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秋乃晃

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ありえない、ことばかり

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 中学で野球部に入ってから、鏡とは話せなくなった。クラスが違うってのもあるし、それに、

「ねえ、桐生くん」

 水曜日はテニス部と陸上部がグラウンドを使うから、野球部は休み。正面玄関。帰ろうとしていたら、鏡から呼び止められた。

「うちに、遊びに来ない……?」

 おれは周りを見てから「いいぜ」と答える。うつむいて、もじもじしていた鏡の表情が明るくなった。ほんの数ヶ月前まではいっしょに帰っていたのに、おれは部活があって、鏡はどこにも入っていない。

「野球部、大変そうだよね」
「ああ、まあ」
「先輩も怖そうだし」
「いいや、思っていたほどでもないぜ」
「そうなんだ……」

 久しぶりにしゃべると、前にどうしゃべっていたかが思い出せない。もっと、こんな重たいボールのやりとりじゃなかった気がする。

「……」
「……」

 お互いに黙りこくって、鏡の家の集合玄関まで来た。昔はインターホンを鳴らして、鏡のおかあさんにお伺いを立てていたけども、今日は鏡がカギを取り出してオートロックを解除する。

「ママ、パート始めたんだ」
「へえ……」

 エレベーターに乗って、九階まで上がった。他にも住人はたくさんいるはずなのに、相乗りしたことは一度もない。

 廊下でもすれ違わず、角部屋の前。春休みぶりの鏡の家だ。

『おかえり、文月。と、』

 扉を開けて、玄関にお座りしている犬がいた。おれの姿を見て、ぶんぶんとしっぽを振る。

『久しぶりじゃないすか、貴虎』
「おう」
『なんか声低くなった? まだ早いか』

 親戚のおじさんみたいなことを言ってくるこの犬はもふもふさん。鏡のペット――じゃないらしいが、ペットってことにしておくぜ。

『よく誘えたな』
「うん!」

 鏡がニコニコしている。やっぱりもふもふさんの入れ知恵か。

『さてと』

 もふもふさんが立ち上がり、鏡のほうに飛びかかる。すると、もふもふさんの姿が鏡に吸い込まれて、鏡の頭から耳が生えてきた。

「――で、

 どういう理屈かはわからないが、もふもふさんは鏡のからだを乗っ取ることができる。この間、鏡の頭からは耳が生えてくるのでわかりやすい。

「女の子の家に来ました。親はいません。妹の環菜も、スイミングクラブがあるから、帰宅は七時ぐらいすかね?」

 すらすらと鏡の声でしゃべりながら、家の扉のカギをかけて、ローファーを脱ぐ。来客用のスリッパがあるから、それをおれの前に並べた。

「と、いうおあつらえ向きな状況を伝えておく」
「おあつらえ向き? ……って何?」
「何って?」
「意味がわからなくて」
「言葉の?」
「そう」

 鏡(もふもふさん)についていき、鏡の部屋に入る。小学校の頃の教科書やノートがひとまとめにされて部屋の隅に置いてあって、空いたスペースに中学のものが並べられていた。

「桐生くんさあ、にぶいだけじゃなくて頭悪いよね」

 もふもふさんはおれを貴虎って呼ぶのに、鏡の時は桐生くんと呼んでくる。頭悪いのは認めるけど鏡の顔で言うのはやめてほしいぜ。

「文月がなけなしの勇気を出して誘ってくれたんすよ?」
「クラス違うし、おれは部活あるし……」
「そうらしいな。だから、寂しがっていたよ。桐生くんといっしょがよかったって」
「おれもいっしょがよかったぜ」
「離れたままでいいのか?」

 よくはないけどクラスを同じにはできないぜ。もふもふさんの中学時代はできたのかもしれないけど、無理だぜ。

「――ああもう! どんくさくてイライラする!」
「えぇ?」

 急に怒り出した。こわっ。

「どうせここに来るまでに特に進展なかったんすよね?」
「……むしろ、後退?」

 前より話せなくなったから。

「ふたりともこれだもんな。めんどくさい」
「で、でも……小学生の時とは周りのノリも違うというか……」
「ずっとでやっていけると思っていたか?」

 前までは、鏡が近づいてきても特になんとも――なんともではないか。男友だちとおなじような感じだった。特に女の子って意識はなく、仲のいい友だち。

「友だちじゃ、ダメなのか?」

 鏡が盛大にため息をついた。鏡じゃなくて、もふもふさんだけども。
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