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第1章/

第11話:ことりとのデート(仮)②大須観音

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「あー、良い天気! 絶好のデート日和だよね!」
 階段を上がって地下鉄の地上口に出たことりは、五月晴れの空を見上げて、眩しそうに目を細めて笑いながら大きく伸びをした。

 晴れやかな空とことりの笑顔が、僕の心を軽やかにする。
 ここで『大須の商店街は殆ど屋根が有るから、余り関係無いけどね』と思うのは小6の中頃からの世を拗ねた僕の考え方だし、誰もそんな事を望んで無いから飲み込んでおく。
 ……いや、ただ一人、僕がヘマをした方がワンチャンが生まれるかも知れない藤枝先輩は望んでいるかも知れないか。先輩の事は全然知らないから、可能性と云うだけで何とも言えないけど。

「そうだね。晴れて良かった!」
 僕も階段を伸びり切ってことりの横に並ぶと、ことりに倣って、陽の光を浴びながら大きく伸びをする。
 その時、と僕達の後ろをついて来ていた足音が、一回多くと聞こえて止まった。
 ……知らない振りをするのも大変なんで、もっとちゃんとバレない様な尾行をして下さいよ、藤枝先輩。
 今僕が振り返ったら、どう考えても目が合うし。

「まあくん、朝御飯は食べてきた?」
(ちょっと、今振り返っちゃダメよ。一応、今日先輩が居る事は守には伝えない事になっているんだから)
「うん、軽くだけど食べて来たよ」
(分かっているよ。……でもあれだと、気付かない振りをするのも大変そうで……)
「そっか! 食べて無いんだったら、喫茶店でモーニングでもどうかなって思ったんだけど」
(うん、頭痛い……。あの先輩、良くうちの高校に入れたよね)
 元気良く腕に取り付いて来たことりと、先輩向けの大声と本音の小声を使い分けて話をして行く。
 溜め息を吐いたことりは、ほんの少しだけ口許を歪ませた。
 ……因みにうちの高校は県下随一の進学校。
 だから、学年118位も、そんなに悪い物では無いんだよ。ホントだよ。
 先輩だって、如何いかにも道を踏み外さない真面目君と言ったタイプだし。
 ……現在進行形で、外し掛けているけれど。

「じゃ、どこから行こうか!」
(昨日の今日だし、考えて無いよね? 一応、私、お店とか調べて来たけど……)
「ぶらぶら歩いて、気になった所とかを覗いて行かない?」
(一応軽く考えては来たけど、前っぽくって言うなら、この方が僕達っぽくない?)
 僕の答えを受けて、只でさえにこやかなことりの顔が少し明るくなった。……様な、気がする。
「えっと、2番出口から上がって来たから、確か道沿いに少し南に行ってから左に曲がると、大須観音のお寺が在るんだよね?」
(……商店街を散策するなら、上前津駅の方が近かったんじゃない? うちの最寄り駅からも)
「そうだね! 寄って行こうか、良いお天気だし!」
(言わないで! 先輩が大須観音駅って言ったんだもん!)
 ……おっと、先輩への苛立ちで、ことりの囁き声が少し大きくなって来た。
 これ以上、変につつかない様にしよう。

 2人でバカップルのラブラブな感じを演出して醸し出しながら歩いて行くと、その内に鮮やかな朱色が印象的な巨大な門が姿を現した。
 ……自分で“バカップル”って言うのもなんだけど、2人共小4の頃の感じでやっているので、致し方無い。
 あの頃の僕達は、今思えばまごう事無きバカップルだった。
「わあ、大きいね……」
 ことりは口を大きくポカンと開けて、それを見上げた。
「うん……。2人だけで来るのは初めてだけど、一緒に来るのも随分久し振りだよね」
「あ、……うん、そうだね!」
 昔を思い出しながら笑い掛けると、ことりは優しく笑い返してくれた。
 今は兎も角、小さい頃は犬山家と美浜家は家族ぐるみの付き合いで、よく2家族一緒に市の科学館とか、美術館とか、でんきの科学館だとか、他にも色々と出掛けていた。
 その中で、大須観音、このお寺にも来た事が有る。
 尤もその頃は、お寺と言うより、“鳩に餌をあげる所”と云う認識だったけど。
 因みに、両家の母親同士は今でも変わらず仲が良い。
「おお、仁王像だ!」
 ことりの手を引っ張って門を潜ろうとする僕たちを、両側の仁王像が凄い形相で睨んで来る。
 僕が大きく口を開けて阿形像の真似をすると、ことりは口を閉じて阿形像の真似をした。
 2人で暫くそのまま睨めっこをした後、一緒に吹き出してお腹を抱えて笑った。
 ……うん、あの頃と一緒だ。
 …………今の藤枝先輩は、どんな表情をしているのかな。

 ことりの手を引いて門を抜けると、石畳の向こうの石段の上に、左右に大きく広がった朱に縁取られたお寺が、その姿を現した。
「やっぱり、凄い存在感だね……」
「そうだね! 私にとっての、まあくんみたい!」
 感心して立ち尽くす僕に、ことりはそう言って笑った。
 ……ことりの発言が当時のまま過ぎて、今との差に涙が出そう。
(……勘違いしないでね。あの頃を再現しているだけだから)
 そのままジッと見てしまっていたらことりが目を細めてボソッと言って来た。
(分かっているって)
 ……分かっているから、泣いてしまいそうなんだって……。

 それにしても。
 ……鳩が多い。
 こんなに多かったっけって云う位、多い。
「ねえまあくん、あそこで鳩の餌を売っているよ! 私、あげたいな!」
 ことりは満面の笑みを浮かべ、おねだりをして来た。
 囁きとの余りの差に、弁えてはいる心算だけど、混乱してしまいそう。
「ああ、50円か。じゃあ、あげようか!」
「わ、ありがとう!」
 50円を箱に入れて、餌が乗っているお皿を1つ取り出し、ガラス戸を閉める。
 ――余談だけど、何年か前にこのガラス戸を閉め忘れた誰かが居て、餌の食べ放題状態になっていた事が有ったらしい。
 念の為、ガラス戸がちゃんと端まで閉まっているのを確認した。

 餌をことりと半分こしていると、直ぐに鳩が寄って来て、ことりの手に飛び乗った。
「この子達、凄い攻めて来る!」
 ことりが、楽しそうな悲鳴を上げる。

 そう言えば前に、『ことりが小鳥に襲われている!』なんてからかって、怒らせちゃった事が有ったっけ。
 あの後のことりは、一日中拗ねていて大変だったな。
 『何で助けてくれないの!』って。
 ……ん?
 『何で助けてくれないの!』?
 それって……。

「ことり、鳩が沢山乗っているけど、大丈夫?!」
 そう言ってその手を取ると、乗っていた鳩がバサバサと一斉に飛び立った。
「わあ、凄い!」
 既に餌を食べ尽くされていたらしいことりは、飛び立つ鳩の群れを見送りながら、大きく拍手をした。
「あれ? まあくん、肩に一羽残っているね! 鳥使いみたいでカッコいい!」
 無邪気に笑う、ことり。
「それは良かった。……でもこいつ、爪が肩に食い込んで、痛い……」
「え、爪が長い子なのかな? まあくん、大丈夫?」
 ことりが爪に引っ掛かっていた服の繊維を剥がしてやると、その鳩は直ぐに他の人の餌を求めて飛んで行った。
「ありがとう、助かったよ」
 お礼を言うと、ことりは笑いながらかぶりを振った。
「ううん。まあくんが困っていたんだもん、助けるのは当たり前だよ! ……あっ、新しい服に穴が開いちゃったね」
 ことりの顔が曇る。
「え、目立つ?」
 慌ててシャツを引っ張って見てみたけど、今一つ判然としない。
「目立ちはしないけど……。ねえ、良かったらこの後商店街で、古着屋さんに行かない? 高いのは無理だけど、私が見立ててあげる!」
 僕の両手を掴んで、楽しそうにピョンピョン飛び跳ねながらことりは言った。
 ……いや、その提案は嬉しいけど……。
「それは嬉しいけど、良いの?」
「勿論だよ! 私が選んだ服を、まあくんに着て欲しいの!」
 だから、嬉しいんだけど……と、顔を寄せて小声で訊いてみる。
(……いや、本心は?)
(だから、良いって言っているでしょ? 最近、守はまた色々と私を守ってくれているし、そのお礼)
 そう言って、ことりは笑った。

 ……やっぱりことりが僕に冷たい目を見せる様になったのは……。
 それが全てでは無いだろうけど、切っ掛けの一つではあったのかな……。

「わ、ことりの腕、痕が一杯付いているけど、大丈夫? 痛くない?」
 僕が言うと、ことりは自分の腕を見て「うわっ!」と驚きの声を上げた。
「え、何これ?! 今の子達の爪痕? ……あ、でも痕だけで傷にはなっていないみたいだし、大丈夫だよ。ありがとう!」

 その笑顔に、改めて思った。
 やっぱり、傍に居たいと。
 ……そして、何よりも。
 これからは何が有ろうと、ことりの救いを求める手は振り解くまいと。

「……ごめん、ことり……」
 思わずポツリと口に出てしまった言葉に、ことりはキョトンと小首を傾げた後、にぱっと笑った。
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