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いずれ来る明日
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一仕事終え、依頼者に報告。報酬金を受け取り、タクシーに乗って棲家に戻る途中。
前を通り過ぎた昇竜軒に臨時休業の札がかかっているのを見かけて、タクシーに止まってもらう。
珍しいこともあるもんだ。
「どったの、おばちゃん」
オレは何も身構えずに入っていき、おばちゃんに声をかける。おばちゃんったら、真っ青になって客の席に座っていたのに、顔を上げて、声の主がオレだとわかると、今度は真っ赤になって「よくもまあぬけぬけと!」と怒鳴りつけてきた。まるで信号機みたいだ。
「今朝ねえ! あの子がひとりで来たんだよ!」
オレが寝ている間に、キサキは出かけてしまっていた。一回ヤってしまえば歯止めが利かなくなるもので、初体験の日から毎日のように身体を重ね合わせ、おかげで他の女とは遊べなくなった。精力にも体力にも限界がある。
毎度中出しをねだられて、そんなすぐに受胎するわけでもないが、それでも『おなかにあかちゃんがいます』状態で戦地に向かう奴がいるかよと外に出していた。でも、ちょっと閃いて、キサキのご希望通り、昨晩は引き抜かず、たっぷりと中に注ぎ込んだ。
キサキには、賞金を持って帰ってきてほしい。
オレとキサキとの関係は『デスゲーム』がきっかけであり始まりであり、その『デスゲーム』の日が来たら終わりである。本来ならそのはずだった。依頼者がキサキの姉とキサキとの姉妹を、関係性を本人たちへは知らせずに『デスゲーム』に参加させて、あたかも〝感動の再会〟であるかのように演出する。そのための仕込みが、たまたまオレに任されたってだけで、オレでなければならない必然性はどこにもない。
キサキがオレの子を孕んでくれたら。
師弟関係ではなく、その子がオレとキサキを繋ぎ止めてくれるだろう。
オレはオレ自身の手を汚すことなく、一億と、家庭を手に入れて、ナイトハルトを引退できる。
「へえ?」
「どうしても天津飯食べたいっていうから、用意してやってさ。そしたら、半分ぐらい食べたところで泣き出しちゃって」
「……珍しい」
いつもならオレより早く完食してんのにな。この早食いにはおばちゃんが「よく噛んで食べなさい」って頭を叩いていた。客だぞ。
「あの子、なんて言ったと思う?」
オレはスマホを見た。キサキからのメッセージは届いていない。終わったら連絡入れるようにって言ってあったんだけど、忘れてんのかな。
「『死にたくない』って言ったんだ」
昨晩は絶対勝つって息巻いていた。オレには、弱音を吐いたことなかったな。勝って、『ねえさん』と、オレと、生まれてくるあかちゃんと、四人で暮らしたい。もっと広い家に住みたい。理想は口にしていたけど。
オレは『デスゲーム』の結果を知った。優勝者の少年は暴れて喚いてその場で崩れ落ち、ニュースサイトのコメント欄には「棚ぼた優勝w」と書かれている。――つまりは。
「ふーん?」
この世に、あの子はいない。もういないんだ。待っていても連絡は来ない。こういうエンディングを想像していなかったわけではないけど。
「なんであんたは! 教えてやらなかった!?」
「ん?」
何を?
オレは運営の描いたシナリオなんて知らないよ。台本通りにいかないことだってあるだろうし。あんなにオレのことを好きだった女の子が、いなくなったってだけ。想定していたパターンのうちのひとつ。オレがどれだけいじめようとも、ずっとオレについてきてくれた唯一の人。もう二度と、オレの前には現れないだろう。
いっそのこと嫌いになってくれたらよかった。『デスゲーム』に参加する前にオレんとこから逃げ出されても困っちゃってたけど。
「あの子の『ねえさん』のことだよ!」
「……なんでおばちゃんがそれ知ってんの?」
おかしいな。オレ話したっけ。おばちゃんに話すとうっかりキサキに教えちゃいそうだから教えてないはず。というか、誰にも話していない。嘘つきはオレだけでいい。
「テレビでやってたんだよ。キサキちゃんとあんたのこと!」
「は?」
それは聞いてない。
オレは公式配信のアーカイブを開く。途中で『デスゲーム』参加者の過去を振り返るコーナーがあった。五年前のキサキとオレの姿がある。
「それに、キサキちゃんの『ねえさん』のこともね! あんたが、あの子に話していれば! こんな殺し合いに参加しなくてもよかったじゃないか! あの子は『ねえさん』を救いたかったんだろ!?」
オレがキサキの『ねえさん』に会って『デスゲーム』へ誘う――そんなやりとりも映像として残されていた。被写体の許可を取れよ。知らねえよこんなの。
「なんで教えてやらなかったの!」
そしてキサキが殺されるシーンを、見てしまった。手のひらサイズほどの銃で二発も撃たれて、血を吹き出して、階段を降りようとして、自らの血で足を滑らせる。着ていった軍服もどきは赤くなって、転げ落ちた衝撃でアイボリーの目玉が顔から離れていった。
「ごめんなさい」
オレは何に対して謝っているんだろう?
最後まで可哀想な子だった。
非実在の寝たきりの『ねえさん』を治すため、そのためにオレを師匠として、オレからは暴力を振るわれて、叶わない夢を見て、死ぬ。
賞金が手に入らなくてつらいのだと、思い込みたいオレがいる。オレは、そう、非情であるべきだ。ナイトハルトはそういう存在じゃないか。他の人間を『デスゲーム』で死ぬからって利用しておいて、たった一人の女を『デスゲーム』で失ったぐらいでメソメソしているようなダサいやつじゃない。
「オレは、『デスゲーム』を盛り上げたい依頼者と、そいつから継続的にもらえる金に目が眩んで、嘘をついていました。キサキには、ずっと、『デスゲーム』の賞金で『ねえさん』を治そうと、言い続けて、でも『ねえさん』が生きていることは、知っていて」
何がほんとで何が嘘なのかわかんなくなってきちゃったな。オレは、本当は、キサキのことを愛していたのかもしれない。こんな気持ちになるのなら、オレが、依頼者を裏切って、キサキに本当のことを言って、二人で逃げ出してしまえばよかった。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝ったところで、戻ってはこない。むしろ戻ってこないほうがいいんじゃないか。オレと出会わないほうが、キサキは幸せだったんじゃないか。姉妹で、仲良く、――あの少年が生き残ったってことは、今はもう、二人ともこの世界にいない。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
あの『デスゲーム』はテレビでも放映されていたし、全世界同時リアルタイム中継で配信されていたから、オレがやったことはほぼ全ての人間に知れ渡ってしまっただろう。中華料理屋のおばちゃんが知っているぐらいだから。
オレはこれからどうすればいいの?
『明日くんは、どんな大人になりたい?』
脳内で、育ての親の声がする。遠い昔に投げかけられた質問だ。
もし生きていたら、オレを救ってくれていたであろう人の声がする。この人はオレにとってのヒーローだった。
きっと、こんな大人にはなってほしくなかったであろう人の声がする。どうしてオレはこうなってしまったんだろう?
あの時のオレは、なんと答えたっけか。
前を通り過ぎた昇竜軒に臨時休業の札がかかっているのを見かけて、タクシーに止まってもらう。
珍しいこともあるもんだ。
「どったの、おばちゃん」
オレは何も身構えずに入っていき、おばちゃんに声をかける。おばちゃんったら、真っ青になって客の席に座っていたのに、顔を上げて、声の主がオレだとわかると、今度は真っ赤になって「よくもまあぬけぬけと!」と怒鳴りつけてきた。まるで信号機みたいだ。
「今朝ねえ! あの子がひとりで来たんだよ!」
オレが寝ている間に、キサキは出かけてしまっていた。一回ヤってしまえば歯止めが利かなくなるもので、初体験の日から毎日のように身体を重ね合わせ、おかげで他の女とは遊べなくなった。精力にも体力にも限界がある。
毎度中出しをねだられて、そんなすぐに受胎するわけでもないが、それでも『おなかにあかちゃんがいます』状態で戦地に向かう奴がいるかよと外に出していた。でも、ちょっと閃いて、キサキのご希望通り、昨晩は引き抜かず、たっぷりと中に注ぎ込んだ。
キサキには、賞金を持って帰ってきてほしい。
オレとキサキとの関係は『デスゲーム』がきっかけであり始まりであり、その『デスゲーム』の日が来たら終わりである。本来ならそのはずだった。依頼者がキサキの姉とキサキとの姉妹を、関係性を本人たちへは知らせずに『デスゲーム』に参加させて、あたかも〝感動の再会〟であるかのように演出する。そのための仕込みが、たまたまオレに任されたってだけで、オレでなければならない必然性はどこにもない。
キサキがオレの子を孕んでくれたら。
師弟関係ではなく、その子がオレとキサキを繋ぎ止めてくれるだろう。
オレはオレ自身の手を汚すことなく、一億と、家庭を手に入れて、ナイトハルトを引退できる。
「へえ?」
「どうしても天津飯食べたいっていうから、用意してやってさ。そしたら、半分ぐらい食べたところで泣き出しちゃって」
「……珍しい」
いつもならオレより早く完食してんのにな。この早食いにはおばちゃんが「よく噛んで食べなさい」って頭を叩いていた。客だぞ。
「あの子、なんて言ったと思う?」
オレはスマホを見た。キサキからのメッセージは届いていない。終わったら連絡入れるようにって言ってあったんだけど、忘れてんのかな。
「『死にたくない』って言ったんだ」
昨晩は絶対勝つって息巻いていた。オレには、弱音を吐いたことなかったな。勝って、『ねえさん』と、オレと、生まれてくるあかちゃんと、四人で暮らしたい。もっと広い家に住みたい。理想は口にしていたけど。
オレは『デスゲーム』の結果を知った。優勝者の少年は暴れて喚いてその場で崩れ落ち、ニュースサイトのコメント欄には「棚ぼた優勝w」と書かれている。――つまりは。
「ふーん?」
この世に、あの子はいない。もういないんだ。待っていても連絡は来ない。こういうエンディングを想像していなかったわけではないけど。
「なんであんたは! 教えてやらなかった!?」
「ん?」
何を?
オレは運営の描いたシナリオなんて知らないよ。台本通りにいかないことだってあるだろうし。あんなにオレのことを好きだった女の子が、いなくなったってだけ。想定していたパターンのうちのひとつ。オレがどれだけいじめようとも、ずっとオレについてきてくれた唯一の人。もう二度と、オレの前には現れないだろう。
いっそのこと嫌いになってくれたらよかった。『デスゲーム』に参加する前にオレんとこから逃げ出されても困っちゃってたけど。
「あの子の『ねえさん』のことだよ!」
「……なんでおばちゃんがそれ知ってんの?」
おかしいな。オレ話したっけ。おばちゃんに話すとうっかりキサキに教えちゃいそうだから教えてないはず。というか、誰にも話していない。嘘つきはオレだけでいい。
「テレビでやってたんだよ。キサキちゃんとあんたのこと!」
「は?」
それは聞いてない。
オレは公式配信のアーカイブを開く。途中で『デスゲーム』参加者の過去を振り返るコーナーがあった。五年前のキサキとオレの姿がある。
「それに、キサキちゃんの『ねえさん』のこともね! あんたが、あの子に話していれば! こんな殺し合いに参加しなくてもよかったじゃないか! あの子は『ねえさん』を救いたかったんだろ!?」
オレがキサキの『ねえさん』に会って『デスゲーム』へ誘う――そんなやりとりも映像として残されていた。被写体の許可を取れよ。知らねえよこんなの。
「なんで教えてやらなかったの!」
そしてキサキが殺されるシーンを、見てしまった。手のひらサイズほどの銃で二発も撃たれて、血を吹き出して、階段を降りようとして、自らの血で足を滑らせる。着ていった軍服もどきは赤くなって、転げ落ちた衝撃でアイボリーの目玉が顔から離れていった。
「ごめんなさい」
オレは何に対して謝っているんだろう?
最後まで可哀想な子だった。
非実在の寝たきりの『ねえさん』を治すため、そのためにオレを師匠として、オレからは暴力を振るわれて、叶わない夢を見て、死ぬ。
賞金が手に入らなくてつらいのだと、思い込みたいオレがいる。オレは、そう、非情であるべきだ。ナイトハルトはそういう存在じゃないか。他の人間を『デスゲーム』で死ぬからって利用しておいて、たった一人の女を『デスゲーム』で失ったぐらいでメソメソしているようなダサいやつじゃない。
「オレは、『デスゲーム』を盛り上げたい依頼者と、そいつから継続的にもらえる金に目が眩んで、嘘をついていました。キサキには、ずっと、『デスゲーム』の賞金で『ねえさん』を治そうと、言い続けて、でも『ねえさん』が生きていることは、知っていて」
何がほんとで何が嘘なのかわかんなくなってきちゃったな。オレは、本当は、キサキのことを愛していたのかもしれない。こんな気持ちになるのなら、オレが、依頼者を裏切って、キサキに本当のことを言って、二人で逃げ出してしまえばよかった。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝ったところで、戻ってはこない。むしろ戻ってこないほうがいいんじゃないか。オレと出会わないほうが、キサキは幸せだったんじゃないか。姉妹で、仲良く、――あの少年が生き残ったってことは、今はもう、二人ともこの世界にいない。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
あの『デスゲーム』はテレビでも放映されていたし、全世界同時リアルタイム中継で配信されていたから、オレがやったことはほぼ全ての人間に知れ渡ってしまっただろう。中華料理屋のおばちゃんが知っているぐらいだから。
オレはこれからどうすればいいの?
『明日くんは、どんな大人になりたい?』
脳内で、育ての親の声がする。遠い昔に投げかけられた質問だ。
もし生きていたら、オレを救ってくれていたであろう人の声がする。この人はオレにとってのヒーローだった。
きっと、こんな大人にはなってほしくなかったであろう人の声がする。どうしてオレはこうなってしまったんだろう?
あの時のオレは、なんと答えたっけか。
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