二ミリの星 ~ハチ~

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二ミリの星 ~ハチ~

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寝ているぼくの、前髪が揺れた。
うなりながら目を開けると、誰かがいた。
寝ぼけながら目をこする、ぼくの手がピタリと止まる。

だって、まず何に驚いたかって、目の前にトップさんがいたから。
寝ているぼくの胸の上に、小さく立つトップさん。
ぼくが起きたことを確認すると、ベッドの上に飛び降りる。

すでに準備万端のトップさんと違って、ぼくはまだ半分夢の中にいた。
いつも急なんだから。ほら、ぼくは靴下だってはいていないのに。
だけど、そんなぼくの考えを読むように、トップさんは腕組をした。
ぼくの親指くらいしかないのに、すごく大きく見えるのがいつも不思議なんだよな。

「おい、二ミリ。のんきにココアなんか飲んでいられる時間はないんだぞ」
ぼくの耳元でそう言ったかと思うと、今度は床の上に大きくジャンプ。
小さな体は、スーパーボールのように弾み、床に着地した。
少ししか起きていない体、トップさんの動きは、ぼくの視界の端から端まで移動した。

「ま、星がいらんのなら、話は別じゃが」
まだ動かないぼくを振り返り、「ふふん」と笑う。
その言葉に、一気に目が覚めて、ぼくはその場に飛び起きた。
「ま、待ってよ!トップさん!」

ぼくは、星が大好きだ。理由はカッコいいから。
ぼくがトップさんのお手伝いをすると、星がもらえる。
色も大きさもバラバラの、ぼくの宝物。
ぼくが持っている中でも、一番のお気に入りは、初めてもらったビー玉だ。透明なガラスの中に、小さな緑色の星が光っていて、ぼくは見ているだけで、とても誇らしい気持ちになれた。

あのわくわくと、自慢したい気持ちから、ぼくはずっと星を集めている。
小さな背中を追いかけて、ぼくは慌てて靴下をはく。事件は待ってくれないから、とにかく急がないといけないんだ。

トップさんと着いたのは、羽音が響くミツバチの巣。
小さくなって、初めてハチを間近で見た。あの大きな羽も、大きな目も、まるでテレビの作り物のようにつやつやしていた。
生きて、目の前で動く、不思議な生き物。
そんな、たくさんのハチが、ぼくたちを囲んでいる。地面にも空にも、ハチはいて、ぼくたちを逃がさないようにしているみたいだった。

ハチが何を言っているのか、ぼくにはさっぱり分からない。
ブンブン言っている音は、さっきから全然鳴り止まない。
巣の中は暗く、奥の方はまるで見えない。長い通路の先を思い、ぼくは小さく首をすくめる。
いつも見ているハチの巣とは違って、ここは洞窟みたいだった。

今、ぼくの体はトップさんと同じくらいで、小さなハチと目線が同じだ。
ぼくたちが歩き始めると、羽の音は更に大きく聞こえた。
まるで怒っているみたいなその音に、ぼくはハチと目を合わさないようにするのが精いっぱいだった。
怯えるぼくに構わず、トップさんは歩き続ける。回りで大きなハチが飛んでいても、トップさんは気にしないでどんどん奥へと進んで行った。

途中でハチが何匹が飛んでくると、通路の中は一気に狭くなる。
列になって歩くぼくたちと違って、ハチは左右に広がり、各々好きなように進んでいたから。
飛んでいるハチは、これから蜜を集めに行くんだって。ぼくたちとすれ違い、ハチたちは外に向かってブンブンと飛んで行った。
ぼくはトップさんの後ろだから、前から来るハチにはぶつかったりしないけど、空中でハチ同士がぶつかりながら飛んでいるのを見ると、窮屈そうに見えた。

後ろからも歩いてハチはついてきている。蜜を両手に抱えて、でも、ぼくたちが前にいるから先に進めないみたい。追い越すために飛ぶと、外に出るハチとぶつかりそうになって、「危ない!」と思わずヒヤッとする。

トップさんと同じ大きさになると、急に不安になるぼく。
前からも後ろからもハチが来るたびに、そわそわしてしまう。
でもトップさんが堂々と前を歩いているから、ぼくも怖がっていないふりをして、その背中を追いかける。

長い通路を抜けると、急に大きなドームのような場所に出た。
何匹がのハチがそこにいた。ぼくたちを見ると、ハチたちはまた羽でブンブンと信号を送り合う。
ぼくが知る限り、トップさんは何とでも話が出来た。ぼくには分からない言葉を使っているんだろう。
ハチが何かを伝え、トップさんは小さく頷く。

「ふむ、ハチがほとほと困っているようだのう」
話を聞き終えたのか、トップさんはぼくに言った。
「何に困っているの?」
ぼくの声は思ったよりも大きく、ドームの中にこだました。
「蜂蜜の収納が間に合わず、このままだと収穫時には、ハチが群れすぎて蜜が溢れかえってしまうみたいだと」

トップさんの話によると、今年からハチの数が増えて巣を新しく増やしたらしい。だけど、まだ新しい巣に慣れなくて、どうやって過ごすのかまだ決まっていないらしい。巣の入り口から長い通路になってしまったのは、仕方がないんだって。
ここにいる何匹かのハチも困っているのか、しょんぼりしているように見えた。

さっき聞いた大きな羽の音は、もしかしたらハチたちの「困ったなあ」という響きだったのかもしれない。
「あのさ、倉庫って言うのかな?蜜をしまうところはどこにあるの?」
「巣の中は、みんな倉庫みたいなもんじゃ」
このドームの中にも、蜜は置かれているみたいだが、もっともっと大きな倉庫が奥にはあるんだって。
「ただ、蜜をしまうだけじゃないの?」

ぼくの言葉に、ハチは信号を送り合っているのか、羽を震わせる。
「あることはあるが、少々複雑になっているんだのう」
「どういうこと?」
トップさんは、ドームから広がる通路を左右と確認する。

「蜜は甘い順に倉庫を分けるから」
「蜜を分ける?」
「そうじゃ、1つの倉庫の中でも、甘いものから収納していき、すごく甘い蜜と、甘い蜜で分けてしまうらしい」
ぼくは左右に広がる通路を交互に覗く。
真ん中にも通路が伸びているが、そこはさっきから忙しそうに、ハチが出入りを繰り返している。

「つまり、集めてきた蜜を、わざわざ分けてしまっているってこと?」
「まあ、そういうことじゃ」
それも、甘い順で分けていたなんて知らなかった。
「それって、何だか大変そう」

「今度から、蜂蜜を食べる時は感謝するだろう?」
トップさんの言葉に、ぼくは素直に頷いた。そんな大変な仕事をしているなんて、全然知らなかった。
驚いたぼくだけど、気を取り直す。
今は、この問題を解決しなきゃ。

「しまう係を増やしたら?」
「集める者が、少なくなってしまうだろう?」
トップさんの言葉に、「そっか」と答える。
「集めてきたハチたちが、自分で倉庫に置きに行くのは?」
「甘さは?どうやって分ける?」
トップさんの言葉に、ぼくは「うーん」と首を傾げる。

「あの長い通路は、確かに蜜を運ぶのに大変そう」
「そうじゃ。ハチたちは、まず集めた蜜をここまで運んで、甘さを調べて甘い順で分けるそうじゃ。その後で、しまう係に渡して、倉庫にしまっていくらしいの」
「え?じゃあ、蜜を集めてきても、甘くなかったら、しまってはもらえないの?」
ぼくの声が、大きくドームに響く。

「倉庫は、甘い蜜の順で埋まっていくと言ったろう?今はまだ余裕があるが、大量に蜜を集めた時は、ここもハチでいっぱいになるだろうな。調べる係も、しまう係も大慌てになるだろう」
自分たちが苦労して集めた蜜が、普通の甘さだったらずっとここで待つしかないなんて大変だ。
しかもたくさんのハチがいるこの場所で、ただ待つだけなんて退屈してしまう。

「順番を待ってるだけで、何だか大変そう」
「そうじゃの、だから困っているんだと言っとるだろうが」
トップさんの言葉に、何か良い案はないか考える。
通路、長い通路。あの通路で、順番が決まっていたら、ここに来た時に蜜をしまうのに迷わないのに。

「ねえ?トップさん」
「なんじゃ?」
「ここの倉庫も、両方ともいっぱいなの?」
左右の通路を指差す。
トップさんはハチに問いかけた。

「一番奥の通路、つまり真ん中は女王の部屋で、すごく甘い蜜だけで埋まっているみたいだの。だが、この2つの通路の先はまだ作ったばかりで、空っぽのようじゃ。これから花が咲く季節だから、忙しくなる前にわしらが呼ばれたんじゃろう?」
「そうか、じゃ、まだ間に合うよね」
「何じゃ?」
「あの通路をさ、抜ける前に蜜の甘さを調べて、ここまで運ぶってのはどう?」
「できなくはないだろうが、長い通路でハチ同士が混ざってしまうんじゃないか?」

トップさんの言葉に、さっき通って来た長い通路を思い出す。
確かに、ハチは好きなように進むから、蜜を持っている時に混ざっちゃうな…。
「うーん、もう少し考えさせて」
蜜を取りに行く時ーつまり外に向かう時は、ハチは通路の上の方を飛んでいた。
その時なら混ざっても良いけれど、蜜を巣の中に運ぶ時は混ざっちゃいけない。
同じ方向を向いて歩いているけれど、みんな早く運びたくてごちゃごちゃだった。

「もっと、通路が短ければ良いのに。それか、通路が別ならハチたちが混ざらないのに」
ん?通路が別?
何か閃きそうだ。
「ん-と」
もっと良い考えが出てこないか、洞窟のような巣の中をぐるりと見回す。そのままの流れで足元を見る。
さっき慌ててはいた靴下から、糸がぴょこんと飛び出していた。

「糸が出ている」
ぼくはつい糸を引っ張った。
いつもはママが切ってしまうけど、ここにはハサミなんてないから、つい手で引っ張る。
するするする、糸が長く飛び出した。
「そっか、糸だ!糸だよ、トップさん!」

ぼくの言葉に、トップさんが首を傾げる。
「あのね、やっぱり集めた蜜を、通路の入り口で検査するの。それでね、通路の真ん中に線を引いて、通路を2つに分けるっていうのは、どうかな?」
ぼくの言いたいことを理解したのか、トップさんは「分かったぞ」と僕の考えに賛成した。

「まだ空いている倉庫を、それぞれで分けるってことだな?片方には甘い蜜、もう片方にはすごく甘い蜜で収納していくんじゃな」
「うん!そうすればここで待っている、しまう係のハチたちも慌てないで済むから」
トップさんとぼくが列になっていたみたいに、ハチたちも列になるように運べば混乱することもない。

トップさんはハチにそれを伝える。ハチはしばらく羽音を響かせていたが、試しにやってみることで賛成してくれた。
靴下の糸で、枯れた花の茎を結んでいき、通路の真ん中にロープのように置いていく。入り口が近くなった地面に枝を刺して、できた茎のロープをくくりつける。
「巣に入って来て、まずは蜜の検査を行うんじゃ」
検査係のハチが、集めて来た蜜を調べる。

「甘い蜜は右に、すごく甘い蜜は左に別れるんだよ」
ぼくの言葉が分かるのか、ハチは検査してもらった順で左右に別れる。
順番に右と左の通路に別れるハチを眺め、長い通路でも混ざらないことを見届ける。
「ほら、こうすれば、ドームの部屋でもハチがごちゃごちゃにならないよ」
運び終えたハチは飛んで、また外に向かって行く。
試しにやってみた動きに、ハチたちは満足したみたいだ。

「これなら順番待ちで、退屈しないで、すぐに集めに行けるもんね」
「うむ、効率アップじゃな」
「どうだった?」
「今から、収穫時が楽しみだとさ」
トップさんも満足そうだ。
ぼくも解決できてホッとする。

「トップさん?これならぼく、星をもらえるよね?」
ぼくの弾む声に、トップさんは「ふん」とそっぽを向いた。
「あのくらい、わしにだって思いついたわい!おい二ミリ、このくらいで調子に乗るんじゃないぞ!」
トップさんはプンプンしていたが、ぼくはおかしくて笑ってしまった。

相手の役に立てて、嬉しかったから。
ハチたちがまた、大きな音でブンブンと羽を震わせてぼくたちを囲んだ。
さっきはあんなに怖がっていたのに、今はハチたちが喜んでいるのがちゃんと分かった。
だから、大きな羽音が響いても、ぼくはちっとも怖くなかった。

次にぼくが目を覚ますと、そこはぼくの部屋だった。
小さなトップさんもいないし、ぼくの体も人間の大きさだった。
起きて着替えていると、ぼくを呼ぶママの声が聞こえた。
テーブルに着くと、ママが鼻歌を唄いながら朝ごはんの支度をしていた。
今日は、パンの日だったみたい。卵焼きに、ウィンナー、スープとヨーグルトが並んでいた。

テーブルの上には、焼いたばかりの食パンが置かれた。ジャムと一緒に蜂蜜があって、ぼくはそれに手を伸ばす。
ママはニコニコしながら、ぼくが食べているのを見ていた。
「新しく、手提げバックを作ったの。今日から、持って行ってね」
「うん、ありがとうママ」
「律の好きな、お星さまのバックよ」

ママが見せてくれたのは、確かに星がいっぱいプリントされた、カラフルな布の手提げバックだった。
手に持っていた食パンを、お皿に置く。
ぼくは確かに星が好きだけど、こういうのではなくて…。
でも、それをママに説明しても、ママにはきっと分からないから、ぼくは新品のキルトバックを受け取った。
「ありがとう、ママ。大事にするね」

ミシンで塗ってくれた、青い持ち手の手提げバック。大きな袋の入り口には、荷物が飛び出さないように止める、大きなボタンがあった。黄色いボタンは外されていた。
ボタンを留めようとして、それに気付いた。

トップさんは、ぼくに手柄を取られて、すごく悔しかったんだろうな。
でも、ぼくは嬉しくて笑顔になる。
袋の真ん中に留められた、大きなボタンを良く見ると、1つの星が刻まれていた。
1つだけの、ぼくの星。

「おい二ミリ、調子の乗るなよ」
どこかで、トップさんの声がした。
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