上 下
34 / 37

Bar34本目:海を航る

しおりを挟む
 海を渡る船のデッキで、水平線を眺めながらあずきボーを齧る。
「あーしらがマオーを倒せても倒せなくても、もう少しでこの旅も終わりなんだね……」
 隣で手摺りに体を預けている七妃が、同じくあずきボーを齧りながら呟いた。

「それではこれから、皆様を魔王の住まう離島にお連れします」
 ヴィヴィさん達がルダオに着いた翌日、船に乗る為に港の桟橋に集まった俺達に、船長は話し始めた。
「皆様方3組以外は道中で自主的に棄権されたか、ここまでの魔物もまともに退治出来なかった様です。この世界は現状皆様方の働きに掛かっておりますが、決して無理はなさいません様に」
 そう言われて、無理をしないでいられるものかどうか。
「今回倒せなかったとしても王はまた別の手段も日々ご考察されております。皆様の様な手練れの方々が生き残って下さっていれば、そちらの作戦の成功率も上がりますので。命を第一にお考え下さい」
 命第一なら、そもそもここに来ていないんじゃないか。
「……と、これは王に『言え』と言われた内容でしたが。私個人としましても、貴方方だけが命を懸ける必要は無いと思っておりますので、無茶はしないで頂きたいのです――」

 あずきボーはさっき出したばかりだけど、風の力でほんのり温めて貰ったので、程よく柔らかくなっていて齧るのに丁度良かった。
「……ああ、そうだな。船長さんはああ言っていたけど、結局俺達が倒せないと、他の戦えない人達が犠牲になるだけなんだよな」
 海を見詰めながら、七妃に返す。
「だよね。無理するなって言われても、無理しちゃうよね」
「大丈夫? 2人とも」
 俺達の様子を見兼ねたのか、ヴィヴィさんが声を掛けて来た。グァルドさんも一緒だ。
「あら、面白い物を食べているのね。何かしら。氷菓子? ……それにしては、全体的に味が付いていそうな感じね」
 ヴィヴィさんは俺の手元のあずきボーを興味深げに見詰めながら聞いて来た。
 その後ろのキャビンが見える窓にはアルーズさん達の姿が見え、何かを真剣に話し合っているのが分かる。
「ああ、あずきボーですよ。食べます?」
 訊きながら、2人の分のあずきボーを取り出す。
「へえ。凄いわね。今のは魔法かしら? どこか別の空間から取り出した? ……でも、どんな魔法?」
 それを目敏く見ていたヴィヴィさんが、思案顔になる。余り物事に興味が無さそうな空気を纏ってはいるが、矢張り、魔法に関しては貪欲なのだろう。
「ね、善哉ぜんざい
「ああ、話してしまおうか」
「うん」
 この人に嘘を吐いたり変に誤魔化しても良くない感じがしたので確認すると、七妃は素直に頷いた。
 こう云う時の感覚が一緒だと、何だか嬉しく思ってしまう。
「……ちょっと変な話になるんですけどね」
「あら、何かしら。変な話、不思議な話は大歓迎よ」
 俺の話の導入に、両手を広げてウェルカムの意を示すヴィヴィさん。
 魔法特化の彼女は、元々そう云う話に興味が有るのだろうか。
「俺達、他の世界で死んで、この世界にやって来たんです」
「そうそ、それで世界を移動する時に、ルナ様に『マオーを倒して』って言われて、善哉ぜんざいのこれは、その時に貰ったスキルで」
「へえ、そうなのね」
 半ば変人扱いされる覚悟で言った俺達の言葉は、あっけらかんとしたヴィヴィさんの言葉に受け入れられた。
「……あの、受け入れて貰えるのは嬉しいんですけど、おかしな事を言う奴だとか思わないんですか?」
 余りの拍子抜けに、思わず訊き返してしまう。
「だって、私達の知り合いに、そう言っている人が居るもの。『自分はこの世界に転移して来た』って。ねえ、グァルド」
 ヴィヴィさんは隣に居るグァルドさんに同意を求めた。
「ああ、タクトの旦那だな。まあ俺達も初めは信じなかったけど、あれだけ俺達の考え付かない事をされたら、なあ」
「『前の世界では』、っていう話もやけに具体的だったものね。あれは信じるしかなかったわね」
 組んでいた腕で頬杖を突いたヴィヴィさんは、その場面を思い出しているのか、楽しそうに笑った。
「そうそう、この前あなた達がした様な風の力の使い方も、前にその人がしていたのよ。確か、『ケータイデンワみたい』って言っていたかしら。それが何かは、私達には分からないけれど」
「「ケータイ!」」
 何だか懐かしい響きに、七妃と声が揃った。実際今スマホがバッグの底に入っているけれど、変に見せたりはしない方が良いだろうな。
 ……前に風が言っていた異世界転生者が、この人達の周りに既に居たのか。世間は狭いな。
「ねえグァルド、タクトがこの世界に来たのって、どれ位前だったかしら」
「今のロッシ王が戴冠する前だから、15年程前になるかな。今はギルドの仕事で、遠く東の方の国に行っているんだよな」
「ええ、彼にしか出来ない仕事だからって。こっちに来られないのを口惜しがっていたわね」
 思い出話に花を咲かせ始めそうになっていたヴィヴィさんは、不意にこっちを見た。
「今話していたがそうなんだけどね、良かったら連絡してみる? するなら、私が先に呼び掛けてみるけど」
 元の世界の事を知っているかも知れない人と話が出来るのは嬉しいけど……。
「今はやめておきます。話をするのは、魔王を倒してからで。勝てるかも分からないんだし」
「そだね。その、……タクトさん? も、存在を知ったばかりの同胞が死んぢゃったら悲しいだろうしね」
「死ぬ気は無いけど、一応ね」
 俺達の返事に、ヴィヴィさんは大きく頷いた。
「そうね。ならこれは、全部終わった後の楽しみにしておきましょう」
 事後の楽しみ、大きなのが一個増えたな。これは気合が入る。
「……ふふふ」
 突然、ヴィヴィさんが静かに笑った。何か楽しい事を言っただろうか。
「急にごめんなさいね。あなた達、タクトの話をしたら大分表情が良くなったから。ホームシックだったのかしら?」
 ……そう云う事か。ヴィヴィさんはこう言って誤魔化したけど、多分俺達が大分思い詰めていた事も気付いていて話し掛けてくれたんだろうな。
「ヴィヴィさんの話が楽しかったからっ! ありがとうございますっ!」
「そうですね。大分だいぶ気分が楽になりました」
 七妃に続いて、感謝を表しておく。
「あらあら、私、そんなに面白い事を言ったかしら?」
 話に一段落着いた処で、2人の分のあずきボーを出して持っている事に改めて思い至る。取り出し時の魔力が籠った儘なので、カチンカチンの儘だ。
「これ、どうぞ。今魔力を抜いたので、硬い儘ですよ」
 手渡したそれを、マジマジと眺める2人。
「へえ、これがそうなのね」
「兄ちゃんが武器として使っていたのはこれか。食べ物なんだな」
「はい。魔力を籠めた儘だと溶ける事が無く元の硬さを保った儘なので、攻撃性能は折り紙付きです」
 俺の説明を聞きながら、グァルドさんが手に持ったあずきボーを指でつついたり弾いたりする。
「成る程な。これは宝石よりも硬そうだし、何も知らずに嚙み砕こうとしたら、イチコロだろうな」
「本当ね。食べるには、程良く溶けるのを待つしか無いのかしら?」
「ちょっと温めてあげると良いですよ。例えば、風の力を使ったり――」


「それにしても、さっきから海鳥の姿が見えないわね」
 あずきボーを食べ終えたヴィヴィさんが、思い出した様に空を見上げた。
 この言葉で、漸く気付いた。何か物足りないと思ったら、全く鳥を見掛けていないのだ。
 ルダオの港の波止場、それにもっとそれ以前から。
 疑問には思っていたが他所の世界から来た俺としてはこの世界の生態系を知らないから『そんな物か』とも思っていたのだけど、この世界に生まれ育っているヴィヴィさんが疑問に思うのだから、おかしな事で合っていたのだ。
「マオーが居るから、近付かないのかな?」
「――っ! おい、アレを見ろ!」
 急に真剣味を帯びたグァルドさんの指す方を見る。
 遠く前方、まだ小さく見える島から、どす黒く何かが噴き出ている。島の上空だけ、空が黒く染まっている。
 その異変を感じたのか、キャビンから飛び出して来たアルーズさん達も、その様子を一緒に眺めた。
 
 島から吹き出すそれは、幾つもに枝分かれして、その大地に降り注いでいた――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...