真夏の笛に 新月の舞う

水戸けい

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第十一章

「ああするしか、無かったの」

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 彼を傷つけた。けれどその後にささやいた言葉で、自分の思いは通じると考えた。

 ――俺が姫を支え、守り抜きます。

 真夏の声が、朔の耳奥に響く。ぽたりと落ちたしずくに、萌黄の紙が濡れた。

「真夏」

 名をつぶやけば、涙はとめどなくあふれ、朔はそれを落ちるにまかせて、ひと筆も走らせていない文に染み込ませた。

 この涙が言葉となり、真夏に届けと願いながら。

「ああするしか、無かったの」

 ほかに何も思いつかなかった。贈り物はすべて処分し、金銭に換えた。働く者の人数は、最低限にまで減らした。里の者たちが親切に、食べる物を届けにきてくれていた。しばらくは、細々とやっていくことができただろう。

 だが、いつまでも、というわけにはいかない。里の者の行為に甘え、のうのうと暮らしていくのも心苦しい。けれどあの場所に、朔の出来ることは何もない。里の者と同じ暮らしをすると決めて、髪を切り粗末な着物に袖を通して土をいじる。そんな方法も、あるいはあったのかもしれない。どこまでできるかはわからない。できないかもしれない。けれども、そんな選択をしてみる、という事もできたかもしれない。

(でも、そんなことをすれば、他の者たちはどうなるの)

 芙蓉をはじめ、女房たちにも同じようにしろと命ぜられるのか。そんな生活をするつもりだから、都に戻り働く先を見つけろと言えるのか。彼女たちだけではない。警護の者や、下働きの者たちもいる。それらをすべて放り投げて、自分ひとりの事だけを考えて行動するなど、できはしない。

 だから、朔は柳原公忠の誘いに乗った。変わり者の姫ということで、朔を面白半分に引きとろうと申し出る文は、いくつか届いていた。朔を自分の姫の女房にという文まであった。朔自身に届けなければ、途中でにぎりつぶされると考えたのだろう。穴多守を通じ、売った物を運び出す折にこっそりと、それらの文が手渡された。その中に、柳原の文もあった。それらを芙蓉にすら見せず、朔は一人で吟味し考えた。

 どれにも返事を送らず返答に迷っているうちに、柳原からの迎えが来た。柳原から送られた文は、迎えを送るのでそれに乗って早々に参られよと、有無を言わせぬ命令のように書かれていた。だから朔は、強引な迎えが来るかもしれないとは予想していた。だが、これほど早く来るとは思いもよらなかった。
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