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Bar34本目:海を航る
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海を渡る船のデッキで、水平線を眺めながらあずきボーを齧る。
「あーしらがマオーを倒せても倒せなくても、もう少しでこの旅も終わりなんだね……」
隣で手摺りに体を預けている七妃が、同じくあずきボーを齧りながら呟いた。
「それではこれから、皆様を魔王の住まう離島にお連れします」
ヴィヴィさん達がルダオに着いた翌日、船に乗る為に港の桟橋に集まった俺達に、船長は話し始めた。
「皆様方3組以外は道中で自主的に棄権されたか、ここまでの魔物もまともに退治出来なかった様です。この世界は現状皆様方の働きに掛かっておりますが、決して無理はなさいません様に」
そう言われて、無理をしないでいられるものかどうか。
「今回倒せなかったとしても王はまた別の手段も日々ご考察されております。皆様の様な手練れの方々が生き残って下さっていれば、そちらの作戦の成功率も上がりますので。命を第一にお考え下さい」
命第一なら、そもそもここに来ていないんじゃないか。
「……と、これは王に『言え』と言われた内容でしたが。私個人としましても、貴方方だけが命を懸ける必要は無いと思っておりますので、無茶はしないで頂きたいのです――」
あずきボーはさっき出したばかりだけど、風の力でほんのり温めて貰ったので、程よく柔らかくなっていて齧るのに丁度良かった。
「……ああ、そうだな。船長さんはああ言っていたけど、結局俺達が倒せないと、他の戦えない人達が犠牲になるだけなんだよな」
海を見詰めながら、七妃に返す。
「だよね。無理するなって言われても、無理しちゃうよね」
「大丈夫? 2人とも」
俺達の様子を見兼ねたのか、ヴィヴィさんが声を掛けて来た。グァルドさんも一緒だ。
「あら、面白い物を食べているのね。何かしら。氷菓子? ……それにしては、全体的に味が付いていそうな感じね」
ヴィヴィさんは俺の手元のあずきボーを興味深げに見詰めながら聞いて来た。
その後ろのキャビンが見える窓にはアルーズさん達の姿が見え、何かを真剣に話し合っているのが分かる。
「ああ、あずきボーですよ。食べます?」
訊きながら、2人の分のあずきボーを取り出す。
「へえ。凄いわね。今のは魔法かしら? どこか別の空間から取り出した? ……でも、どんな魔法?」
それを目敏く見ていたヴィヴィさんが、思案顔になる。余り物事に興味が無さそうな空気を纏ってはいるが、矢張り、魔法に関しては貪欲なのだろう。
「ね、善哉」
「ああ、話してしまおうか」
「うん」
この人に嘘を吐いたり変に誤魔化しても良くない感じがしたので確認すると、七妃は素直に頷いた。
こう云う時の感覚が一緒だと、何だか嬉しく思ってしまう。
「……ちょっと変な話になるんですけどね」
「あら、何かしら。変な話、不思議な話は大歓迎よ」
俺の話の導入に、両手を広げてウェルカムの意を示すヴィヴィさん。
魔法特化の彼女は、元々そう云う話に興味が有るのだろうか。
「俺達、他の世界で死んで、この世界にやって来たんです」
「そうそ、それで世界を移動する時に、ルナ様に『マオーを倒して』って言われて、善哉のこれは、その時に貰ったスキルで」
「へえ、そうなのね」
半ば変人扱いされる覚悟で言った俺達の言葉は、あっけらかんとしたヴィヴィさんの言葉に受け入れられた。
「……あの、受け入れて貰えるのは嬉しいんですけど、おかしな事を言う奴だとか思わないんですか?」
余りの拍子抜けに、思わず訊き返してしまう。
「だって、私達の知り合いに、そう言っている人が居るもの。『自分はこの世界に転移して来た』って。ねえ、グァルド」
ヴィヴィさんは隣に居るグァルドさんに同意を求めた。
「ああ、タクトの旦那だな。まあ俺達も初めは信じなかったけど、あれだけ俺達の考え付かない事をされたら、なあ」
「『前の世界では』、っていう話もやけに具体的だったものね。あれは信じるしかなかったわね」
組んでいた腕で頬杖を突いたヴィヴィさんは、その場面を思い出しているのか、楽しそうに笑った。
「そうそう、この前あなた達がした様な風の力の使い方も、前にその人がしていたのよ。確か、『ケータイデンワみたい』って言っていたかしら。それが何かは、私達には分からないけれど」
「「ケータイ!」」
何だか懐かしい響きに、七妃と声が揃った。実際今スマホがバッグの底に入っているけれど、変に見せたりはしない方が良いだろうな。
……前に風が言っていた異世界転生者が、この人達の周りに既に居たのか。世間は狭いな。
「ねえグァルド、タクトがこの世界に来たのって、どれ位前だったかしら」
「今のロッシ王が戴冠する前だから、15年程前になるかな。今はギルドの仕事で、遠く東の方の国に行っているんだよな」
「ええ、彼にしか出来ない仕事だからって。こっちに来られないのを口惜しがっていたわね」
思い出話に花を咲かせ始めそうになっていたヴィヴィさんは、不意にこっちを見た。
「今話していたタクトがそうなんだけどね、良かったら連絡してみる? するなら、私が先に呼び掛けてみるけど」
元の世界の事を知っているかも知れない人と話が出来るのは嬉しいけど……。
「今はやめておきます。話をするのは、魔王を倒してからで。勝てるかも分からないんだし」
「そだね。その、……タクトさん? も、存在を知ったばかりの同胞が死んぢゃったら悲しいだろうしね」
「死ぬ気は無いけど、一応ね」
俺達の返事に、ヴィヴィさんは大きく頷いた。
「そうね。ならこれは、全部終わった後の楽しみにしておきましょう」
事後の楽しみ、大きなのが一個増えたな。これは気合が入る。
「……ふふふ」
突然、ヴィヴィさんが静かに笑った。何か楽しい事を言っただろうか。
「急にごめんなさいね。あなた達、タクトの話をしたら大分表情が良くなったから。ホームシックだったのかしら?」
……そう云う事か。ヴィヴィさんはこう言って誤魔化したけど、多分俺達が大分思い詰めていた事も気付いていて話し掛けてくれたんだろうな。
「ヴィヴィさんの話が楽しかったからっ! ありがとうございますっ!」
「そうですね。大分気分が楽になりました」
七妃に続いて、感謝を表しておく。
「あらあら、私、そんなに面白い事を言ったかしら?」
話に一段落着いた処で、2人の分のあずきボーを出して持っている事に改めて思い至る。取り出し時の魔力が籠った儘なので、カチンカチンの儘だ。
「これ、どうぞ。今魔力を抜いたので、硬い儘ですよ」
手渡したそれを、マジマジと眺める2人。
「へえ、これがそうなのね」
「兄ちゃんが武器として使っていたのはこれか。食べ物なんだな」
「はい。魔力を籠めた儘だと溶ける事が無く元の硬さを保った儘なので、攻撃性能は折り紙付きです」
俺の説明を聞きながら、グァルドさんが手に持ったあずきボーを指で突いたり弾いたりする。
「成る程な。これは宝石よりも硬そうだし、何も知らずに嚙み砕こうとしたら、イチコロだろうな」
「本当ね。食べるには、程良く溶けるのを待つしか無いのかしら?」
「ちょっと温めてあげると良いですよ。例えば、風の力を使ったり――」
「それにしても、さっきから海鳥の姿が見えないわね」
あずきボーを食べ終えたヴィヴィさんが、思い出した様に空を見上げた。
この言葉で、漸く気付いた。何か物足りないと思ったら、全く鳥を見掛けていないのだ。
ルダオの港の波止場、それにもっとそれ以前から。
疑問には思っていたが他所の世界から来た俺としてはこの世界の生態系を知らないから『そんな物か』とも思っていたのだけど、この世界に生まれ育っているヴィヴィさんが疑問に思うのだから、おかしな事で合っていたのだ。
「マオーが居るから、近付かないのかな?」
「――っ! おい、アレを見ろ!」
急に真剣味を帯びたグァルドさんの指す方を見る。
遠く前方、まだ小さく見える島から、どす黒く何かが噴き出ている。島の上空だけ、空が黒く染まっている。
その異変を感じたのか、キャビンから飛び出して来たアルーズさん達も、その様子を一緒に眺めた。
島から吹き出すそれは、幾つもに枝分かれして、その大地に降り注いでいた――。
「あーしらがマオーを倒せても倒せなくても、もう少しでこの旅も終わりなんだね……」
隣で手摺りに体を預けている七妃が、同じくあずきボーを齧りながら呟いた。
「それではこれから、皆様を魔王の住まう離島にお連れします」
ヴィヴィさん達がルダオに着いた翌日、船に乗る為に港の桟橋に集まった俺達に、船長は話し始めた。
「皆様方3組以外は道中で自主的に棄権されたか、ここまでの魔物もまともに退治出来なかった様です。この世界は現状皆様方の働きに掛かっておりますが、決して無理はなさいません様に」
そう言われて、無理をしないでいられるものかどうか。
「今回倒せなかったとしても王はまた別の手段も日々ご考察されております。皆様の様な手練れの方々が生き残って下さっていれば、そちらの作戦の成功率も上がりますので。命を第一にお考え下さい」
命第一なら、そもそもここに来ていないんじゃないか。
「……と、これは王に『言え』と言われた内容でしたが。私個人としましても、貴方方だけが命を懸ける必要は無いと思っておりますので、無茶はしないで頂きたいのです――」
あずきボーはさっき出したばかりだけど、風の力でほんのり温めて貰ったので、程よく柔らかくなっていて齧るのに丁度良かった。
「……ああ、そうだな。船長さんはああ言っていたけど、結局俺達が倒せないと、他の戦えない人達が犠牲になるだけなんだよな」
海を見詰めながら、七妃に返す。
「だよね。無理するなって言われても、無理しちゃうよね」
「大丈夫? 2人とも」
俺達の様子を見兼ねたのか、ヴィヴィさんが声を掛けて来た。グァルドさんも一緒だ。
「あら、面白い物を食べているのね。何かしら。氷菓子? ……それにしては、全体的に味が付いていそうな感じね」
ヴィヴィさんは俺の手元のあずきボーを興味深げに見詰めながら聞いて来た。
その後ろのキャビンが見える窓にはアルーズさん達の姿が見え、何かを真剣に話し合っているのが分かる。
「ああ、あずきボーですよ。食べます?」
訊きながら、2人の分のあずきボーを取り出す。
「へえ。凄いわね。今のは魔法かしら? どこか別の空間から取り出した? ……でも、どんな魔法?」
それを目敏く見ていたヴィヴィさんが、思案顔になる。余り物事に興味が無さそうな空気を纏ってはいるが、矢張り、魔法に関しては貪欲なのだろう。
「ね、善哉」
「ああ、話してしまおうか」
「うん」
この人に嘘を吐いたり変に誤魔化しても良くない感じがしたので確認すると、七妃は素直に頷いた。
こう云う時の感覚が一緒だと、何だか嬉しく思ってしまう。
「……ちょっと変な話になるんですけどね」
「あら、何かしら。変な話、不思議な話は大歓迎よ」
俺の話の導入に、両手を広げてウェルカムの意を示すヴィヴィさん。
魔法特化の彼女は、元々そう云う話に興味が有るのだろうか。
「俺達、他の世界で死んで、この世界にやって来たんです」
「そうそ、それで世界を移動する時に、ルナ様に『マオーを倒して』って言われて、善哉のこれは、その時に貰ったスキルで」
「へえ、そうなのね」
半ば変人扱いされる覚悟で言った俺達の言葉は、あっけらかんとしたヴィヴィさんの言葉に受け入れられた。
「……あの、受け入れて貰えるのは嬉しいんですけど、おかしな事を言う奴だとか思わないんですか?」
余りの拍子抜けに、思わず訊き返してしまう。
「だって、私達の知り合いに、そう言っている人が居るもの。『自分はこの世界に転移して来た』って。ねえ、グァルド」
ヴィヴィさんは隣に居るグァルドさんに同意を求めた。
「ああ、タクトの旦那だな。まあ俺達も初めは信じなかったけど、あれだけ俺達の考え付かない事をされたら、なあ」
「『前の世界では』、っていう話もやけに具体的だったものね。あれは信じるしかなかったわね」
組んでいた腕で頬杖を突いたヴィヴィさんは、その場面を思い出しているのか、楽しそうに笑った。
「そうそう、この前あなた達がした様な風の力の使い方も、前にその人がしていたのよ。確か、『ケータイデンワみたい』って言っていたかしら。それが何かは、私達には分からないけれど」
「「ケータイ!」」
何だか懐かしい響きに、七妃と声が揃った。実際今スマホがバッグの底に入っているけれど、変に見せたりはしない方が良いだろうな。
……前に風が言っていた異世界転生者が、この人達の周りに既に居たのか。世間は狭いな。
「ねえグァルド、タクトがこの世界に来たのって、どれ位前だったかしら」
「今のロッシ王が戴冠する前だから、15年程前になるかな。今はギルドの仕事で、遠く東の方の国に行っているんだよな」
「ええ、彼にしか出来ない仕事だからって。こっちに来られないのを口惜しがっていたわね」
思い出話に花を咲かせ始めそうになっていたヴィヴィさんは、不意にこっちを見た。
「今話していたタクトがそうなんだけどね、良かったら連絡してみる? するなら、私が先に呼び掛けてみるけど」
元の世界の事を知っているかも知れない人と話が出来るのは嬉しいけど……。
「今はやめておきます。話をするのは、魔王を倒してからで。勝てるかも分からないんだし」
「そだね。その、……タクトさん? も、存在を知ったばかりの同胞が死んぢゃったら悲しいだろうしね」
「死ぬ気は無いけど、一応ね」
俺達の返事に、ヴィヴィさんは大きく頷いた。
「そうね。ならこれは、全部終わった後の楽しみにしておきましょう」
事後の楽しみ、大きなのが一個増えたな。これは気合が入る。
「……ふふふ」
突然、ヴィヴィさんが静かに笑った。何か楽しい事を言っただろうか。
「急にごめんなさいね。あなた達、タクトの話をしたら大分表情が良くなったから。ホームシックだったのかしら?」
……そう云う事か。ヴィヴィさんはこう言って誤魔化したけど、多分俺達が大分思い詰めていた事も気付いていて話し掛けてくれたんだろうな。
「ヴィヴィさんの話が楽しかったからっ! ありがとうございますっ!」
「そうですね。大分気分が楽になりました」
七妃に続いて、感謝を表しておく。
「あらあら、私、そんなに面白い事を言ったかしら?」
話に一段落着いた処で、2人の分のあずきボーを出して持っている事に改めて思い至る。取り出し時の魔力が籠った儘なので、カチンカチンの儘だ。
「これ、どうぞ。今魔力を抜いたので、硬い儘ですよ」
手渡したそれを、マジマジと眺める2人。
「へえ、これがそうなのね」
「兄ちゃんが武器として使っていたのはこれか。食べ物なんだな」
「はい。魔力を籠めた儘だと溶ける事が無く元の硬さを保った儘なので、攻撃性能は折り紙付きです」
俺の説明を聞きながら、グァルドさんが手に持ったあずきボーを指で突いたり弾いたりする。
「成る程な。これは宝石よりも硬そうだし、何も知らずに嚙み砕こうとしたら、イチコロだろうな」
「本当ね。食べるには、程良く溶けるのを待つしか無いのかしら?」
「ちょっと温めてあげると良いですよ。例えば、風の力を使ったり――」
「それにしても、さっきから海鳥の姿が見えないわね」
あずきボーを食べ終えたヴィヴィさんが、思い出した様に空を見上げた。
この言葉で、漸く気付いた。何か物足りないと思ったら、全く鳥を見掛けていないのだ。
ルダオの港の波止場、それにもっとそれ以前から。
疑問には思っていたが他所の世界から来た俺としてはこの世界の生態系を知らないから『そんな物か』とも思っていたのだけど、この世界に生まれ育っているヴィヴィさんが疑問に思うのだから、おかしな事で合っていたのだ。
「マオーが居るから、近付かないのかな?」
「――っ! おい、アレを見ろ!」
急に真剣味を帯びたグァルドさんの指す方を見る。
遠く前方、まだ小さく見える島から、どす黒く何かが噴き出ている。島の上空だけ、空が黒く染まっている。
その異変を感じたのか、キャビンから飛び出して来たアルーズさん達も、その様子を一緒に眺めた。
島から吹き出すそれは、幾つもに枝分かれして、その大地に降り注いでいた――。
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