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1.人生終了のお知らせ

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コメント 4567

はゆ・1時間前
本当に好き

猫・1時間前
この歌声に惹かれてしまう。癖になるよね。

ああああ・1時間前
やばいこの曲懐かしすぎ

3325・2時間前
ラギ最高!!

abusade・2時間前
beautiful voice Ragi!
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「…嬉しい」

スマホの画面を見つめながらニヤニヤしている私はかなり気持ち悪いかもしれない。
いや、どうせ学校の屋上なんて誰も来ないんだからいいか。
そう勝手に一人で自己解決して、パンを咀嚼しながら再びスマホを操作する。

とある動画投稿サイトで急上昇ランキング一位になっているこのカバー曲。
コメント欄を見れば国内外から称賛の嵐。
この動画を投稿した人物は若者からかなりの注目を集めている超人気歌い手『ラギ』。

―――私、柊夏菜ひいらぎなつなのことだ。

突如現れた高い歌唱力を持つ歌い手。
現役女子高生であること。
正体不明であること。
曲によって歌声を使い分けることができ、新作を出すたびに視聴者を驚かせること。
これらが相乗効果を生み出し人気に繋がっている。

…しかし実態はただの陰キャなコミュ障女だ。
屋上で一人寂しくパンを咀嚼しているのが何よりの証拠。
友達が少ないおかけで自分がラギだとバレることもなく穏やかな学校生活を送れているのだけど、それはそれで少し虚しい。

パンを再び口に含みながらコメントの続きを読んでいく。

――――――――――――――
コメント 4569

SHIOTA・5時間前
i love this song

Joey・5時間前
OMG

Khoida Mauka・5時間前
i love your voice! keep up the good work
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「きーぷ、あっぷ?」

分からない単語を検索してみる。
メモ帳アプリに「keep up:続ける」と書き込んでおく。

最近は海外でも評価をされているみたいで英語のコメントが目立つけど、自分はあまり勉強ができる方ではない。
英語の勉強もしなきゃいけないのは分かってるけど、長時間英単語を眺め続けていると猛烈な眠気が襲ってきてしまうのだ。

引き続きコメントを読んでいると「この曲を歌ってほしい!」という要望を見かけ、原曲を再生してみる。
爽やかな曲調は歌いやすく、気持ちがいい。
前回はダークな曲をカバーしたから、今回は明るい感じの曲をチョイスしてもいいかも。

「~♪」

再度再生して、口ずさんでみる。
心が晴れ晴れしくなるような素敵な曲だ。
少し口ずさむだけだったはずが、晴れやかな天気に誘われて声に力がこもっていく。

(楽しい…!)

家で録音するのとは違った開放感に心が躍る。



曲も終わりに近づいて一抹の寂しさを感じていたとき、唐突にその瞬間は訪れた。

「…おい」

体が硬直した。
何故か、自分の真上から声がする。
私がもたれかかっている壁の上には給水タンクが置かれているが、まさかそんなところに人がいるなんて微塵も思っていなかった。
声をかけてきた人物はひょいと上から飛び降りてくる。
その人物の顔を見て、私はまた硬直してしまった。

「し、獅童、くん」

「俺の貴重な睡眠時間を邪魔すんなよ」

目の前の男はあくびをしながら体を伸ばしている。
特徴的なオレンジ色の髪、整った顔立ち…獅童湊しどうみなとと言えば校内で知らない者はいない。
同じ2年C組に在籍しているクラスメイト。
彼のおかげで教室には来訪者が絶えない。
1年生の清楚系美少女から3年生の金髪女子まで、あらゆる女子から引っ張りだこだ。
この前なんて女性教師の車に乗り込んでいるところを見た、なんて噂もあった。
真偽はわからないけど彼ならありえる…

実は彼と言葉を交わすのは初めてだった。
スクールカースト最上級の陽キャイケメンと、クラスの端っこで気配を殺しながら存在している私がコミュニケーションを取るなんて本来あり得ないことだ。

さっさといなくなってくれたらいいのに、何故か獅童は私を見据えたまま動かない。
私は蛇に睨まれた蛙状態だ。
びくびくしながら彼の様子を伺っていると、彼はその薄い唇をやっと開いた。

「なあ、お前『ラギ』だろ」

急に核心を突かれ思わず目を見開く。
あの学校一の有名人に、認識されているかどうかさえ怪しい自分がラギだと見破られるなんて全くの予想外で、何も言い返せなかった。

確かにさっきから独り言を呟いてはいたけれど、自分がラギだという確信に迫ったようなことは言ってない。
それに、ラギとして投稿したカバー曲を歌ったわけでもない。
私=ナギだと判断する決め手がなかったはずだ。

脳内で大いに困惑していると、獅童は満足したのかもう一つ大きなあくびをして、屋上のドアに手をかけた。

「ま、まって!」

「なに」

「お願い、誰にも言わないでください!!」

否定する間もなく屋上を去ろうとしている獅童を見て、とっさに口から出たのは口止めの言葉だった。
しばらく私を見つめた後、にっこりと笑う獅童。
よかった、誰にも言わないでくれそうだ…と安心したのもつかの間、彼は無言で屋上を出て行ってしまった。

「…人生最大の危機、かも」

動画を投稿すれば500万回再生は当たり前。
超人気歌い手の私は、こうして絶対に身バレしてはいけないタイミングで身バレしてしまったのだった。
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