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第四章
心配そうに、芙蓉が朔の手をにぎる。
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朔が歓声を上げる。見れば、少し離れたところにある舟が、網を引き上げたところだった。銀色のウロコを輝かせる魚の姿に、朔が手を叩いてよろこんでいる。その愛らしさに、鈴の音のように心地よい声に、真夏は思わずほほをゆるめた。
(姫と家人としてではなく、妻と夫として、こうして傍にいられたなら)
それはどんなに幸せなことだろうかと、真夏の胸は愛おしさにキリキリとしぼられた。彼の心は、朔しか見えていなかった。
朔は真夏を気にするふうもなく、漁師の仕事に夢中になっている。
「あの魚を、今夜の食事にいたしましょうか」
芙蓉が朔に提案し、朔がますます顔をかがやかせた。
「それはいいわ! ぜひ、そうしましょう」
「そんなら、姫様方。あの舟に近寄って、何匹かわけてくれと言いましょうか」
舟を操る男が言って、朔が「ありがとう」と返事をした。
湖面に漂っていた舟が、ゆるゆると動く。大きな目をかがやかせて、朔は進む先にある舟を見つめた。
「姫様たちに、魚をわけてやってくれんか」
「おう。姫様の腹に入るんか。そらぁ、とびきりのを選ばねぇとなぁ」
日に焼けすぎて真っ黒になった漁師が笑えば、白い歯が目立って光る。人懐こそうな漁師の笑みに、朔は舟ばたをつかんで身を乗り出した。
「生きている魚を見るのは、はじめてだわ」
小さな舟は、ちょっとした重さの移動で均衡を崩しやすい。朔が手を伸ばして恐れることなく魚に触れようとし、舟が揺れた。
「あっ」
そこまで大きな揺れではなかったが、慣れない朔を驚かせるには十分なものだった。真夏は思わず腕を伸ばし、彼女を抱きしめるように引き寄せ、舟の中央に座らせた。
「姫様」
心配そうに、芙蓉が朔の手をにぎる。
「大丈夫よ、芙蓉。ごめんなさい。舟の真ん中に、なるべくいるようにって言われていたのに」
芙蓉に笑いかけてから、朔は舟を操る男に謝った。
「なぁに。こんくらいの揺れ、かまわんですよ、姫様。ワシらは、もっと波があるときにも、舟を出すこともありますから」
「舟が揺れたことよりも、姫様が魚を怖がらずに触ろうとしたことのほうが、たまげたわ」
豪快に漁師が笑い、ほっとした空気が漂う中、真夏は腕の中に閉じ込めた朔に、全ての意識を奪われていた。
(姫と家人としてではなく、妻と夫として、こうして傍にいられたなら)
それはどんなに幸せなことだろうかと、真夏の胸は愛おしさにキリキリとしぼられた。彼の心は、朔しか見えていなかった。
朔は真夏を気にするふうもなく、漁師の仕事に夢中になっている。
「あの魚を、今夜の食事にいたしましょうか」
芙蓉が朔に提案し、朔がますます顔をかがやかせた。
「それはいいわ! ぜひ、そうしましょう」
「そんなら、姫様方。あの舟に近寄って、何匹かわけてくれと言いましょうか」
舟を操る男が言って、朔が「ありがとう」と返事をした。
湖面に漂っていた舟が、ゆるゆると動く。大きな目をかがやかせて、朔は進む先にある舟を見つめた。
「姫様たちに、魚をわけてやってくれんか」
「おう。姫様の腹に入るんか。そらぁ、とびきりのを選ばねぇとなぁ」
日に焼けすぎて真っ黒になった漁師が笑えば、白い歯が目立って光る。人懐こそうな漁師の笑みに、朔は舟ばたをつかんで身を乗り出した。
「生きている魚を見るのは、はじめてだわ」
小さな舟は、ちょっとした重さの移動で均衡を崩しやすい。朔が手を伸ばして恐れることなく魚に触れようとし、舟が揺れた。
「あっ」
そこまで大きな揺れではなかったが、慣れない朔を驚かせるには十分なものだった。真夏は思わず腕を伸ばし、彼女を抱きしめるように引き寄せ、舟の中央に座らせた。
「姫様」
心配そうに、芙蓉が朔の手をにぎる。
「大丈夫よ、芙蓉。ごめんなさい。舟の真ん中に、なるべくいるようにって言われていたのに」
芙蓉に笑いかけてから、朔は舟を操る男に謝った。
「なぁに。こんくらいの揺れ、かまわんですよ、姫様。ワシらは、もっと波があるときにも、舟を出すこともありますから」
「舟が揺れたことよりも、姫様が魚を怖がらずに触ろうとしたことのほうが、たまげたわ」
豪快に漁師が笑い、ほっとした空気が漂う中、真夏は腕の中に閉じ込めた朔に、全ての意識を奪われていた。
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