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【番外編】訓練学校でできた友人が可愛くてたまらない話 -3-

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授業も終わり、普段ならば日課の訓練へ行く時間なのだが、俺は自室のベッド上にいる。
先日校内で起きた事件により、訓練と、それから実技授業の自粛を言い渡される程度の傷を負ったからだ。

その日はアシュリーヌの担当の竜がいる厩舎へ、珍しくフェリシアも同行をしていた。以前アシュリーヌに自身の竜の世話を手伝ってもらったからとかなんとか言っていたが、この間の悪さも一種の才能だと思う。
朝食の時間になっても食堂へ現れない二人に不審に思った俺は、厩舎へ向かった。どれだけ寝坊をかましても、フェリシアは朝食を欠かすことはないのだ。

訓練所を抜け、厩舎近くまで差し掛かると、地を揺るがすほどの竜の咆哮が辺りに響き渡った。
屈強な体躯に反して、竜は本来温和な性格だ。普通に世話している分には、暴れ回ったり人間を威嚇することはない。しかし周囲に轟く激しい叫び声は、明らかに敵意の含まれたものだった。
二人の元へ駆け付けた頃には、我を失った様子の竜の爪が今にもフェリシアを切り裂かんとしていて。後はもう反射的なもので、気付けば俺はフェリシアに覆い被さるような形で地面に倒れ込んでいた。鋭く痛む脇腹と吹き出す鮮血に、自分がフェリシアを庇って竜の爪の餌食になったことが分かった。
痛みで朦朧とする意識の中、傍で溢れんばかりの涙を大きな瞳に溜めながら、自分を覗き込むフェリシアが見えた。一先ずはフェリシアが無事なこと、騒ぎを聞き付けて駆け付けた教師達に竜が取り押さえられていたことを確認すると、俺は意識を手放したのだった。

後から分かったことだが、アシュリーヌの竜には、非常時のみ使用される竜用の興奮剤が盛られていた。その量は規定の値を遥かに超えていたという。
薬の入手ルートや周囲の目撃情報から、犯人はアシュリーヌへの嫌がらせを主立って行っていた令嬢達と判明した。下手すりゃ死人も出ていたであろう今回の事態に、彼女達は懲戒処分となり強制退学を言い渡された。この様子だと、今後貴族社会で羽振りを効かせるのも難しくなることだろう。
アシュリーヌに対する嫌がらせの主犯は消え、俺に療養を余儀なくした件の竜の処分も免れ、全てが丸く収まったように見えた。
……見えたのだが、俺の気を揉ませる案件が新たに一つ。

「ノア~?」

ガチャンコとノックも無しに不躾にドアが開かれたかと思うと、今度は控えめにフェリシアがドアの隙間からそうっと顔を覗かせた。いくらノックしろと言っても聞きやしない。
しかし俺と目が合うなり顔を輝かせ、こちらに駆け寄ってくる様子を見ると叱る気も失せてしまう。

「よかった! 今日は起きてる!」
「……お前な、ここがどこだと思ってんだよ」
「どこって……ノアの部屋でしょ」
「……」
「む、無言で怒らないでよ。いいじゃんお見舞いくらい。寮母さんの許可だってちゃんととってるし」

いつものようにずかずかと部屋に入り込むと、ベッド側に備え付けられた椅子へ当然のようにフェリシアは腰掛ける。
俺が怪我をしてからというもの、フェリシアが頻繁に見舞いに来るようになった。そのこと自体嬉しくないわけがないのだが、そもそもここは男子寮だ。多少の出入りは暗黙の了解で許されているが、何か変な噂を立てられようものならどうするつもりなのだろうか。

「最近業後は通い詰めじゃねーか。訓練や勉強はどうしたんだよ」
「ゔっ……だって、ノアがいないと一人でやっててもつまんないし……それに何かしてても、ノアの体は大丈夫かなって気になって集中できないんだもん」

そう言って、これ見よがしにしゅんと俯くフェリシア。かわいいと思ったら負けである。

「……あのな、見舞いをサボりの大義名分としようとしてんのはバレバレだぞ」
「ぎくっっ」
「ぎくっじゃねーよ。俺というお目付役がいなくなったら、お前がどういう行動取ろうとするかなんざお見通しだ」

フェリシアの頭を拳でぐりぐりしてやりながら、嘆息する。
フェリシアと仲良くなる以前に、一人でもあれだけ努力していた姿を見ているのだ。これがただのサボりでないことも、わかっている。一人で寂しいのも勿論理由としてあるだろうが、単純に、自分のせいで負った傷のために俺が養生を言い渡されているのに、自分だけ訓練をするのが居た堪れないからだろう。
それを口に出せばまた俺の口からお前のせいじゃない、気にすんなと、言わせるとこになるとこいつも分かっているから。……実際、今回の事件は何らフェリシアのせいじゃないんだけどな。
フェリシアのくせに繊細な気遣いしやがって。

「……俺がどれだけお前より成績良いと思ってんだ。お前は余計な気を回さずに、訓練に励めば良いんだよ。追い付くどころか、現時点でお前の遥か先を行ってるからな」
「んな……! わ、私そこまで落ちこぼれてないもん」
「ほー? じゃあ次回の実技試験は俺より訓練した分、きっと高評価を期待できそうだな」
「うぅっ…………………ノア、ありがとね」

俺にわしゃわしゃ髪をかき混ぜられながら呟いたフェリシアの言葉はよく聞こえなかったが、機嫌良さそうに笑っていたので、明日からはこの部屋に現れる事も少なくなるのだろう。
少々寂しくはあるが、"あの苦行の数々"と比べたら容易いものだ。

「そうだ! ノアさんよ。今日はね、今城下町で流行りの苺プリンを買ってきたのですよ」

そぉらきた。

「貴族街の方も御用達の行列ができるお店で有名でね~、これも昼休憩中にアシュリーヌちゃんと急いで買いに走ったやつでーー」
「おい、まて、フェリシア」
「ん? なに?」
「今日はそのままでいいから」

フェリシアは一瞬プリンのパッケージ開封の手を止めたものの、ムッとした顔をしてまたスプーンを取り出すなど実食の用意を再開する。

「よくない! 暫くは安静にしてなさいって言われてるでしょ」
「いや俺さっきまで散々お前とじゃれてたじゃねーか。もうすっかり元気ーー」
「いいからいいから! お客さんはそこでじっとしてなさいな!」

無理矢理再びベッドに押し戻されると、ずい、とスプーンを口元に差し出される。
"これ"である。
怪我をしてからというもの、やたらとフェリシアが見舞いの際に俺の世話を焼きたがるのだ。俺の怪我に負い目を感じているのもあるだろうが、単純に普段は世話を焼かれる側なのが、逆転して楽しくなっているのだろう。俺だって最初は大人しく言うことを聞いていたが……

「はい、あーん」
「……」
「ほらー、お口開けて。あーん」
「…………」

ベッドの上に腰掛け、俺の方に身を乗り出す様にしてプリンの乗ったスプーンを差し出してくるフェリシア。あーんという口元に思わず視線をやれば、そこには艶めいた小さな唇が物欲しそうな形で開かれており、その奥にはちろりと真っ赤な舌まで覗いている。慌てて視線を逸らせば何度抱きすくめたその先を想像したか分からない、柔らかそうな体が少し動けば触れられそうな程至近距離にあって……

兎にも角にも、フェリシアの世話焼きモードは色々と心臓に悪いのだ。少しでも気を抜いたら動揺が顔に出そうで、気が気でない。
勘弁してくれと懇願するようにフェリシアを見下ろすが、むしろフェリシアは俺が照れていることを面白がっているらしい。オリーブブラウンの大きな瞳はおかしげに細められ、「ほれほれノアくん、ママの手が痺れてきましたわよ」なんてふざけたことを言ってやがる。これで俺の気持ちなど微塵も分かっていないのだから、悪質にも程がある。
観念してスプーンごと直接プリンを口に含み、一飲みする。いちごの酸味と濃厚なミルクの甘味がほどよく混ざり合って、常ならしっかりと味わって食べるべき絶品だとは分かるのだが、今はそれどころじゃない。第二波、第三波とフェリシアからのあーん攻撃が繰り出される。

「おいし?」
「……ああ、美味い。けどもうーー」
「私も一口頂き~!」
「!?」

さも何事も無いように、フェリシアはこれまで使用していたスプーンでプリンをつまみ食いする。

「んん~~っさっすが有名店の人気商品!何杯でも食べられる程よい甘さと爽やかさが絶妙ですなぁ。……ん?どしたのノア。ちょっとつまみ食いしただけじゃん」
「……いや、なんでもねーよ。いやそうだよな、お前はそういう奴だよ」
「なんだよ~。ほら残りはあげるから。はいあーん」

俺は汚れた人間だから、この差し出されたスプーンを見てもフェリシアの唾液に塗れていることを嫌でも意識してしまうし、口に含めば実際に彼女の口内へ己の舌をねじ込んだ時の妄想が脳裏にちらつく。
そんな不埒な事を考えては、布団で隠れている己の分身にまた血を巡らせているのだから、本当にどうしようもない。
目の前で屈託無く楽しそうに笑うフェリシアを見ると、罪悪感で胸が痛んだ。

今回に限ったことではない。男としての情欲が湧き上がる度に俺に対して何の警戒心も持たないフェリシアに度々後ろめたさを覚えると同時に、怒りに近いものさえ感じた。
誰よりも大事で、誰よりも失いたくない友人の筈なのに。いっそそれすら捨てて構わないと衝動が湧く程には育っていた己の欲望が、いつかこの関係を崩してしまうのではないかと恐ろしくてたまらなかった。
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