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第5章 愛のJACK POT!
濡れたまつ毛が美しいな、と琉偉は笑った。
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* * *
眠るのが惜しいな。
琉偉はけだるい体を持て余していた。
疲れ切った体は幸福に満たされている。このまま眠りに落ちてしまいたい。
真理子……。
琉偉は腕の中でスヤスヤと眠る、愛しい人の髪を撫でた。
眠ってしまえば、彼女が消えてしまいそうな気がする。たしかな真理子の温もりは、夢ではないかという気すらしていた。
ニックに無理を言って、神戸に上陸した。真理子の住所は乗船時の個人情報で調べた。
あきらかにルール違反だ。
それがどうした、と琉偉は鼻先であしらった。
どこにでも好きに訴えてくれればいい。首になったってかまわない。――真理子を失うことに比べれば、どうということもない。
どうしてもっとはやく、真理子に愛をささやかなかったのだろう。
どうして期間限定の恋だと思わせておいて、サプライズでプロポーズをするなんて、のんきな考えでいられたのか。
「真理子」
ささやき、彼女の額に唇を寄せる。しっとりと濡れた肌は激しく愛し合った証だった。真理子は琉偉を求めた。琉偉が思うよりも激しく、体中で求め、受け止めてくれた。
「ああ、真理子」
胸がつぶれるほどの愛おしさに、琉偉はうめいた。愛を交わす、ということのすばらしさを噛みしめる。
いままでの関係は、なんて薄っぺらでつまらないものだったのだろう。
見た目ばかりが輝かしい、中身のない恋愛しか知らなかった琉偉の、渇きひび割れた心に真理子という雨が降り注ぎ、それは海となって琉偉を満たした。
「真理子」
眠る彼女の無防備な姿に、琉偉はほほえむ。
なんて愛らしいのだろう。
なんて愛おしいのだろう。
言葉の不自由さに気づき、琉偉は真理子を抱きしめる。
この感情を形容する適格な言葉が見つからない。言葉をあてはめようとすればするほど、本質から遠ざかる気がする。
けれど――。
「愛している」
それ以外に伝える言葉がないので、琉偉はそれを口にする。眠る真理子には聞こえないとわかっているのに、言わずにはいられない。
「真理子……、愛しているよ」
魂の奥底から、こんこんと湧き出る想いを乗せて、琉偉は真理子にキスをする。
やがて琉偉も激しい愛の交合に疲れた体に引きずられて、ゆったりと眠りの中に意識を落とした。
目覚めると、腕の中に真理子がいた。彼女はじっと琉偉の胸に寄り添っている。身じろぎをすると真理子が顔を上げたので、琉偉は彼女にキスをした。
「おはよう」
ふたりを祝福するかのように、部屋には朝日が満ちていた。まっさらな光に照らされた真理子は、とても美しい。
「愛しているよ、真理子」
自然と口を突いて出た言葉に、真理子がはにかむ。
「私も……、琉偉」
2度、3度と唇を重ねて、笑顔を交わす。このままずっとこうしていたいと思った矢先に、腹の虫が鳴いた。
なんてデリカシーのない胃袋なんだと舌打ちすれば、真理子がクスッと肩をすくめた。
「お腹、空いたね」
「――ああ」
仕方なくそう答えると、真理子が腕の中から出て行こうとする。しっかりと引き寄せると、真理子の腕が琉偉の背に回った。
「離れたくないけど……、ずっと抱き合っているわけにもいかないから」
「現実的だな」
「うん。……夢じゃ、ないから」
しみじみとつぶやいた真理子の言葉に、そうだと琉偉は幸福を抱きしめる。
これは夢ではない。現実なのだ。――真理子が腕の中にいる。
「ちょっと、腕をゆるめて」
「放したくない」
「朝ごはん、作れないよ」
「真理子が作ってくれるのか」
「ほかに、誰が作ってくれるの?」
甘えているのか、小首をかしげてほほえむ真理子に、琉偉はまたキスをした。
「俺が作ろう」
「えっ」
起き上がると、真理子も起き上がった。
「眠っていていい。無理をさせたんじゃないか?」
腕のなかに簡単に納まってしまうほど、華奢な真理子を思うさま味わった。激しく揺さぶり、彼女を翻弄した。きっと疲れているだろうと気遣った琉偉に、真理子は真っ赤になって首を振った。
「大丈夫」
「そうか」
「うん」
なんとなく唇を寄せた琉偉に、真理子がキスを返す。ベッドから降りた真理子は別の部屋へ移動し、すぐにシャワーの音が聞こえた。
あそこがシャワールームなのか。
そう思った琉偉は室内を見回した。生活感あふれる室内は、きちんと片づけがなされていた。ふたりの服が床に脱ぎ散らかされている。それを拾ってベッドに乗せて、琉偉はまたベッドに横になった。
真理子の香りがふわりと琉偉を包んだ。
彼女がいる。
安堵が広がる。
受け入れてくれた。
なにも言わずにいなくなったのは、琉偉に愛想をつかしたからではなかった。
では、なにが理由で真理子は突然、下船をしてしまったんだ。
伝言もなにも残さず、俺の前から去ってしまった理由はなんだ。
シャワーの音を聞きながら、琉偉は疑問を膨らませた。
想像をしてみても、真実にはならないから意味がない。
ムクリと起き上がった琉偉はシャワールームへ向かい、ノックもなしにドアを開けた。
「真理子」
「きゃっ」
驚く真理子に迫り、壁に手をつく。シャワールームはふたりが立っているのがやっとなほど、狭かった。まるでビジネスホテルの浴室だ。
琉偉の肩にシャワーがかかる。
「どうして、俺の前から姿を消した」
ニックの言っていた、誰かになにかを吹き込まれたのでは、という予測が脳裏をよぎった。
「それは……」
真理子がうつむく。
「それは?」
顔を近づけると、シャワーの水音に負けそうなほど、ちいさく真理子がつぶやいた。
「琉偉にサヨナラって言われたくなかったから」
「――え?」
真理子が体を縮める。
怯えさせたのだろうかと、琉偉は真理子の肩に手を置いた。
「どういうことだ」
「……琉偉に別れを告げられたくなかったの」
ますますわからない。
琉偉はシャワーを止めて、真理子の顔をのぞきこんだ。
「きちんと説明をしてくれ」
キュッと唇を結んだ真理子が胸の前で指を組む。いじらしいしぐさに、琉偉の心がやさしく膨らんだ。
「俺に別れを告げられたくない、というのはどういう意味だ」
真理子が顔を上げる。その目が濡れているのを見て、琉偉は目じりに唇を寄せた。
「期間限定の恋だから……」
「うん?」
「船に乗っている間だけの恋だから、博多で降りるときに、さよならって言われるでしょう? その言葉を聞きたくなかったの。――琉偉と離れたくなかったの」
「でも、真理子は俺から離れた。なにも言わずに、姿を消してしまった」
「……さよならが言えないから」
「言わなくてよかったんだ」
ボロボロと真理子の目から大粒の涙がこぼれて、琉偉はそっと彼女を胸に抱きしめた。
「すまなかった。――とっくに割り切った恋愛なんて卒業してしまっていたんだ。俺は真理子を愛している。ウソじゃない。でなければ、押しかけたりなんてしない」
ふ、と真理子が視線を上げる。濡れたまつ毛が美しいな、と琉偉は笑った。
「そんなに不安そうな顔をしなくてもいい。不安なのは、俺のほうだ。真理子に捨てられたんだと思った。俺はもう必要ないんだと……」
「どうして?」
「いきなりいなくなったから。――理由も告げずに消えてしまうなんて、ひどすぎる」
「……それは、その――、ごめんなさい」
「いいさ。こうして受け入れてくれた」
真理子はふたたびうつむいて、琉偉の胸元でモジモジとした。彼女が言葉を見つけるのを、琉偉は待った。
「どうして、ここにいるの?」
「真理子を追いかけてきたからだ」
「どうやって?」
「船を降りて、電車に乗って」
「私の家を知っていたのは?」
「乗船者名簿を確認した。規程違反だ」
おどけて言うと、真理子が目をまるくして息を呑んだ。
「バレたら大問題よ」
「しかも俺は、勤務放棄もしている。仕事の途中で船を降りてしまったんだからな」
自分がどれほど本気であるのかを伝えたくて、琉偉はわざと顔をしかめた。真理子の唇がわなわなと震え、顔から血の気が引いていく。
「ク、クビになってしまうわ」
「なるかもしれない」
「どうして平然としているの!」
「真理子のほうが大切だからだ」
「っ!」
「そんなに大きく目を開いたら、こぼれおちてしまうぞ」
クスクスと額にキスをすると、真理子は真っ赤になった。
「青くなったり赤くなったり、忙しいな。真理子は」
「だって……」
うろたえる真理子を落ち着かせるため、しっかりと抱きしめる。
「こうやって、真理子といられるのなら、ほかはもうどうなってもいいんだ。――それくらい、愛している。待ち合わせ場所に現れない君を、どれほど心配したか。探し回って、下船したと知ったときは最悪だったな。足元が崩れて奈落に落ちる、なんて比喩があるが、まさにその通りだと体験させられたよ」
「……琉偉」
「どうしても理由を知りたかった。失いたくなかった。真理子と俺は、しっかりと繋がっていると思っていたから。どちらもがもう、ライトな恋愛ではないと確信していたのに、いなくなってしまったから。――俺は博多で、君にプロポーズをするつもりだった」
真理子が息を呑む。琉偉はクスリと笑みの呼気を真理子の鼻先に吹きかけた。
「その相談をしていた矢先にいなくなられたんだ。どれほどの衝撃を受けたか、想像ができるか?」
「……でも、だって、そんな……、そんなそぶりは少しも………」
「なかった?」
甘い声でささやけば、真理子は耳まで赤くして琉偉の胸にしがみついた。
「体中で、伝えていたんだが……、伝わりきれていなかったのなら、仕方ない」
琉偉は真理子を抱き上げた。
「きちんとわかってもらえるまで、たっぷりと愛撫をすることにしよう」
「っ! ――バカ」
とろける顔でキスをして、真理子を下ろす。
「シャワーを浴びて、服を着て、ご飯を食べよう。真理子の日常を俺に教えてくれ。そして、その日常のひとつに俺を加えてほしい」
「……琉偉」
「いいだろう?」
「――うん」
はにかんだ真理子に感謝のキスをして、琉偉はコックをひねってシャワーを出した。
「なら、さっさとシャワーを浴びてしまおう。時間がないんだ」
「時間って?」
「船を降りるときに、猶予は博多に停泊をするまでの3日間と約束をしたんだ。それまでに、やるべきことを済ませてしまわなければな」
「やるべきことって?」
「真理子の家族と俺の母親に、結婚をするとあいさつに行くんだ」
「えぇえええっ!」
クックッと喉を愉快に震わせながら、全身で驚く真理子を抱きしめる。
「もう2度と、俺の傍から逃がしはしないぞ」
耳元でささやくと、真理子の首がコクンと動いた。
眠るのが惜しいな。
琉偉はけだるい体を持て余していた。
疲れ切った体は幸福に満たされている。このまま眠りに落ちてしまいたい。
真理子……。
琉偉は腕の中でスヤスヤと眠る、愛しい人の髪を撫でた。
眠ってしまえば、彼女が消えてしまいそうな気がする。たしかな真理子の温もりは、夢ではないかという気すらしていた。
ニックに無理を言って、神戸に上陸した。真理子の住所は乗船時の個人情報で調べた。
あきらかにルール違反だ。
それがどうした、と琉偉は鼻先であしらった。
どこにでも好きに訴えてくれればいい。首になったってかまわない。――真理子を失うことに比べれば、どうということもない。
どうしてもっとはやく、真理子に愛をささやかなかったのだろう。
どうして期間限定の恋だと思わせておいて、サプライズでプロポーズをするなんて、のんきな考えでいられたのか。
「真理子」
ささやき、彼女の額に唇を寄せる。しっとりと濡れた肌は激しく愛し合った証だった。真理子は琉偉を求めた。琉偉が思うよりも激しく、体中で求め、受け止めてくれた。
「ああ、真理子」
胸がつぶれるほどの愛おしさに、琉偉はうめいた。愛を交わす、ということのすばらしさを噛みしめる。
いままでの関係は、なんて薄っぺらでつまらないものだったのだろう。
見た目ばかりが輝かしい、中身のない恋愛しか知らなかった琉偉の、渇きひび割れた心に真理子という雨が降り注ぎ、それは海となって琉偉を満たした。
「真理子」
眠る彼女の無防備な姿に、琉偉はほほえむ。
なんて愛らしいのだろう。
なんて愛おしいのだろう。
言葉の不自由さに気づき、琉偉は真理子を抱きしめる。
この感情を形容する適格な言葉が見つからない。言葉をあてはめようとすればするほど、本質から遠ざかる気がする。
けれど――。
「愛している」
それ以外に伝える言葉がないので、琉偉はそれを口にする。眠る真理子には聞こえないとわかっているのに、言わずにはいられない。
「真理子……、愛しているよ」
魂の奥底から、こんこんと湧き出る想いを乗せて、琉偉は真理子にキスをする。
やがて琉偉も激しい愛の交合に疲れた体に引きずられて、ゆったりと眠りの中に意識を落とした。
目覚めると、腕の中に真理子がいた。彼女はじっと琉偉の胸に寄り添っている。身じろぎをすると真理子が顔を上げたので、琉偉は彼女にキスをした。
「おはよう」
ふたりを祝福するかのように、部屋には朝日が満ちていた。まっさらな光に照らされた真理子は、とても美しい。
「愛しているよ、真理子」
自然と口を突いて出た言葉に、真理子がはにかむ。
「私も……、琉偉」
2度、3度と唇を重ねて、笑顔を交わす。このままずっとこうしていたいと思った矢先に、腹の虫が鳴いた。
なんてデリカシーのない胃袋なんだと舌打ちすれば、真理子がクスッと肩をすくめた。
「お腹、空いたね」
「――ああ」
仕方なくそう答えると、真理子が腕の中から出て行こうとする。しっかりと引き寄せると、真理子の腕が琉偉の背に回った。
「離れたくないけど……、ずっと抱き合っているわけにもいかないから」
「現実的だな」
「うん。……夢じゃ、ないから」
しみじみとつぶやいた真理子の言葉に、そうだと琉偉は幸福を抱きしめる。
これは夢ではない。現実なのだ。――真理子が腕の中にいる。
「ちょっと、腕をゆるめて」
「放したくない」
「朝ごはん、作れないよ」
「真理子が作ってくれるのか」
「ほかに、誰が作ってくれるの?」
甘えているのか、小首をかしげてほほえむ真理子に、琉偉はまたキスをした。
「俺が作ろう」
「えっ」
起き上がると、真理子も起き上がった。
「眠っていていい。無理をさせたんじゃないか?」
腕のなかに簡単に納まってしまうほど、華奢な真理子を思うさま味わった。激しく揺さぶり、彼女を翻弄した。きっと疲れているだろうと気遣った琉偉に、真理子は真っ赤になって首を振った。
「大丈夫」
「そうか」
「うん」
なんとなく唇を寄せた琉偉に、真理子がキスを返す。ベッドから降りた真理子は別の部屋へ移動し、すぐにシャワーの音が聞こえた。
あそこがシャワールームなのか。
そう思った琉偉は室内を見回した。生活感あふれる室内は、きちんと片づけがなされていた。ふたりの服が床に脱ぎ散らかされている。それを拾ってベッドに乗せて、琉偉はまたベッドに横になった。
真理子の香りがふわりと琉偉を包んだ。
彼女がいる。
安堵が広がる。
受け入れてくれた。
なにも言わずにいなくなったのは、琉偉に愛想をつかしたからではなかった。
では、なにが理由で真理子は突然、下船をしてしまったんだ。
伝言もなにも残さず、俺の前から去ってしまった理由はなんだ。
シャワーの音を聞きながら、琉偉は疑問を膨らませた。
想像をしてみても、真実にはならないから意味がない。
ムクリと起き上がった琉偉はシャワールームへ向かい、ノックもなしにドアを開けた。
「真理子」
「きゃっ」
驚く真理子に迫り、壁に手をつく。シャワールームはふたりが立っているのがやっとなほど、狭かった。まるでビジネスホテルの浴室だ。
琉偉の肩にシャワーがかかる。
「どうして、俺の前から姿を消した」
ニックの言っていた、誰かになにかを吹き込まれたのでは、という予測が脳裏をよぎった。
「それは……」
真理子がうつむく。
「それは?」
顔を近づけると、シャワーの水音に負けそうなほど、ちいさく真理子がつぶやいた。
「琉偉にサヨナラって言われたくなかったから」
「――え?」
真理子が体を縮める。
怯えさせたのだろうかと、琉偉は真理子の肩に手を置いた。
「どういうことだ」
「……琉偉に別れを告げられたくなかったの」
ますますわからない。
琉偉はシャワーを止めて、真理子の顔をのぞきこんだ。
「きちんと説明をしてくれ」
キュッと唇を結んだ真理子が胸の前で指を組む。いじらしいしぐさに、琉偉の心がやさしく膨らんだ。
「俺に別れを告げられたくない、というのはどういう意味だ」
真理子が顔を上げる。その目が濡れているのを見て、琉偉は目じりに唇を寄せた。
「期間限定の恋だから……」
「うん?」
「船に乗っている間だけの恋だから、博多で降りるときに、さよならって言われるでしょう? その言葉を聞きたくなかったの。――琉偉と離れたくなかったの」
「でも、真理子は俺から離れた。なにも言わずに、姿を消してしまった」
「……さよならが言えないから」
「言わなくてよかったんだ」
ボロボロと真理子の目から大粒の涙がこぼれて、琉偉はそっと彼女を胸に抱きしめた。
「すまなかった。――とっくに割り切った恋愛なんて卒業してしまっていたんだ。俺は真理子を愛している。ウソじゃない。でなければ、押しかけたりなんてしない」
ふ、と真理子が視線を上げる。濡れたまつ毛が美しいな、と琉偉は笑った。
「そんなに不安そうな顔をしなくてもいい。不安なのは、俺のほうだ。真理子に捨てられたんだと思った。俺はもう必要ないんだと……」
「どうして?」
「いきなりいなくなったから。――理由も告げずに消えてしまうなんて、ひどすぎる」
「……それは、その――、ごめんなさい」
「いいさ。こうして受け入れてくれた」
真理子はふたたびうつむいて、琉偉の胸元でモジモジとした。彼女が言葉を見つけるのを、琉偉は待った。
「どうして、ここにいるの?」
「真理子を追いかけてきたからだ」
「どうやって?」
「船を降りて、電車に乗って」
「私の家を知っていたのは?」
「乗船者名簿を確認した。規程違反だ」
おどけて言うと、真理子が目をまるくして息を呑んだ。
「バレたら大問題よ」
「しかも俺は、勤務放棄もしている。仕事の途中で船を降りてしまったんだからな」
自分がどれほど本気であるのかを伝えたくて、琉偉はわざと顔をしかめた。真理子の唇がわなわなと震え、顔から血の気が引いていく。
「ク、クビになってしまうわ」
「なるかもしれない」
「どうして平然としているの!」
「真理子のほうが大切だからだ」
「っ!」
「そんなに大きく目を開いたら、こぼれおちてしまうぞ」
クスクスと額にキスをすると、真理子は真っ赤になった。
「青くなったり赤くなったり、忙しいな。真理子は」
「だって……」
うろたえる真理子を落ち着かせるため、しっかりと抱きしめる。
「こうやって、真理子といられるのなら、ほかはもうどうなってもいいんだ。――それくらい、愛している。待ち合わせ場所に現れない君を、どれほど心配したか。探し回って、下船したと知ったときは最悪だったな。足元が崩れて奈落に落ちる、なんて比喩があるが、まさにその通りだと体験させられたよ」
「……琉偉」
「どうしても理由を知りたかった。失いたくなかった。真理子と俺は、しっかりと繋がっていると思っていたから。どちらもがもう、ライトな恋愛ではないと確信していたのに、いなくなってしまったから。――俺は博多で、君にプロポーズをするつもりだった」
真理子が息を呑む。琉偉はクスリと笑みの呼気を真理子の鼻先に吹きかけた。
「その相談をしていた矢先にいなくなられたんだ。どれほどの衝撃を受けたか、想像ができるか?」
「……でも、だって、そんな……、そんなそぶりは少しも………」
「なかった?」
甘い声でささやけば、真理子は耳まで赤くして琉偉の胸にしがみついた。
「体中で、伝えていたんだが……、伝わりきれていなかったのなら、仕方ない」
琉偉は真理子を抱き上げた。
「きちんとわかってもらえるまで、たっぷりと愛撫をすることにしよう」
「っ! ――バカ」
とろける顔でキスをして、真理子を下ろす。
「シャワーを浴びて、服を着て、ご飯を食べよう。真理子の日常を俺に教えてくれ。そして、その日常のひとつに俺を加えてほしい」
「……琉偉」
「いいだろう?」
「――うん」
はにかんだ真理子に感謝のキスをして、琉偉はコックをひねってシャワーを出した。
「なら、さっさとシャワーを浴びてしまおう。時間がないんだ」
「時間って?」
「船を降りるときに、猶予は博多に停泊をするまでの3日間と約束をしたんだ。それまでに、やるべきことを済ませてしまわなければな」
「やるべきことって?」
「真理子の家族と俺の母親に、結婚をするとあいさつに行くんだ」
「えぇえええっ!」
クックッと喉を愉快に震わせながら、全身で驚く真理子を抱きしめる。
「もう2度と、俺の傍から逃がしはしないぞ」
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