枝垂れ桜Ⅱ

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今日は、この土地に移り住んで出来た友達と由花は食事をしに行く約束をしていた。

「新しいビュッフェのお店がオープンしたから行ってみない?」

と言われて二つ返事でOKした。
夕方からのお客様が終わり、支度を始めると軽く化粧をし直して外に出た。

待ち合わせの駅まで行く途中で、枝垂れ桜に何時もの様に報告に行った。
綺麗にライトアップされた桜は、風に揺れて花達が震えていた。

「今日は今から お友達と食事に行ってきます」

恒例の報告を桜にすると「いってらっしゃい」と桜が笑っているかの様に見えた。

「帰りにまた寄りますね」

そう言って立ち去ろうとした時に『由...』と声が聞こえた気がした。
由花は立ち止まって周りを見渡す。
確かに観光客が何人かいて、自分の勘違いだろうと由花は思い直した。

「由.....」

今度ははっきり聞こえた。
懐かしい 片時も耳から離れないあの人の声。

由花はゆっくりと振り向く。

「由花」

由花は目を見開いた。
何度も何度も望んだ。何度も何度も夢で見た。何度も何度も.....。

そこには、この時代には似つかわしくない衣装を着た仁が立っていた。

「夢?」

仁は首を振った。

「幻?」

仁は首を振り続ける。

「由花...迎えに来た。一緒に帰ろう」

由花は頷いた。何度も何度も頷いた。
流れている涙を拭いもせず。『夢なら覚めないで』と願いながら一歩一歩仁に近づく。

それはスローモーションの様に...。

気が付けば由花は仁に抱き締められていた。
仁の匂いがした。

由花も仁も泣いていた。


それから、由花は仁を自宅に連れて行った。
そして約束をしていた友人に電話をすると今日の約束を断った。

その間、家の中を珍しそうに見ていた仁は、由花の電話にも興味を示した。

「それは何?」
「これ?これは電話と言って、遠くの人と話をする事が出来る機械なの」
「キカイ?」
「そう。道具」
「へぇ...話が出来るなんて便利な物だな」
「そうね。あっちの世界にこれがあったら 凄く便利だと思う..,」

そう言ってまじまじとスマホを見つめる仁に、由花は尋ねた。

「仁...美咲は?美咲は元気?」
「うん。母様の帰りを待っている」

その言葉を聞いた由花は号泣していた。ヒックヒックとしゃくりあげながら泣いていた。産んだのに、1度も抱く事が出来ないまま別れた我が子の顔は全く解らない。
残酷な鬼の仕打ちを何度恨んだか解らない。

「由花、帰ろう」

そう言われてなんで断る事が出来ようか...
子供に会いたい。決して捨てたわけじゃ無いと自分で言いたい。

「仁、私を...私を連れて行って」

泣きながら言う由花を仁は固く抱きしめた。


その日の夜は2人で遅くまで話し合った。
すぐに駆け付けたい思いは山ほどあるが、長年お世話になったお客様にも挨拶をしたいし、家も売らなければならない。
両親にも話さないといけないだろう。
向こうに行けばきっと帰っては来れない...。
孫の顔も見せてやれずに親不孝だな...と由花は思った。

仁は2週間しか滞在出来ないと言う。
そして戻れば、また1年後に来れるか解らないと言う。

由花は先ず、両親に話に行く事にした。

次の日、由花の実家で由花の両親を前に並んで正座をしている2人。
異様な雰囲気に由花達も両親も緊張している。
この目の前に座っている時代錯誤な人は誰なんだろうか...と訝しんで見ている。

「この度は、由花殿を 我が妻にお願い申し上げたく、お伺い致しております...」
「はぁ...」
「お父上、お母上の大事な娘様を、この様な形でーーー」
「ちょっと待った...」

父がストップをかけた。

「男っけの全く無かった娘に、こんなに立派な男性が側にいたと言う事は非常に嬉しい事だが、君は何の仕事をしてるのかな?」
「.....仕事と申しますのは?」
「君の職業だ」

由花が堪らず口を挟む。

「お父さん!あのね.....」
「由花は黙っていなさい」
「わたくしの仕事は、風来の民が少しでも健やかに、幸せに生きていける様に領内を整えていく事です。今はまだ父がおりますが、父から受け継いだ暁には由花殿と手を取り合い、風来の地を.....」
「風来とはなんだね?」
「わたくしの住んでる領内の地名です」

由花は「あちゃー」という顔をしていた。
父は話がさっぱり見えずに困惑している。そんな中、ただ1人、由花の母だけが目を見開いて涙を流していた。

「お母さん....?」
「風来と言いましたよね?.....本当に?」
「はい。風来は私の里です」

由花の母は口もとを両手で覆い、その手は震えていた。

「火炎の...火炎の日向様は...お元気ですか?」

その台詞にその場にいた皆が固まった。
由花の父が仁を凝視する。

「...日向様は、お亡くなりになりました」
「そう...」

母は静かに泣いていた。

「なっ...お母さん!どういう事?」
「由花、日向様は...空也と慎之介の父だ」
「!!!」

その言葉に母が震える...。

「空也...懐かしい。鉄太も鈴音も...。皆元気ですか?」
「......はい」
「お前が言っていた、あの話か...?」

父が母に訪ねた。

「そう。結婚前に1度体験した不思議な話...」
「鈴音様の下の子は...?」
「慎之介ですか?」
「...慎之介と言うのね」

母が震えていた。由花も仁もその事実を知って吃驚している。母もまた鬼の世界に行っていたと言う事実。そして、何よりも慎之介の母が自分の母...。

「四郎と私は...兄妹」
「驚きの事実だな.....」

仁と由花は顔を合わせた。

「それじゃ、君は鬼なのか?」
「はい。風来と言う領地の鬼です」
「由花もそこに行ったと言うのか?」
「うん...。大学に行っていた時に...」
「子を産んだのか?」
「うん。女の子。美咲と言うの。顔は解らないけど...残して来たあの子に会いたい」

由花もまた静かに涙を流した。

「行ってしまえば、もう会えないのか?」
「......」

父は黙り込んでしまった。その時。

「逢えるかも知れません!」

仁が叫ぶように言った。

「父上と母上が望めば...慎之介にも、美咲にも」

母の目が見開いた「慎之介に逢える...」

「望むのなら、このまま一緒に行く事も出来ます」

父と母が顔を合わせた。
鬼の世界に一緒に行く。途方も無い事だ。

「由花は行くと決めたのか?」

父が冷静に話をした。由花は頷いた。

「美咲に逢いたい。そして、仁さんと一緒にいたいの...」
「そうか」
「お父さん...」
「行きなさい。由花。そして、1年に1回でもいい。会いに来れるのだったら逢いに来て欲しい」
「ありがとうございます...」

仁は深く頭を下げた。由花もそれを見習って頭を下げた。

「まだ、ちゃんとした確約は出来ませんが、双方が望めば逢えると言ってました。多分。大丈夫だと思います。来年のこの月に、枝垂れ桜の前で逢いましょう」
「あ!!そうだ!」

由花がスマホを取り出し操作を始めた。

「お母さん!これ!慎之介!」

由花が見せたのは携帯のフォトアルバムだった。
そこには2枚。吃驚している顔の慎之介と緊張しながら笑っている慎之介の写真があった。
母は声を上げて泣いた。

「慎之介...」そう言いながら。

ココにもまた 鬼の犠牲者がいた。こんなに身近に。

「慎之介は、今、火炎の長です。火炎の民を立派にまとめあげ、長として頑張っていますよ」

母が何度目か解らない吃驚している顔を見せた。

「どうして?空也は?鉄太もいるのに」
「空也は今は行方知れずになりました。鉄太は、国を陥れた罪で牢に繋がれています。鈴音は結婚しました」
「どうしてそんな事に...」
「空也の心が弱かった。それしか言い様がないです。自分の行くべき道を誤った。長と言う重圧に耐えられなかった...」
「あんなに優しい子だったのに...」
「空也が?」
「そうよ。本当は寂しがり屋で甘えん坊なのよ...。早くに母を亡くして、私を本当の母の様に慕ってくれたの。弟や妹の面倒もよく見たわ。なのに...どうして...」
「日向様が偉大過ぎたのです。日向様と自分を比べたんじゃ無いでしょうか?」

母は信じられないといった表情で仁を見て、また写真を見た。

「家の事は私達に任せなさい。お前は、お世話になったお客様だけにはちゃんとしないといけない」

父が由花に話し掛けた。そして由花はそれに深く頷いた。


それから由花はお世話になった方々に文章で閉店の知らせを送った。
そして、慌ただしく身辺の整理をすると 仁と一緒に鬼の世界に帰るべく桜の木の下に立った。
父と母が見送りに来てくれた。
母が慎之介宛と渡せるか解らない空也に宛てて手紙を書いて来た。

由花は笑顔で行こうと決めていた。
来年、また逢えると信じている。

「それじゃ、お父さん、お母さん、行ってきます」

そう言い残して2人は桜の木の中に消えて行った。
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