくださいと手を出されて、俺は里見さんを見上げた。ほほえむ里見さんの顔色は青白い。首を振ると、大丈夫ですからとまた言われた。
「ちっとも大丈夫に見えねぇから、そいつは噛まねぇんだろう。ほら、おとなしく裕太をよこせ」
「いやです」
「なんで」
「それは」
言いよどんだ里見さんが俺を見つめる。里見さんの顎にオシロの指がかかって、無理やり顔を上げられた。
「おまえは遠慮をしすぎなんだよ。指を嚙ませるんじゃなく、こうやって精を分けりゃあ、ちっとばかし楽だったろう」
顔を寄せたオシロから、里見さんが首をそらした。
「なんで顔をそらすんだよ。いままで何度もしてきただろう? なあ、仁志」
オシロの唇が里見さんの頬に触れて、唇に移動する。里見さんが身をよじったすきに、オシロは俺を奪い取った。
「あっ」
「はじめから、こうしていりゃあよかったんだ」
オシロが俺に口を寄せる。里見さんの手が乱暴に俺を掴んだ。
「いけません!」
「安心しろよ。完全にネコにするってぇのは、まだ待ってやる。こいつの覚悟ができるまではな。飯を食うために、人間の姿にしてやるだけだ」
「僕がします」
「こいつが嫌がってんだから、無理だろうが」
「泉さん」
オシロと里見さんに掴まれて、俺は中途半端な格好だった。頭の中がグチャグチャで、ふたりの会話は聞こえているのに意識の上を素通りしていく。俺の意識を占めているのは、さっきのオシロと里見さんの濃厚なキスシーンだった。それに関する言葉しか、俺の脳は反応してくれない。
(なあ、オシロ)
「にゃあ」
「なんだよ、裕太」
(おまえ、人間になるときは……いままでずっと、里見さんとキスしていたのか)
「にゃ、ぁおうん、ぁお、うあーん、にゃぁう」
「泉さんは、なんて言っているんですか?」
不安そうに里見さんがオシロを見る。
「おまえが来るまでは、俺様が人型になりてぇときはそうしていたぜ」
さらりと答えられて、俺の頭は激しく揺れた。ガツンと硬いもので殴られたみたいだ。さっきの、あんなキスを里見さんはオシロとしていた。しかも、何度も――。
「なにを言っているんですか、オシロ!」
「聞かれたから、答えたまでだ。なんで怒られるのか、わかんねぇなぁ」
わかっている顔でうそぶくオシロを、里見さんがにらみつける。里見さんでも、怒ることがあるのか。じゃなくて、里見さんとオシロはあんなキスを何度もするくらいの仲だったのか。だから里見さんは、オシロが俺をネコにするのを阻止しているのかも。オシロが俺を抱くのがいやだから、俺を人間に戻す方法を見つけようとしてくれているのだとしたら。
里見さんはオシロが好き、なのか。
ゾワゾワと毛虫が這い上がってくるみたいに、不快感が尻から背中へ登ってきた。ここにいたくなくて、全力で暴れるとふたりの手が離れた。
「あっ、泉さん」
床に前足がついた勢いのまま、俺は全速力でふたりから逃げた。体に張りついている不快感を振り払いたくて、やみくもに走って庭に飛び出す。
「泉さん!」
里見さんの声が追いかけてくる。俺は庭木の中に飛び込み、塀に上がって道路に下りた。昼下がりの日差しで道は明るく、俺の気持ちにそぐわない。とにかく遠くに行きたくて、無心に足を動かして落ち着ける場所を目指した。
なにか無理をしているのなら、手伝えることなら教えてほしい。だけど人間の姿でいられる時間が限られている俺が、そう言ったって里見さんは遠慮をするだけなんじゃないか。むしろ心配をかけてしまって申し訳ないなんて、よけいに無理をしてしまう気がする。
いっしょに暮らしているんだから、もっと頼ってくれてもいいのに。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
区民センターでの教室に向かう里見さんを見送って食器を洗っていると、オシロに背中をつつかれた。さっきまで食卓を囲っていたから、オシロは人型だ。黒髪に金の瞳。しなやかな体つきは同性としてうらやましい限りだ。ネコの耳としっぽがなければ。
「気づいてんだろう?」
俺のしっぽを触りながら、オシロが言う。
「なにが」
「仁志の体調だよ」
「それは、まあ」
「ふうん。それで、どう思う?」
「どうって……どういう意味だよ」
「どうにかしてぇと思うかって聞いてんだ」
「どうにかできるんなら、どうにかしたいさ」
食器を洗い終えて掃除に取りかかった。オシロは手伝うでもなく、俺の後をついてくる。
「どうにかできるぜ」
「えっ」
腕を掴まれて押し倒された。のしかかられて、肩を押さえつけられる。畳にしっぽが押しつけられて、つけ根がすこし痛んだ。
「俺様に抱かれろ」
「は? なんで里見さんの体調の話から、そうなるんだよ」
「おまえが観念すりゃあ、仁志の負担が減るんだよ」
「わかりやすく説明しろよ」
俺はひ弱な体格をしているわけじゃない。だけどオシロは余裕の顔で、押しのけようとする俺を抑え込んでいる。
「おまえ、人型になるためになにをしている?」
「……里見さんの指を、噛んでいるけど」
「それで、精を飲んでいるだろう」
「精って」
「精気……いわゆる、見えねぇ命の力ってぇやつだ。それをもらって、おまえは人間の姿になる。つまり仁志は自分の命を、飯を食う前におまえに与えてやってんだ。そんなことを続けていりゃあ、具合が悪くなって当然だろう」
フフンと笑ったオシロの金色の目が、意地悪く光っている。
「だからそろそろ観念して、俺様に抱かれちまえよ。きちんと猫又になっちまって、猫又として生きていく覚悟を決めるいい機会だぜ」
耳裏を舐められてビクリとしたら、オシロが悪役みたいに喉を鳴らした。
「なあ、裕太。そうすりゃあ仁志だって、おまえに余計な気を遣わずにいられるんだよ。ずっとここで、ネコとしてのんびり暮らすのも悪くねぇぜ」
「それは」
たしかに。ここで暮らすようになって、俺はベランダでここをながめていたときみたいな、妙なさみしさを感じなくなっている。里見さんは俺を受け入れてくれていて、やさしい目を向けてくれる。縁側で昼寝をするのは気持ちがいいし、なにをするでもなく里見さんの気配を感じて過ごすのはうれしい。
うれしい?
「観念して、俺様に抱かれちまえよ……裕太」
低く艶っぽい声を耳に注がれて、我に返った。
「いやいやいやいや、無理だから! おまえに抱かれるとか、ぜったい無理!!」
身をよじってオシロの肩を全力で押すと、あきれた息をかけられた。
「強情なヤツだな、おまえも。ネコになりてぇっつったくせに」
「だからそれは、本気でそうなるなんて思わなかったって言っているだろう。おまえだって、わかってないじゃないか」
不機嫌に半眼になったオシロがネコの姿になった。しっぽで俺の頬を叩いて、「つまらねぇ」とぼやきながら去っていく。
俺を抱くために、ネコに戻らずにいたのかよ。やれやれと立ち上がってホウキを握って畳を掃きながら、里見さんの血の味を思い出す。俺は里見さんの血じゃなくて、精気をもらって人間に戻っていたのか。それを毎日、三回も取られていたら、そりゃあ体調を崩すよなぁ。
「つまり。俺が欲しがらなければ、里見さんの具合は悪くならないってことか」
雑巾がけをしようとしたら、時間切れの気配がしたから二階へ上がった。オシロのせいで、掃除がいつもよりできなかった。けどまあ、里見さんの具合が悪い原因を聞けたからよしとしよう。
俺が人間に戻らなければ、里見さんの体調は回復する。里見さんの手料理が食べられなくなるのは残念だけど、このままどんどん体調を悪くされて、倒れられたら困るし。ネコの食事だって、いまはけっこう贅沢でおいしくなっているっぽいから、食べてみたら意外といけるかもしれない。CMなんかで、素材にこだわっているとかなんとか言っているし。
今日の昼から、実践してみるか。
そう決めた俺は縁側に向かって、里見さんが帰ってくるまでまどろむことにした。
***
昼食を作り終えた里見さんに、指を差し出される。ものすごくいい匂いがして、口を開いてからハッとして顔をそむけた。
「どうしたんですか? 泉さん」
ムッと口をつぐんで、視線を上げるとオシロがニヤニヤしていた。なんだかムカつく。
「そいつぁ、おまえの具合を気にしてんだよ。仁志」
「僕の? どういうことですか」
「おまえの顔色が悪いってんで、遠慮してんだろう。なあ、裕太」
そのとおりと答えたら、里見さんは気を使いそうだ。かといって、ほかに血を飲まない――精気を吸わない――適当な理由が思いつけない。オシロは前足を伸ばして里見さんの頬に肉球を置くと、首を伸ばして顔をぶつけた。
オシロが里見さんの唇を舐めると、毛が逆立って人の姿になっていく。逃げようとした里見さんの頭を抱えて、オシロは舌を里見さんの口の中に押し込んで――。
目の前でふたりのキスを見せつけられて、俺は身動きができなくなった。もがく里見さんを押さえつけて、オシロはたっぷりキスをすると、満足顔で唇を舐めて俺を見た。
「来いよ、裕太。俺様がおまえを人型にしてやる」
「なにを考えているんですか!」
オシロの手が俺を掴むよりさきに、里見さんが俺を抱き上げた。
「仁志の体調を気にして、こいつは精を取らねぇんだ。ネコのままだと人間の飯が食えねぇだろう? そうしたら、せっかくの飯が無駄になるじゃねぇか。だから俺が先に人型になって、こいつに精を分けてやろうってんだよ。俺様なら、こいつより少ない量でいけるからな」
ほらよこせと手のひらを動かすオシロから、里見さんは俺を隠した。
「泉さん、気にしなくても大丈夫です。僕は平気ですから、ほら」
噛んでくださいと手を出されて、俺は里見さんを見上げた。ほほえむ里見さんの顔色は青白い。首を振ると、大丈夫ですからとまた言われた。
「ちっとも大丈夫に見えねぇから、そいつは噛まねぇんだろう。ほら、おとなしく裕太をよこせ」
「いやです」
「なんで」
「それは」
言いよどんだ里見さんが俺を見つめる。里見さんの顎にオシロの指がかかって、無理やり顔を上げられた。
「おまえは遠慮をしすぎなんだよ。指を嚙ませるんじゃなく、こうやって精を分けりゃあ、ちっとばかし楽だったろう」
顔を寄せたオシロから、里見さんが首をそらした。
「なんで顔をそらすんだよ。いままで何度もしてきただろう? なあ、仁志」
オシロの唇が里見さんの頬に触れて、唇に移動する。里見さんが身をよじったすきに、オシロは俺を奪い取った。
「あっ」
「はじめから、こうしていりゃあよかったんだ」
オシロが俺に口を寄せる。里見さんの手が乱暴に俺を掴んだ。
「いけません!」
「安心しろよ。完全にネコにするってぇのは、まだ待ってやる。こいつの覚悟ができるまではな。飯を食うために、人間の姿にしてやるだけだ」
「僕がします」
「こいつが嫌がってんだから、無理だろうが」
「泉さん」
オシロと里見さんに掴まれて、俺は中途半端な格好だった。頭の中がグチャグチャで、ふたりの会話は聞こえているのに意識の上を素通りしていく。俺の意識を占めているのは、さっきのオシロと里見さんの濃厚なキスシーンだった。それに関する言葉しか、俺の脳は反応してくれない。
(なあ、オシロ)
「にゃあ」
「なんだよ、裕太」
(おまえ、人間になるときは……いままでずっと、里見さんとキスしていたのか)
「にゃ、ぁおうん、ぁお、うあーん、にゃぁう」
「泉さんは、なんて言っているんですか?」
不安そうに里見さんがオシロを見る。
「おまえが来るまでは、俺様が人型になりてぇときはそうしていたぜ」
さらりと答えられて、俺の頭は激しく揺れた。ガツンと硬いもので殴られたみたいだ。さっきの、あんなキスを里見さんはオシロとしていた。しかも、何度も――。
「なにを言っているんですか、オシロ!」
「聞かれたから、答えたまでだ。なんで怒られるのか、わかんねぇなぁ」
わかっている顔でうそぶくオシロを、里見さんがにらみつける。里見さんでも、怒ることがあるのか。じゃなくて、里見さんとオシロはあんなキスを何度もするくらいの仲だったのか。だから里見さんは、オシロが俺をネコにするのを阻止しているのかも。オシロが俺を抱くのがいやだから、俺を人間に戻す方法を見つけようとしてくれているのだとしたら。
里見さんはオシロが好き、なのか。
ゾワゾワと毛虫が這い上がってくるみたいに、不快感が尻から背中へ登ってきた。ここにいたくなくて、全力で暴れるとふたりの手が離れた。
「あっ、泉さん」
床に前足がついた勢いのまま、俺は全速力でふたりから逃げた。体に張りついている不快感を振り払いたくて、やみくもに走って庭に飛び出す。
「泉さん!」
里見さんの声が追いかけてくる。俺は庭木の中に飛び込み、塀に上がって道路に下りた。昼下がりの日差しで道は明るく、俺の気持ちにそぐわない。とにかく遠くに行きたくて、無心に足を動かして落ち着ける場所を目指した。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる